目覚めの朝
「……ん……」
短い眠りについてふと意識が浮けば、裸の身体はしっかりとシオンに包み込まれていて。その心地よさに、気怠い疲れもあってうとうとと微睡んでしまう。
「……アリア」
けれど、そこでいつもよりワントーン低いシオンの声がかけられて、アリアはぼんやりとした目を向ける。
「……シオン……」
アリアの身体を抱き寄せ、髪を撫でてくる手の感触はとても優しい。
「愛してる」
「っ」
ちゅ……、と前髪の上辺りにキスを落とされ、僅かな動揺で瞳が揺らぐ。
「……私も」
シオン以外の人間とこんなことをしたいと思わない。だから。
「……私も、シオンのこと、愛してる」
だからもう、これ以上隠しておくことはできない気がした。
なにからどう話せばいいのか、まだ混乱している頭では整理がつかないけれど、リヒトの正体が露見した今、放っておくことだけはできない。
「……話すな?」
真剣な瞳を向けられて緊張に息を呑む。
「オレには……、オレたちには、その権利があるはずだ」
「……うん……」
今回のことは本当に、シオンをはじめ、シャノンたちがいなければどうなっていたかわからない。
この件に関してはアリアにもわからないことが多すぎるが、だからと言ってなにも知らないと誤魔化すわけにもいかない。
「……本当に、ごめんなさい……」
勝手をしたこと。
そして。
「……ありがとう」
助けてくれて。
「……シオンに、言われていたのに……」
シオンが恐れていたことはこういうことだったのかと今さらながらに理解する。
だからといって、自分を狙っている相手がリヒトだとわからなければ、例え“誰かに狙われている”と聞いていても結果は変わらなかっただろうけど。
「みんなが助けてくれなかったら、私……っ」
自分の魔力に対して自信があった。
普通の人間相手であれば、例えどんな凶悪犯を前にしたとしても、決して負けたりはしないという自信が。
けれど、相手が“普通”ではなかったとしたら。
リヒトに魔法が効かないことは知っていた。それでも信用してしまっていたのだ。
「3」の“ゲーム”の“ヒーロー”であり、同じ記憶を持つ“仲間”として。
もし、シオンたちが駆け付けてくれなかったらと思うとぞっとする。
そうでなければ今頃、アリアはどんな目に遭わされていただろうか。
「アリア」
もしかしたらそうなってしまっていたかもしれない恐ろしい未来を想像し、ふるりと身体を震わせたアリアに、シオンの気遣うような目が向けられる。
「……大丈夫。シオンのおかげで、本当にもう大丈夫だから」
その言葉は嘘ではない。
あの時は怖くて怖くて。本当に恐ろしくて仕方なかったけれど、今は身も心も大丈夫だと断言できる。
それは、全てシオンのおかげだ。
全部、全部。シオンに塗り替えられてしまっている。
「もう、目の前にリヒトがいても大丈夫」
あの時のことを思い出して怖くなるのは、ありえたかもしれない恐ろしい今を想像してしまうからで、リヒト自身が怖いからではない。
だからもし、今、リヒトが目の前にいたとしても、リヒトの存在自体を怖いとは思わない。
もはやアリアにとってリヒトは……、捕えなければならない“敵”。
なぜなら、きっと。恐らくは。
「……“リヒト”……。ヤツの名か」
「……うん……」
眉を顰めて確認を取ってくるシオンに、こくりと小さく頷いた。
――リヒト・ワーグナー。
“ゲーム”では本名か“芸名”かわからない、名前しか発表されていなかったリヒトのこの世界の名前。
「……連続婦女暴行殺人犯の」
「……っ!」
神妙な面持ちで告げられたその犯罪名に、薄々気づいていたとはいえアリアの目は見張られた。
「……やっぱり……、そう、なの……?」
リヒトがアリアに語った数々の不穏な言葉。
それらのセリフからは、過去、リヒトが同じような犯罪に手を染めていたようなことが窺えた。
