ガーデンパーティー
空は、ガーデンパーティーに相応しい晴天。
精霊王たちを招いたささやかなお披露目会ではあるものの、それぞれの“ゲーム”のメンバーが全員参加しているとなると、それなりの人数にはなってくる。
しかも。
「こうしていると、まるで昔に戻ったみたいねぇ〜」
「ネロ様」
元々結婚式の時のようなイベント進行があるわけではない。アリアが今着ているドレスもウェディングドレスなどではなく、ウェディングドレスを意識した純白の動きやすいドレスだ。
シオンと二人で改めて結婚の挨拶をして、パーティー開始の乾杯をした後は、もう普通のパーティーと変わりない、自由な談笑タイムになっている。
シオンはユーリと共にリオと話しており、ぐるりと辺りの様子を見ていたアリアに、ネロのしみじみとした感慨深い吐息がかけられていた。
「当たり前のように妖精たちが存在していて。みんなそれを当たり前のように受け入れてる」
それは、今は人間界からなくなってしまった光景。
けれど、今、この場所だけは。
アリアのお祝いに現れてくれた妖精たちの数は驚くほどで、ガーデンパーティーが開かれている庭のあちこちに、太陽の光を反射して不思議な色を輝かせる羽が舞っている。
人々の合間を当たり前のように飛び回っている妖精たちの姿は、まるでそれが当たり前であった大昔の頃を思わせるとネロは口にした。
「……全部、アンタのおかげね」
「……そ、んなこと……」
昔を懐かしむような優しい微笑みを向けられて、アリアの瞳は揺らめいた。
「ない?」
「……はい」
あちこちで焼き菓子に齧りついている妖精たちは、確かにアリアのことを好いてくれているが、やはりどうにも餌付けをしてしまった感が拭えない。
そして、例えアリアが動かなかったとしても、本来の“ゲーム”でもこうなる運命にあったのだろうと思うのだ。
シャノンを“主人公”とした……、ユーリたち「1」の“ゲーム”のメンバーも加わっての“続編”。
精神感応能力を持つシャノンが中心となって動いていたら、今とはまた別の未来になっていたかもしれない。
人間界と妖精界。レイモンドとマグノリア。
過去、なにがあったのか、“ゲーム”の記憶のないアリアにはもうわからない。
こうして妖精たちが人間に物怖じをしない様子を見る限り、二つの世界が仲違いしたというわけではないのだろう。
シャノンであれば……、知ることができたのかもしれない。
けれどそれを、アリアが暴いていいとも思えない。
「……知りたい?」
「っ」
じ……、とネロを見つめるアリアの視線の意味を読み取ったのか、くす、と苦笑を溢したネロに、アリアは一瞬動揺する。
「人間界と妖精界の間になにがあったのか」
結ばれることの叶わなかった精霊王と王女の恋。
けれど、それが二つの世界を断絶する直接の原因となったわけではないことくらいはわかる。
「アンタになら教えてあげる」
「……っ」
穏やかな表情で真っ直ぐ見つめられ、アリアは小さく息を呑む。
知りたくない、と言ったら嘘になる。
ただ、少しだけ怖い気がすることも確かな事実。
それはまるで、世界の真理に触れることのようで。
ただの興味本位で覗くことは許されない。
「……あとでレイモンドからも話があると思うわ」
「……レイモンド様から……?」
それは一体どういう意味だろうか。
驚きと僅かな不安で揺らめくアリアの瞳に、そこで、くす、とからかうようなネロの笑みが映り込む。
「あとは、アンタのあの厄介な旦那が許可するかだけど」
「!」
アリアを一人で妖精界に行かせることに、果たしてシオンが頷くのか。
アリアが一人で妖精界に訪れたとしても、命の危険に晒されるようなことはないだろう。だが、身の安全まではわからないからと暗に笑われ、アリアの瞳は大きく見開かれた。
「まぁ、そこはよぉ〜くおねだりすることね」
「っネロ様……っ」
なんだか凄く意味深な物言いのような気がするのは、アリアの気のせいではないだろう。
「……なにを話してる」
「!」
そこへ気配もなくやってきた黒い影に後方へ引かれ、アリアは後頭部がぶつかった胸元から顔を上げる。
「シオン」
「ほ〜ら、やだやだ。男の嫉妬って醜いわよねぇ〜」
途端嫌そうな表情になったネロは、しっしっと手を振り、シオンを追い払うような仕草を見せる。
「こいつに触るな」
「やだ。女性に手を上げる男は最低よ?」
さすがに暴力沙汰にまでなることはないだろうが、不機嫌を隠すことなく鋭い目を向けてくるシオンへ、ネロは大袈裟な態度で口元を手で覆って目を丸くする。
「お前のどこが女だ」
「どこからどうみても麗しの美女じゃないの」
「どこに美女がいる」
不快だとばかりに眉を顰めるシオンにも全く堪える様子のないネロは余裕の微笑みを浮かべていて、アリアはハラハラしてしまう。
「シオン……」
「コイツは要注意人物の一人だ」
中性的な美貌が魅力なネロは、身体は男で心は女という精霊王。けれど、その女性の心のまま、女性だけれど女性を好きだと言われても、アリアはその感情を否定するつもりは全くない。
なにせここは、“BLゲーム”の世界。“腐女子”のアリアに同性愛に対する偏見は一切ない。ただ、ネロの場合、身体は男という点がとても複雑だけれども。
