mission3-3 仮面パーティーに潜入せよ!
「アリア嬢…っ!?」
時間にしてみればほんの一瞬目を離した隙に姿を消したアリアの痕跡を探して、けれどこんな時でも最低限の冷静さを失うことはせずに、その名前が外へと響かないように細心の注意を払いながら焦った声を上げるルークへと、こちらもまた焦ったように辺りを見回すセオドアの姿があった。
「この一瞬で一体どこに……!?」
ついさっきまで。ほんの少し前まで、セオドアとルークのすぐ後ろにいたはずだった。
と。
「……アリアは?」
二人の姿を見つけ、そしてそこにいるのが二人だけであることを確認したユーリは、すでに嫌な予感を覚えたような強ばらせた顔つきで二人へと声をかけていた。
「……またアイツは勝手なことを」
「シオンっ」
「シオン先輩っ」
なにかを察したのか、それともなにか新たな情報を掴んだのか、はたまたその両方か――。低い呟きと共に顔を顰めて合流してきたシオンへと、セオドアとルークの焦った声がかけられる。
「だから目を離すなと言っただろう」
まったく、アイツはすぐこれだ、と軽く舌打ちをするシオンに、完全に自分達の落ち度だと認めている二人から謝罪の言葉が口にされる。
「悪い……」
「すいません……っ!」
そうして大きな溜め息を一つ吐き出した後、シオンは指に挟んだ大きな金色のコインを掲げて見せていた。
「先輩、それは……」
「プラチナチケット、だそうだ」
さらなる闇世界へと導く、そこへ辿り着くための入場許可の証。
「オレはそっちに参加する」
アリアの行方はもちろん、その他もろもろの情報が得られるかもしれないと匂わせるシオンに、ルークもまた参加の手を上げる。
「だったらオレもそっちに行って、ユーリと別の場所からアリア嬢を探しますっ!」
会場内部へと潜り込むシオンと、その周りから詮索する二組に分かれることを提案するルークへと、
「オレはこの会場内をもう一度探す。なにかあれば連絡してくれ」
セオドアもまた真摯な瞳をシオンへ向ける。
「アリア……」
その姿を探して視線を巡らせるユーリの、祈るような呼び掛けがぽつりとその場に響いていた。
*****
「それでは、次の商品に移ります」
一体なにが行われているのか――。"ゲーム"そのままの展開に全て理解しつつも現実問題として思考が追い付かないアリアを置いて、男――、バイロンから仕入れたばかりの"商品"を受け取ってすぐ、主催者の男たちは上等なその"商品"を競りにかけることを決めていた。
まるで観劇を行う会場のような作りをした地下の大広間。
薄暗いスポットライトの当てられた舞台中央へと、アリアの体は無理矢理引きずり出される。手は手鎖で拘束されているものの、潜入当初から付けていた仮面はそのままで、口も塞がれてはいない。
なにを叫んでも無駄ということか、それとも赦しを乞うその行為さえ見せ物の一つということか。
仮面をつけたままの"商品"の顔を確認することはできないものの、明らかに若い少女と思われるその肢体に、会場内から興奮の雰囲気が沸き上がる。
見ることの叶わない仮面の下さえ、落札者の特権とでも言うのだろうか。
(……どうしたら……!?)
こんなところで魔法を使うわけにもいかない。
最も、最後の手段としてはそれしかないと心に決めつつ、アリアはこの場を打破する手段へと思考を廻らせる。
けれど、そう簡単に答えが出るはずもなく、無情にも時間だけが過ぎていく。
「今宵可愛がるもよし、持ち帰って頂いてゆっくり調教するもよし」
早速始まった競売に、今日一番の熱が沸く。
「では、30万イェンから!」
「35!」
「40!」
「42!」
「45!」
"商品"であるアリア一人を置いて、盛り上がっていく会場。
次々と上がっていく金額を耳にして、ぐっ、とアリアの拳が痛いくらいに握り締められる。
(冗談じゃない……!)
