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鳥籠から抜け出して

「……アリア」

「っ、はい」

 朝。今日は王宮に用事があるというシオンを見送るために玄関に出ていたアリアは、ふと足を止めてかけられた神妙な低い声に、思わず背筋を正していた。

「今日は早く帰る」

「え?」

 真っ直ぐこちらを見つめてくるシオンの瞳は真剣そのもので、アリアの瞳は動揺に揺らめいた。

「帰ったら話がある」

 それは、ここ最近アリアが“なにか隠されている”と感じていることについてだろう。

 きちんと話すから少しだけ待っていて、とユーリは言っていた。つまりは、“その時”が来たのだと悟り、アリアはこくりと息を呑む。

「……はい」

 つい改まった態度で頷いて、こちらを見つめるシオンの視線を正面から受け止める。

 なにか隠し事をされていると気づけば、それを知りたくなってしまうのは人間の(さが)だろう。

 だが、いざこうして「話がある」と真剣に告げられると、少しだけ怖くもなってしまう。

 アリアのことを思ってみなが口を閉ざしている隠し事。本当にそれを聞いてしまってもいいのだろうか、と。

「だから今日はどこにも行かず、家で大人しく待ってるんだ」

 そしてそこで思ってもみなかったことを要求され、アリアの瞳はきょとん、と驚いたように瞬いた。

「……え?」

 昨日がパーティーだったこともあり、今日は元々なんの予定も入っていない。昨日のうちに大体の片付けは済んでいるものの、今日はその残りの後片付けと、身体を休めるためにも少しゆっくりと過ごす予定だった。

「わかったな?」

 そんなアリアの予定をしっかり把握しつつ、それでもシオンは強い声色で確認を取ってくる。

「ちゃんと家にいるんだ」

「う、うん……」

 帰り次第、すぐに話さなければならないほど深刻な内容なのだろうか。

 頷くアリアをしっかりと見届けて、シオンはなるべく早く帰るためにか、先を急ぐように踵を返す。

「いってくる」

「……いってらっしゃい」

 その後ろ姿を見送って、アリアは妙な不安感に襲われながらしばらくその場に佇んで……。



(……ダメだわ……っ! やっぱりよく覚えてない……っ)

 残っていた昨日の後片付けを終えたアリアは、机に向かって頭を抱えていた。

 目の前には、“日本語”で書かれたアリアの日記。だが、“日記”と言っても日々の出来事を綴ったものではなく、なにかを思い出した(・・・・・)時などに“ゲーム”や“あちらの世界”についての知識を書き連ねたものだ。

 よって、そこにはアリアが当時思い出した限りの「1」「2」のゲームの情報やストーリー展開などが記載されている。万が一見られてしまった時のことを考えて、暗号のつもりで一緒に思い出した“日本語”を使っていたのだが、まさかこの世界の古代文字が“日本語”だとは思わなかったのだから驚きだ。

 シオンが神妙な面持ちで告げた「話がある」の内容が、“ゲーム”に関係していることとは限らない。それでも。

 ――『「3」のゲームが始まるよ』

 リヒトの言葉に、妙な胸騒ぎを覚えるのだ。

 「3」の“ゲーム”が始まるとして、いくら「3」の舞台が現代のものだったとしても、この世界になんの影響も及ぼさないとは思えない。

 だから、改めてかき集められる限りの“ゲーム”の情報を思い出そうと頭を捻っているのだけれど。

(……少なくとも、“主人公”はまだ発表されてなかった……)

 アリアの知る限り、先行で公開された情報は“メインヒーロー”を含む三人のみ。

(リヒトは……、“アイドルグループ”のリーダーで……、“メインヒーロー”……)

 舞台は現代。五人組“アイドルグループ”のメンバーと繰り広げられる、なかなかハードな“BL恋愛ゲーム”だ。

 その“アイドルグループ”のメンバーにはそれぞれイメージカラーというものがあり、発表された三人は、ステージ衣装と思われる服の一部に、赤、青、黄色の装飾品がつけられていたことが特徴だったように思う。

 どう頭を捻っても、アリアが思い出せるのはそこまでだ。リヒトと会った時のように、見れば思い出せるかもしれないが、きちんとした顔は朧げで、名前も全く覚えていない。

 「2」の続編にばかり気を取られていて、「3」の情報をあまり集めていなかったことが悔やまれてならなかった。

 ――コン、コン……ッ。

 と。そこでノックの音が響き、入室の許可を出せば、使用人が数通の手紙を手にアリアの元までやってくる。

「若奥様。お手紙です」

「ありがとう」

 にっこりと笑ってそれを受け取って、アリアはすぐに頭を下げて部屋を出ていく使用人を見送った。

 そうして差出人を確認すべく、その一つ一つをゆっくりと確認していったアリアは、見覚えのあるシンプルな手紙を手に、どくり……っ、と、胸に重い鼓動を刻む。

(っ、リヒト……!)