そして、そこから導き出される一つの答え。
「シャノンの能力を信じるならそういうことになるな」
凶悪犯と同じ深層心理。
それから……、“赤い瞳”。
シャノンの能力が信じられないはずがない。
シャノンが例の凶悪犯とリヒトを“同一人物”だと断定したなら、つまりはそういうことなのだ。
「……っ、リヒトは……っ、私の“代わり”だって……!」
リヒトは、過去、アリア以外の女性に暴行を働いてきたようなことを語っていた。
そして、例の凶悪犯は、今まで数々の女性を拉致監禁し、散々な方法で性的暴力を振るった上で命まで奪ってきたとされている。
まさか、それらの行いが全て。
「私を手に入れるまでの代用品だって……!」
それまでの暇つぶしだったと。
ただの“遊び”だったのだと。
アリアを襲いながら、リヒトはそんなことを言っていたのだ。
「……そんな、ことで……っ!」
リヒトの狙いはアリア一人。
――“オレの彼女”。
“もう一つの世界”で一目惚れをした、“ゲーム”の中の少女を“彼女”と呼び、現実と“創作の世界”を混同させた狂気的犯行。
二次元の世界が現実のものとなり、リヒトは歓喜し、狂ったのだ。
「わ、たし……っ」
「お前のせいじゃない」
「でも……っ!」
今となっては、これまでリヒトが語ったことのどこからどこまでが本当のことかわからないけれど、それでも初めてリヒトと会った時、ずっとアリアのことを探していたと言っていた。
例えこの世界が“ゲーム”の中だとしても、アリアにさえ出逢わなければ。
「例えお前を手に入れるまでの繋ぎの玩具でしかなかっとしても、彼女たちが被害に遭った罪はヤツ自身以外のどこにもない」
「っ」
自分がリヒトを狂わせたのかもしれないと悲痛な面持ちを浮かべるアリアに、シオンの真っ直ぐな瞳が向けられる。
「お前が気に病む必要などどこにもない」
「……シ、オン……」
本当に、そうだろうか。
アリアがもっと早くリヒトの正体に気づいていれば。
同じ“記憶持ち”として、アリアは初めからリヒトを全面的に信用してしまっていた。
もし、ほんの少しでも警戒心を持って接していれば。
――『まぁでもオレは、確かに凌辱系が好きだったけど』
思えば、リヒトは数々のヒントを口にしていたというのに。
それらの危険信号に気づいていたら。
ほんの少しだけでも救えたものがあったのではないだろうか。
「……とにかく、アイツは国が必死で追っている凶悪犯だ。これからすぐにでも皇太子に連絡を取って登城して……」
と、シオンが今後取るべき行動を口にしようとした時。
『もう終わった?』
「――っ!?」
ぴょこん……っ、と現れた一匹の妖精に、アリアとシオンは思わず固まった。
「……な……?」
ウェントゥス家にも姿を現すようになった妖精たちは気まぐれだが、さすがに今までこんな状況で出現したことはない。
けれど、その理由は。
『交尾の最中だったから待ってたの』
「……っ!?」
にこにことなんの悪びれもない笑顔でその理由を告げられて、アリアは首の下まで布団に潜り込んで真っ赤になる。
確かに妖精たちは、そこにいても姿を消すことは可能だ。
まさか今まで姿を消していただけで、声をかけるタイミングをずっと窺っていたりしたのだろうか。
『もう、いい?』
男女の愛し合う行為をあっさりと“交尾”の一言で済ませてしまう妖精たちは、それをただ自然界の営みの一つだと認識しているだけの純真無垢な存在なのだろう。
だからといって恥ずかしすぎて、かける言葉が見つからない。
だが、そんなアリアに、可愛らしい妖精はにこりと笑う。
『カミサマ、呼んでる』
伝言を頼まれたのだとそう言って。
『アリアに、話があるって』
アリアに話があるのだと呼んでいるのは、精霊王たちではなく。
その相手に、アリアは驚愕に目を見開いた。
「……神、様…………?」