「必要以上に近づくな」
さすがのアリアも、ここでネロは女性なのだからとシオンを宥められるとは思っていない。ネロがどこまで本気なのかはわからないが、多少の自覚くらいはしているつもりだった。
「そうだよなぁ〜。お前にとっちゃ、アリア以外の女なんて、そこらへんに転がってる小石と同じようなもんだしな」
「ギル?」
そこへ、先程のネロの言葉を受けたようにやってきたのはギルバートだ。
なんだか微妙に論点がズレているような気もするが、もちろんそこを指摘することなく、シオンからは嫌そうな気配が滲み出る。
「……お前が一番油断ならない」
「おっ、それって最高の褒め言葉じゃねぇ? オレならアリアを奪えるかも、って?」
「……そういう意味じゃない」
ニヤニヤと愉しそうに口の端を引き上げるギルバートに、シオンの顔にはますます不快の色が浮かぶ。
「……お前らはまた……」
「祝いの席だぞ」
と、そこで呆れたような吐息が落ち、アリアはその声の持ち主の方へと振り返る。
「ユーリ。シャノン」
そこには、アリアの想像通り、それぞれの“本来の相手”であるユーリとシャノンの姿。
「その辺にしとけよ」
シャノンはギルバートへやれやれと肩を落とし、
「せっかくアリアが頑張ったんだから」
ユーリはシオンへと咎めるような目を向ける。
今日は、アリアが腕によりをかけて準備をし、ずっと楽しみにしていたパーティーだ。そこに水を差すようは真似をするなと窘められ、シオンとギルバートは渋々と引き下がる。
「……ほんと、すげーな」
パーティーとは名ばかりで、ただ集まって食事をしながら雑談をするだけのものだ。それでもテーブルの上に並べられた目にも美味しい料理の数々に感嘆の声をかけてくるシャノンに、アリアの口元は綻んだ。
「ありがとう」
「どれもこれも全部美味しいし……! さすがアリア!」
なにやら唐揚げらしきものを頬張りながら、キラキラとした目を向けてくるのはユーリだ。
「ユーリも手伝ってくれてありがとう」
前日から焼き菓子などの下準備をはじめていたアリアに、ユーリはなにか自分にもできることはないかと、なにかと下ごしらえを手伝ってくれていた。
そして、もう一人。
「あと、アラスターも」
遅れてシャノンの元へやってきたアラスターに、アリアはにこりとした笑顔を向ける。
「どういたしまして」
ハイスペック“設定”のアラスターは、なんでも卒なくこなしてしまうという意味では、この中で一番器用なキャラなのかもしれない。
ユーリにつられるようにシャノンが手伝いを始めれば、自然の流れでアラスターもキッチンに立っていて、初めてだろうその料理の腕前よりも、アリアは思わずそのツーショット姿に身悶えてしまっていた。
「私こそ、こんなふうにみんなで集まることができて凄く嬉しいわ」
精霊王たちを含む、全ての“ゲーム”の登場人物たちが一同に介するなど、どれほど至福なことだろう。
大好きな人たちに囲まれて、みなが笑顔でアリアを祝ってくれて。
「みんな、本当にありがとう」
これ以上の幸せはあるだろうかと、アリアは花が綻ぶような微笑みを浮かべていた。
*****
「……アリアに話すのか?」
「……あぁ」
リオやセオドアたちと和やかに笑っているアリアの姿を、少しだけ離れた位置から眺めていたユーリが問いかけてきて、シオンは低く頷いた。
「さすがにいつまでも隠してはおけないだろう」
シオンは当然のこと、恐らくは、今ここにいるメンバーのほとんどは全て。しばらく前に起こった事件から繋がる、これから起こりかねない嫌な推測を、なんらかの形で耳にしているはずだった。
――知らないのは、アリア本人だけ。
「……まぁ、そうだよな。オレもこの辺が妥当だと思う。今は大人しくしてくれてるけど……。なにか隠されてることがある、って、アリアも勘づいているし」
今日まではパーティーの準備に追われてバタバタしていたものの、明日からはこうはいかない。いつまでも隠しておけない以上、そろそろ潮時だと告げるユーリに、シオンからは不承不承という空気が滲み出す。
「今夜はゆっくり休んで……。明日、帰ってきたら話す」
「そうだな。オレもそれがいいと思う」
シオンが出した最終判断に、ユーリは真剣な面持ちで頷いた。
せめて、アリアがずっと楽しみにしていた今日のパーティーまでは。なんの憂いもなく、ただただ穏やかで幸せな時間を。
シオンとしては、このままアリアにはなにも知らせることなく、家の奥に閉じ込めておきたいのが本音だろう。それこそ、真綿で包むが如く。
それでも、アリアがそんな性格だったなら、シオンが惹かれることはなかっただろうから。
「……必ず守る」
ぐ、と拳を握り締めたシオンの視線の先には、今日のこの日を嬉しそうな笑顔で過ごしているアリアの姿。
「もちろん」
ユーリもまた唇をきゅ、と引き締めて、こくりと深く頷いた。
「ここにいるみんな、気持ちは同じだ」
アリアがいつまでも幸せそうに笑っていることがユーリの願いであり、それはきっとみな同じ。
「アリアの笑顔は曇らせない」
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