 差出人の名前は書かれていない。

 だが、他の手紙に構うことなく、確信を持って封を開ける。

 アリアとシオンの結婚は、もはや国中の人間が知っている。例え直接話していなくとも、結婚後のアリアがここで暮らしていることくらい、リヒトにだって簡単にわかるだろう。

(今度はなに……!?)

 焦って上手く手紙が開けないのがもどかしい。それでもパラリと紙を開ければ、そこには相変わらず一方的でシンプルな数文しか書かれていなかった。

(…………!)

 数秒でそれに目を通したアリアは、簡単に自分の姿を確認すると、すぐに外出の準備をして部屋を出る。

 だが。

「……若奥様? どうかなさったのですか?」

 先を急ぐアリアへ、先程とはまた別の使用人が驚いたように声をかけてくる。

「ちょっとだけ出てくるわ……っ」

 足を止めることなくそう告げて、アリアが玄関へ向かった時。

「……申し訳ございません。本日は若旦那様から外出を禁じられております」

 ですからどうぞお戻りを。と、丁寧に頭を下げながらも有無を言わさない雰囲気で外出を阻まれて、アリアは懇願の目を向ける。

「すぐに戻るから……っ!」

「なりません。これは若旦那様からのご命令(・・・)です」

「!」

 まさかシオンが使用人たちへそこまでの命令を布いているとは思わず、アリアは驚きに目を見張る。

「今日のお戻りは早いそうですから。それまで部屋でお待ちください」

「っ」

 にこりと微笑んで敬々と頭を下げながら、滲み出る空気には強い強制力があった。

 しっかりと躾けられた使用人に、アリアが逆らうことは難しい。一体いつから、自分は行動制限をされていたのだろう。

(……今日だけたまたま……? それとも、ここ最近ずっと……?)

 ここ最近は本当に忙しく、邸を出る暇もなかった。思えば、次から次へと訪れる来客者たちも、新居を見てみたいという気持ちもわかるが、本当に隙間なく予定が組まれていた。

(……それも、シオンの計算のうち……?)

 アリアが外出できないようにされていることを気づかないように、巧妙に。そう思えば、どうしてそこまでと愕然としてしまう。

 シオンがそこまでするくらいの、一体なにが起こっているのだろう。

 そして、なにかが起こっているとしたら、それはやはり“ゲーム”絡みではないかと思ってしまうのは、アリアの考えすぎだろうか。

 それを確認するためにも、なにか情報を持っているらしきリヒトに、早急に話を聞いておきたい。

(……こうなったら……)

 一度部屋に戻ったアリアは、きゅ、と唇を引き結ぶと窓の外へ顔を向ける。

 家の者に見つからないように庭を周り、外壁を飛び越えて外に出る。

 すぐに行動に移ろうとしたアリアは、そこでハッと胸元を見下ろした。

(! ペンダント……)

 アリアの現在地をシオンへ伝える魔法石(ペンダント)

 別段どこにいるか知られていても困らないため、今までまるで“GPS”のようなそれを外そうと思ったことはない。

 けれど、今だけは。

(……シオンッ、ごめんなさい……っ)

 とにかく、情報が欲しいのだ。

 リヒトからの接触はいつも一方的で、今を逃せば次はいつになるかわからない。

 アリアが家を出たことが知られれば、すぐに連れ戻されてしまうかもしれない。

(すぐに戻るから……!)

 欲しい情報だけ手に入ったら。否、もしなにも情報を得ることができなかったとしても、それはそれで“これ以上の情報はなにもない”という情報だけで充分だ。

 すぐ戻る旨の書き置きをし、わかりやすいようにその上に外したペンダントを置いて部屋を出る。

 家人の誰にも見つからないように、慎重に辺りを窺いながら外壁へ向かい、風魔法を使って飛び越える。


 そうして。


「! リヒト……!」

 ウェントゥス家を出て何本かの道を行ったところで見えた影に、アリアは小走りで駆け寄っていく。

「久しぶり」

 壁へ預けていた背を離し、ポケットに両手を突っ込みながら笑いかけてきたリヒトは、相変わらず“トップアイドル”のように様になっている。

「ごめんなさい。なかなか出られなくて……」

「あぁ。なんとなくわかってる」

 いつからここで待っていたのだろうと、しゅんとなって謝るアリアへ、リヒトは可笑しそうに苦笑する。

 恐らくアリアが正面玄関から出てきたわけではないことがわかれば、外壁を飛び越えてきたと想像するのも容易だろう。

 そもそもリヒトから指定された場所も、正面玄関からはほど遠い場所だったことを考えれば、なんとなくリヒトもアリアが正面突破できないだろうことをわかっていたのかもしれない。

「いろいろと話したいことがあるから……。ちょっとだけ出られる?」

「少しだけなら……」

 絵に描いたような“アイドルスマイル”を向けられて、その眩しさに一瞬ドキリとしてしまう。

「それじゃ、ちょっと付いてきて」

 そうして颯爽と歩き出したリヒトの斜め後方を、アリアは僅かな動揺と緊張と共に付いていくのだった。

実は本日、9月27日はアリアの誕生日だったりします。

アリア、おめでとう……!

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