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追跡

「アリアが行方不明……、って、どういうことだよ!?」

 緊急事態が発生したということで、リオからシャノンを連れてすぐにシオンの元へ跳んでほしいと告げられたギルバートは、開口一番、そうシオンとユーリへ迫っていた。

「行方不明なのは確かだが、本人の意思で出ていったことは間違いない」

 そう返すシオンの顔には僅かな苦悩の色が浮かぶ。

 今現在アリアがどこにいるかわからない、という意味では確かに行方は不明だが、本人が書き置きを残して外出している時点で真の“行方不明”とはなりえない。だからそんな程度でリオが動けるはずもなく、あとのことはシオンたちに任せて公務へ戻っていた。

 シオンたちが“アリアが行方不明”とする理由は、リオの瞬間移動でもギルバートの空間転移でもアリアの元へ行けなかったからだ。通常、そんなことはありえない。

 そして、きっと、恐らく、間違いなく。当の本人であるアリア自身は、自分が“行方不明”になるつもりも、“行方不明”扱いされていることにも気づいていないに違いない。

「……だから怖いんだ」

 アリア本人に全く危機感がない。それがどれだけ危険なことか、この場にいる誰もがわかっている。

 そう簡単に誰かに害されたりしないほどアリアは強いが、それはそれなりの警戒心があってのこと。心を許した者が相手であれば、アリアはどこまでも無防備だ。そんな強さは全く無意味なものとなる。

「ただの杞憂かもしれない。それならそれが一番いい。でも……」

 シオンの言葉を継いだユーリが、ぐ、と拳を握り締める。

「……“犯人”が、元からアリアの知り合いだったとしたら」

 アリアが今“誰か”と一緒にいるとは限らない。けれど、出揃った状況が、最悪の想像を組み立てる。

 シオンに外出を禁止された状況で、アリアがアリア自身の所用でここまでの行動に出ることはないだろう。それでもアリアは家を抜け出した。つまりは、それだけの“緊急事態”が起こっている。

 ここから導き出される推測は、“誰か”に会わなければならない事態が起こったのではないかということ。

 そしてその“誰か”は……。

「……“知り合い”って……、どうやって」

 頭に過ぎった嫌な答えは、恐らく全員同じものに違いない。

 こくりと喉を鳴らすギルバートに、シオンの鋭い瞳が向けられる。

「お前だって、始めはこそこそとアリアと会っていただろう」

「っ、それは……っ」

 アリアに不思議な能力(ちから)が備わっていることは、もはや誰もが気づいていることだ。そのせいで、いつも“事件”の中核に自ら飛び込んでいってしまう。

 ギルバートも、その一人。

 アリアに見つかり(・・・・)、シオンたちからずっと隠れて逢瀬を重ねていた。

「……どう? シャノン。追跡できそう?」

「……俺は犬かよ」

 そこでユーリから窺うような双眸を向けられたシャノンは、相変わらずのポーカーフェイスで肩を落とす。

「……ごめん」

「そんな表情(かお)すんなよ。冗談だ」

 途端、素直なユーリはしゅんとなり、シャノンからは苦笑が洩れる。

「……俺は、この能力があって良かった、って、こんな時に本気で思えるから」

 物心ついた時からずっと苦悩し、忌み嫌っていたという特殊能力。

 清々しい瞳で見返され、ユーリの口からは感嘆のような吐息が零れ落ちる。

「……シャノン……」

 シャノンにここまで思わせるようになったのは。シャノンをここまで変えたのは。

 それは、全てアリアの存在があったから。

「シャノン。くれぐれも無理はするなよ?」

 そんなシャノンの覚悟などとうの昔からわかっているのだろう。無駄な忠告だとわかりつつ、それでも一応の声をかけてくるアラスターに、シャノンは淡々とした態度ながらも決意のこもった目を向ける。

