精霊王たちとの女子?会
「レイモンド様……? と、リオ様」
シオンと共に扉の前まで行くと、そこにはなぜかレイモンドと……、そして、リオがいた。
今日、パーティーの招待状を渡すために会う約束をしている相手は、ラナとティエラ。一緒にネロの姿が見えるのは今さらのこととしても、レイモンドに関して言えば、その性格上、約束や用事もなくやってくることはないだろう。
「あぁ、ごめんね、アリア。話が少し長引いちゃって」
「い、いえ……っ」
約束があった相手はリオなのだろう。レイモンドと真剣な面持ちでなにか話をしていたらしいリオが顔を上げ、にこりといつも通りの微笑みを向けてきて、アリアは慌てて首を振る。
リオが皇太子として――、この国の代表として、妖精界との橋渡しの役目を担っていることはアリアも知っている。人間界に、当たり前のように妖精たちの姿があった大昔のように……。いつかリオがこの国の王となった時、そんな理想の治世を築きたいと願っていることはわかっている。
「それじゃあボクはこの後の予定が詰まっているから失礼するよ。本当にごめんね」
ゆっくり話せなくて。と謝るリオは、本当に多忙なのだろう。傍に仕えるルイスからは、チラリと時間を気にする様子が窺えた。
「そんな……」
「またね」
アリアににこりと微笑んだリオは、精霊王たちへ丁寧なお辞儀と挨拶をして、すぐにその場を離れてしまう。
「……ぁ……」
「では、私も失礼する」
忙しなく消えていく後ろ姿を見送って、一瞬時を止めていたアリアだが、レイモンドもまたすぐに扉に向かう気配を見せ、慌ててその背中を制止する。
「あ……っ! 待ってください……!」
足を止め、僅かに振り返ったレイモンドへ、アリアは小振りの手荷物の中から一通の手紙を取り出した。
「これ……、パーティーの招待状です。今日、ラナ様にお願いするつもりだったんですけど、こうしてお会いできたなら直接お渡ししたくて」
今日、ラナと会う一番の目的は、この招待状を渡すためだった。すでに日程の調整はついているため、招待状は本当に形ばかりのものではあるが、それでもきちんと拘りたかったのだ。
公爵家同士の結婚を公に知らしめるためのものではなく、本当に親しい友人たちだけを招いた、小さいけれども暖かみのあるお披露目会。
「是非来てください」
「大丈夫だ。予定は組んである」
アリアが差し出した招待状を受け取りながら、レイモンドの態度は相変わらず淡々としたものだ。
「ありがとうございます」
「あぁ」
けれど、アリアはそんなレイモンドの態度を気にすることなく笑顔を返し、そのまま妖精界への扉へ向かう後ろ姿を見送った。
「アリア様」
そうして扉から光が消えた後、横から涼やかな声がかけられ、アリアは笑顔で振り返る。
「ラナ様。ティエラ様もネロ様も、わざわざ時間を作ってくださりありがとうございます」
元々今日会う約束をしていたのはラナとティエラの二人だが、しっかりとそこに混じっているネロにも挨拶すれば、珍しくもラナが興奮気味に身を乗り出してくる。
「いえ……っ。私がアリア様とゆっくりおしゃべりしてみたかったんです……っ!」
「わたしもだよ。こうしてじっくり話ができるなんて嬉しいよ」
そう白い歯を覗かせるティエラは、大人の余裕を滲ませる。
その一方で、ラナはくるりとネロの方へ振り返り、じとり、と恨めしげな目を向ける。
「ですからネロ……ッ? 今日は邪魔しないでくださいねっ?」
ラナとしても、今日はアリアとティエラと三人でおしゃべりすることを楽しみにしていたらしい。人差し指を一本立て、ラナはお説教混じりの声色でそう釘を刺す。
「そんなことしないわよ〜。むしろ、女子会に変な水を差すのはそちらの旦那でしょ?」
今この場にいる、見た目は男性である人物はシオン一人だけ。
「……誰が女子だ」
相変わらず女装姿のネロを見て、シオンの眉は不快そうに顰められる。
「どこからどう見ても女子じゃない〜」
綺麗な女性な姿で唇に手を当て、ウィンクを一つ。
「質が悪いヤツだな」
ちっ、と舌打ちをつくシオンに、アリアは複雑そうな笑みを零し、対し、にこにこと意味ありげに微笑んでいるネロには、ラナの咎めるような上目遣いが向けられる。
「ネロッ」
「シオン……」
