異分子の過去と運命
――「……容疑者の部屋からは、いわゆる大人向けのゲームが数多く押収されており……」
それは、いつものように夕食の準備に取りかかっている時のことだった。
彼女はいつも、テレビから流れるニュースを聞き流しながら家事をしていたから。
――「ただ今、その、千明 淳平容疑者の身柄が、――に移されようと――……」
罪を犯した犯人の身柄がどこかへ移されようとしている。特段珍しくもないニュースの一つ。
けれど、この報道が“よくある出来事”と違うことになったのは。
――「……な……っ!?」
どうやらリアルタイムで放送されていたらしい。
ニュースキャスターの常にない驚愕の声に、さすがの彼女も不審を覚えてテレビ画面に顔を向ける。
「?」
――「なにかが起こったようです……!」
テレビの向こうでは、明らかに慌ただしい様子を見せる報道陣の姿があった。
画面に目を向けていなかった彼女には、なにが起こったのかすぐに理解はできなかったけれど。
――「状況がわかり次第、追ってニュースをお伝え致します……!」
ただ、焦ったような、興奮したような様子のニュースキャスターの声だけが響いてきて。
テレビをつけっぱなしにしていた数分後。
――「千明容疑者が、何者かに刺されたようです……!」
テレビ画面から飛んだ、その答え。
新たな情報は。
――「現場に居合わせた人の話によりますと、突然飛び出して来た男性がなにごとかを叫びながら千明容疑者の元へと駆け寄り……」
刃渡り何センチの刃物で容疑者を突き刺したのだと伝えられる。
恐らくは、その犯人に害を成された遺族の、恨みによる犯行ではないかという推測が飛んだ。
――「現場にはおびただしいほどの血が……」
すぐに救急車で運ばれたという容疑者の運命は。
――「続報です。千明容疑者は心肺停止状態ということで……」
それからまた数時間後。容疑者を刺したのは、やはり連続婦女暴行殺人事件の犠牲者となった女性の家族だと、そんなニュースを耳にしながら、おやすみなさい、と子供たちに就寝前の挨拶をした。
――それが、彼女の最後の記憶。
なぜなら、それは。
彼女が、夫婦の寝室に向かおうと廊下を歩き出したその直後。
――世界は、なんの予兆も、音もなく。一瞬にして消滅した。
*****
天の声から、もう答えが返ってくる気配はない。
(……そ、んな……)
心の中の精神世界で、アリアは愕然と身体を震わせる。
二つの世界の命運を託されても、アリアにどうしろというのか。
――『そなたたちが元の世界に戻ることだ』
天の声はそう言った。
けれど、その、具体的な方法は?
そして、元の世界に戻ったとして。
(……“私”は……、どうなるの……?)
そのことに、ふるり、とした寒気に襲われる。
――アリア……! っ、アリア……ッ!
遠くでなにかが聞こえた気がしたが、今のアリアには届かない。
(……シオン、は……?)
天の声は言った。
ただ、“本来のアリア”の姿に戻るだけだと。
けれど、もし、自分が“本来のアリア”に戻ったら?
世界が本来の姿を取り戻すというのなら、シオンはユーリと一緒になるのだろうか。
――否。
ここは、“ゲーム”の世界ではないと天の声は断言した。
それは可能性の一つにすぎないと。
ならば“アリア”が今の“アリア”ではなくなった後、シオンは本来の“アリア”とどうするのだろう。
(……だっ、て……。どうしろって……)
例え“アリア”が消えずとも世界は消える。
ならば、選択肢など、はじめから一つしか用意されていないではないか。
(リヒトと……、戻る)
世界の消滅を回避するために。
そんなことで、リヒトを説得できるとは到底思えない。
リヒトの存在に関して、天の声はなんと言っていたか。
――『もう一人の人間は、元よりこの世界でもあちらの世界にも存在しない人間だ。そのままエネルギーとなって世界の狭間で消えるだろう』
リヒトの中身の器はすでに死んでいる。
例えリヒトは元の世界に戻ったとしても、魂を受け入れる器がない。
ならばリヒトは、自分だけでなく、世界もろとも滅びを選ぶに違いない。
と、するならば、リヒトと共に“還る”ためには、もはや強硬手段しか残されていない。
(……っこんなこと、誰にも相談できない……!)
世界の消滅はアリアとリヒトが揃う以外に回避できない。
みなで協力して強大な敵と闘ってきた、今までと話の次元が違うのだ。
どんなにシオンたちが足掻いても、“魔法”でどうこうなる問題ではない。
「……リア……ッ!」
そこで、声が、聞こえた気がした。
「……ア……、リア……ッ!」
もう一度。
自分の名を呼ぶ、切なる声。
「っアリア……ッ!」
その瞬間、ぶわり……っ! と世界が巻き戻ったような感覚がして……。
「…………シ……、オン…………」
瞼を開けたアリアの目の前に、焦燥に駆られたシオンの顔があった。
「どうした!? なにを聞いた……!」
矢継ぎ早に聞かれても、頭の中がぐるぐるして理解が追いつかない。
「……ごめんなさい……」
だから、一言。
頭を押さえながらそう告げれば、シオンの瞳が見開かれた。
「アリア!?」
「……言えないの。そういう約束だから」
そんな約束はしていないけれど、この場合、嘘も方便だと許してほしい。
「……リヒトのことは……。話せる限り話すから……」
本来であれば。神様に呼び出されることがなければ、今頃リオたちにリヒトのことを説明していたに違いない。
けれど、今は。
「……今は……、ちょっと、混乱していて……。整理、させて……」
情報量が多すぎて、アリアの頭では処理し切れない。
シャノンではないけれど、過重負担で頭が重くなり、強烈な眠気に襲われる。
「アリア!?」
「……ごめんなさい……。ちょっと……、眠く、て……」
短時間で精神に負荷がかかりすぎて限界だった。
眠くて、眠くて。
「アリア……ッ!?」
そうしてくたりと身体から力の抜けたアリアを、驚いたシオンがしっかりと抱き留めてくれるのを感じながら、襲われる眠気に勝てず、アリアはそのまま目を閉じてしまっていた。
この物語はフィクションです。
移送途中の犯人を……、は、完全なるご都合主義です。ご承知おきくださいませm(_ _)m