「無理しなくてどうするんだよ。絶対に見つけてやる」

「シャノン……」

「倒れた時は頼んだ」

「…………」

 くす、と絶対的な信頼を置いてくるシャノンの笑みを前にして、アラスターはやれやれと嘆息する。

 なにごとにもクールに見えて、シャノンは案外熱血漢だ。

「……アイツは素直でなにも隠さないからな。残留思念を掴みやすいは掴みやすい」

 ここは、アリアが普段生活している場所。心安らぐあたたかな家を、とアリアが考えて作り出された空間は、どこもかしこもアリアの優しい存在感で溢れている。

 それでも静かに目を閉じたシャノンは、アリアの行く先を探るべく全方向へと意識を集中させる。

「ただ、さすがに薄すぎるけど」

 なにも隠そうとしない分、良くも悪くもアリアは怒りや憎悪といった強い感情を抱かない。

 だから部屋に残されたアリアの痕跡からはなにを考えているかまでは()み取ることができないと言いながら、シャノンは眉間に皺を寄せる。

「……こっちだ」

 そうしてシャノンに導かれるままに、一同がまず辿り着いた場所は。

「……ここの壁を飛び越えて外に出たんだな」

「……っ、あのじゃじゃ馬が……っ」

 高々とした外壁を見上げて告げるシャノンに、シオンからは舌打ちが洩らされる。

「……そこはもう、さすがアリアとしか言いようが……」

 呆れながらも感心し、そう乾いた笑みを零したのはユーリだ。

 だが、こんなところでそんな話をしている時間はなく、すぐにシオンの風の力でアリアと同じように壁を飛び越えた一同は、次なるシャノンの指示を待つ。

「それで……、こっちの方向へ……」

 僅かな痕跡を頼りに歩みを進め、外壁に沿った道路から何本目かの道に入る。

 そこで一度足を止めたシャノンは、その場に薄く漂う残留思念を手繰り寄せ……。

「!?」

 ぐら、と傾きかけた身体へ、咄嗟にアラスターの手が伸びる。

「シャノン……ッ!?」

「どうした……!」

 倒れることなくどうにか踏み止まったシャノンへ、ギルバートの焦ったような声が飛ぶ。

 胸元を抑え、「は、ぁ……っ」と深い呼吸を零すシャノンの顔色は真っ青で、とても尋常な様子ではない。

「っ、こ、の、禍々しい感情……っ」

 今は誰もいないその場所へ顔を上げ、シャノンは苦し気な声を洩らす。

「……抑え込んでるけど……っ」

 服ごと胸元を強く掴み、シャノンの綺麗な顔が苦痛に歪む。

「……覚え、が……」

 ふるり、と震えた身体は悪寒からだろうか。

「シャノン……!?」

 アラスターがシャノンを支えるようにして隣に立つ中、他の三人の表情は見る間に愕然としたものになる。

「……ま、さか……」

 最悪な想像が現実のものとなっていく予感に、ユーリがごくりと言葉を呑む。

「……赤い……、瞳……」

「……っ!」

 シャノンの頭の中に浮かぶ赤い瞳。

 それは。

「……っ、アリアが、あの一連の事件の犯人と一緒にいるっていうのか……!?」

 あの事件の潜入捜査をした際に、シャノンが()んだ残留思念。そして、その犯人と思しき者と街中で出遭った時に視えたもの。

 その共通点は――、禍々しいほどの赤い瞳。

 もし、その赤い瞳を持つ者が、数刻前までここにいたとしたならば。それが意味するものは。

「……そ、こまでは……、でも……」

 荒い呼吸で胸元からぐっ、と握り込まれたシャノンの心臓は、そこで、ドクン……っ! と大きく不快な鼓動を刻む。

「……『元々オレのものなんだよ』……」

 その言葉は、シャノンの中へと流れ込んでくる、“誰か”の感情。

「……! シャノン……!?」

「……『やっと手に入れられる……』……」

 驚愕に見開かれるユーリの瞳に、苦痛を浮かべたシャノンの顔が映り込み、その手は耳鳴りでもしているかのように蟀谷(こめかみ)を抑えつける。

「……聴、こえる……」

 直後。

「!? ギルバート!?」

 ギルバートが闇の魔力を発動させたのを感じ取り、ユーリはそちらの方へと振り返る。

「っすぐに戻る……! お前らは追跡を続けておけ……! オレは一度皇太子のところへ……!」

 空間転移の魔力(ちから)が発動し、止める間もなく闇の中へ身を踊らせるギルバートへ、シオンの強い視線が向けられる。

「そうだな。それがいい」

 元々ギルバートは連絡役だ。新たな情報はすぐにリオへ伝えるべきだろう。

 ギルバートであれば、シャノンたちがどこに移動しようが合流するのになんの問題もないのだから。

「シャノン! それで!? アリアはどこに……!?」

 先を急くように上がるユーリの声に、シャノンはぐっ、と奥歯を噛み締める。

「っ、全力で追う……っ」

 例え、そのために過負荷で倒れたとしても。

「アイツを奪わせたりしない……!」

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