そうしてシオンが渋々と王宮での用事を済ませている間、見目麗しく和やかな女子会が始まるのだった。
*****
いつものガゼボに、アリア持参のお茶菓子とティーセットを並べてのお茶会。
「あ……。これ、美味しいです……」
スプーンで掬ったプリンを口に運んだラナが、口元に指先を当て、感嘆の吐息を洩らす。
「あぁ、本当だ。美味いな」
同じくプリンを口に運んだティエラが、同意を示して頷いた。
「本当ですか? お気に召して頂けたなら嬉しいです」
プリンは今度のパーティーで出そうかと思っている試作品だが、喜ばしい反応が返ってきて、アリアはほっと胸を撫で下ろしながら嬉しそうに表情を綻ばせる。
基本的に食事を必要としない精霊王たちにとって、人間界の食べ物は未知なものばかりだろう。
「アリアの作るものに間違いはないわ」
「ネロ様……」
一方、優雅にティーカップを傾けながらにっこり微笑むネロに、アリアはなんとも複雑な笑みを向ける。
褒められていることは間違いないが、そこまではっきり断言されると恐縮してしまう。アリアのお菓子作りはあくまで趣味の範囲内だ。プロの腕には到底敵うはずもない。
そこへ。
『アリアッ、アリアッ!』
『ぼくたちにも頂戴!』
『ちょうだ〜い!』
ポンポンと周りに現れた小さな妖精たちの姿に、アリアは一瞬驚きつつも、すぐににこりとした笑みを浮かべる。
「こっちの籠に入っている焼き菓子はみんなに作ってきたものだから。仲良く分けて食べて?」
ラナとティエラとのお茶会が決まった時から、妖精たちのための焼き菓子を用意することは決めていた。
『! すごい……! こんなにたくさん……!』
『わ〜い! わ〜い!』
『アリア、大好き〜!』
その中身を覗き込んだ妖精たちは、大喜びで籠ごと何処かへ飛んでいく。その小さな身体のどこにそんな力があるのか、一見すると籠だけが宙に浮いているというなんとも奇怪な光景だ。
「おやおや。知ってはいたけど、妖精たちはみんなアンタに夢中だね」
「……お菓子で釣るつもりはないんですけど……」
正しくはアリアに、ではなく、アリアの作るお菓子に、なのだが、そこは敢えて突っ込まず、アリアは困ったように苦笑する。
見る度に増えている気がする妖精たちの姿。これが“餌付け”でなかったらなんというのだろう。
「そういえばこの子たち、アリア様のお家にまでお邪魔してるみたいですけど……。ご迷惑をおかけしていませんか?」
「迷惑だなんて……っ、全然……っ」
そこでラナから申し訳なさそうな顔を向けられて、アリアは慌てて首を振る。
アクア家の庭の一角に植えた、妖精界の花。上手く根づいたらしい花は、気づけば妖精たちがあちらとこちらを行き来する扉の役目を担うようになっていた。現在はウェントゥス家の一角にも植えさせて貰い、アリアとシオンの部屋にも常に一輪の花が飾られている。
「そうやって少しずつ昔の姿を取り戻していくのかねぇ……」
「今のところこの子の周りだけでしょ。素直というか現金というか」
感慨深気な吐息を零すティエラに、ネロはやれやれと呆れたように肩を落とす。
時折こちらの世界に姿を現す妖精たちだが、そこはまだ警戒心のようなものがあるらしく、アリアの前で以外は姿を消しているような節がある。
そして一度姿を現せば、必ずお菓子をねだって去っていくのだから、ネロの「現金」という溜め息にはアリアも苦笑するしかない。
「だから、とりあえずそれぞれの公爵家に扉を開くことから初めてみないか、って話にはなってるみたいだけど」
「え?」
リオたち国のトップと精霊王たちとの間で進められている両世界の歩み寄りに、アリアは目を丸くする。
ただの一貴族令嬢でしかないアリアに、国の重要情報が入ってくるはずもないが、まさかそんな話になっているとは思いもしなかった。
「すでにアンタの実家と旦那の家は開かれてるでしょ?」
五大公爵家のうち、すでにアクア家とウェントゥス家には、妖精たちが姿を現している。それならばまずは公爵家から妖精界への門徒を開き、そこから少しずつ妖精の存在を浸透させていこうということになっているらしかった。
「とはいえ、扉自体を開いても、アンタの気配がなきゃあまり意味はなさそうだけどねぇ……」
「……そんなこと、は……」