このまま大人しくしているつもりはない。
「63!」
「70!」
天井の見えない駆け引き。
(だったら……!)
「80!」
つり上がっていく金額に、アリアは自らも声を上げる。
「……なっ……?」
突如として舞台から響いた堂々としたその声に、一瞬会場内が静まり返り、次に大きなざわめきを呼ぶ。
「私が自分で自分を買うわ!それなら文句ないでしょう!?」
ぱち、ぱち、ぱち、ぱち……
立ち上がり、高らかに宣言したアリアへと、どこからともなく響いた一つの拍手。
「……面白い」
会場中央。愉し気に口許を歪ませた銀髪の男が、値踏みするかの瞳でアリアを上から下まで眺めていた。
「……貴方は……」
正体を知っていることを悟られないよう、細心の注意を払いながら、アリアは「さっきの」と、男を強く睨み付ける。
「本来ならば、裏方専門なんですが」
わざとらしい溜め息を吐き出して、男は「ちょっとお付き合いして差し上げましょうか」と、会場内を見回した。
「150で」
それから静かに提示されたその額に、誰もそれ以上の値を上げる者はいない。
「200!」
アリアは唇を噛み締めて、自分を窮地へと追い込んだ男へと鋭い視線を向ける。
「250」
「300!」
迷うことなく提示される金額に、冷たい汗が背中を伝う。
アリアに気づく余裕はないが、とうに"ゲーム"内でのユーリが競り落とされた金額など軽々と超えていた。
(このままじゃ……!)
アリアにも、限界はある。
完全に二人の勝負となった競り合いに会場内は静まり返り、その勝負の結末を固唾をのんで見守る形となる。
「500」
「……っ!」
アリアの顔に、明らかな動揺の色が浮かぶ。
これ以上はアリアが個人で扱える額ではない。
この金額すら、普通の令嬢が個人で持ちうる額を遥かに越えている。
この世界の小切手のようなものは誤魔化しや時間的猶予が利かない作りになっている。即金で出せない金額を提示することは不可能だ。
(……いっそのこと、懐に飛び込んでみる……?)
本来ならば、到底アリアの敵う相手ではない。
だが、目覚めたばかりで力半分以下のはずの男を叩くのならば、逆にこれほどのチャンスはないのではなかろうか。
そう思えばそれも悪くはないかもしれないとも思え、アリアはそれ以上の口をつぐむ。
「……これで手打ち、ですかね?」
残酷な、愉しそうな笑みが男の口元へと刻まれる。
「その倍。1000だ」
突然響いた、静かな低い声。
(……ま、さか……)
あり得ないはずのその声に、アリアはその姿を求めて会場上部の方へと顔を上げる。
優雅に組まれた長い足。
黒髪に黒い服。仮面の奥には切れ長の瞳が覗き、その瞳が真っ直ぐアリアへと向けられている。
組んだ足をゆったりと下ろし、コツコツと小さな音を響かせながら、その声の主が舞台まで降りてくる。
(……どうしてここに……)
確かに"ゲーム"でも、シオンは競売に参加していた。けれど今、この場に助けるべき主人公はいない。
"ゲーム"そのままの、けれど現実はそれよりも遥かに破壊力のあるシオンの魅惑に、くらくらとした目眩を覚えさせられる。
切り取られた映画のワンシーンのようなそれに、思わず全てを忘れて見とれてしまう。
コツ……、とアリアの前で止まった歩み。
「シ……」
思わず名前を呼びそうになり、顎を取った指先が、妖しげな空気を纏ってアリアの紅い唇を静かになぞる。
「鍵を」
人差し指と中指で挟んだ紙は、提示した金額が書き込まれた小切手のようなもの。ぴっ、とそれを手渡して、アリアの拘束具を外すためと思われる鍵を受け取る。
「行くぞ」
誰もが呆気に取られる中。
シオンに腕を取られ、アリアはその場から連れ去られていた。