しみじみと呟くネロに、アリアは困ったように眉根を下げる。
アクア家もウェントゥス家も、妖精たちが姿を現すのは、そこにアリアの存在があるからだ。王宮のこの区画でさえ、ほんの時折悪戯に姿を現すくらいで、今のように大人数の妖精たちの姿を見かけることはまずないと言っていい。
「アタシたちはこっちの世界でも空間移動は可能だし」
だからこの扉が一つあれば困らないとネロは告げ、夢中な様子で焼き菓子に齧りついている妖精たちへと目を移す。
大昔は当たり前のように妖精の姿が見られたようなことを聞いているから、昔は人間界に渡る際に、わざわざ扉など必要とされていなかったのかもしれない。
実際に、妖精たちは妖精界の花一つで互いの世界を繋げている。もしかしたら、単純に人間界に流れる魔力が絶対的に不足しているだけの話なのかもしれなかった。
「……この調子だと、そのパーティーにもお邪魔しそうだね」
気づけば籠はどこかに消えていた。アリアが持参した焼き菓子は、今ここにいる十数匹の妖精だけではとても食べ切ることのできない量だったから、どうやら籠は中身のお菓子ごと妖精界へと運ばれてしまったらしい。
「焼き菓子をいっぱい作らないと」
小さな身体には不釣り合いなほど大きな焼き菓子を二つも三つも抱えている妖精たちの姿を眺め、アリアが一人で気合いを入れていると、頭を抱えたティエラが大きな溜め息を吐き出した。
「そんなに甘やかさなくていい」
「え……、でも……」
一緒に祝ってくれるというのなら、やはり喜んで貰えるようなおもてなしをしたい。
「私でよければ手伝いましょうか?」
「ラナ様」
にっこりと可愛らしく笑うラナに、アリアはそれは楽しそうだと明るい瞳を向ける。
「実はちょっとだけ興味あるんです。アリア様とお菓子作り」
「本当ですかっ?」
いつも母親とばかりだったお菓子作りを仲の良い友人とできたなら、それはとても楽しいひとときに違いない。
だが。
「……いや、ラナ。アンタは止めておきな」
「……そうそう。人には向き不向きというものがあるわ」
「え……?」
ティエラとネロに微妙な眼差しを向けられて、ラナはきょとん、と瞳を瞬かせる。
二人が醸し出す、その生温かな空気は。
「……ラナ様、お料理の経験あるんですか?」
「……いいえ?」
もしかしたら料理で失敗した過去でもあったのだろうかと問いかければ、ラナはゆるゆると首を振り、不思議そうに首を傾ける。
ならばなぜ、二人はそんな反応をするのだろう。
「……付き合いは長いからね。なんとなくわかるよ」
「多分アンタには壊滅的に料理のセンスがないわ」
「っ二人共酷いです……っ!」
ティエラとネロが、ラナのなにを以てそう判断したのかはわからないが、そこはやはり長い付き合いだ。二人をそう確信させるなにかがあるのだろう。
「いや……」
「ねぇ……?」
顔を見合わせて互いの意見を確認し合うティエラとネロに、ラナはぷぅ、と頬を膨らませる。
「むしろアタシが手伝いましょうか?」
「ネロ様が?」
そこでにっこり笑ったネロが名乗りを上げてきて、アリアの目は丸くなる。
「一緒に料理なんて、さすがにアンタの旦那もしないでしょ」
ふふ、と含みのある笑みを零すネロの瞳は、なにかを企んでいるように光っている。
「……え、と…………」
もし、アリアがネロと共にキッチンに立ったなら……。ネロが意味深に笑う“旦那”――、シオンはどんな反応をするだろうか。
なんだか考えてはいけない想像が浮かび上がってくるような気がして、アリアは答えに詰まってしまう。
「……負担をかけることになってしまって申し訳ないが、誰も手伝えそうにない」
こちらもなんとなく思うものがあったのだろう。深々と溜め息を吐き出したティエラに謝られ、アリアはふるふると手と首を横に振る。
「い、いえ……っ、そんな……」
元々自分で作るつもりだったのだ。謝られるようなことはしていないと慌てるアリアに、ティエラの大人の笑みが向けられる。
「大勢でお邪魔して申し訳ないが、当日を楽しみにしている」
全員揃って参加すると約束してくれている精霊王たちに、アリアの笑顔は明るく輝いた。
「はい……っ、私もです……!」
パーティーまでは、あと数日。
アリアはそのひとときを思い、ドキドキと胸を高鳴らせるのだった。