蠢く狂気の行き先
(リヒト……! 何処に……!?)
買い物に行くと理由をつけて街へ出たアリアは、リヒトの姿を求めてあちらこちらを回っていた。
一番最初は、何度か秘密の待ち合わせをした喫茶店。次には公園。偶然会った道路沿いの店。
だが、街に来ているとも限らないというのに、なんの情報もなく一人の人間を探そうなどと無理がある。
(……瞬間移動が使えたら……!)
こんな時に、その人の元へ行きたいと願っただけで目的地に行くことのできる移動魔法が使えたならばどんなによかっただろうかと思う。だが、ないものねだりをしても仕方がない。瞬間移動は、本当に稀有な才能がなければ使うことのできない最高難易度魔法だ。
(「3」が始まる、って、なに……!?)
始まるもなにも、「3」のゲームは完成するどころかまだ開発中の存在だ。
(なにを知っているの……!?)
それとも、アリアが元いた世界では時が進み、すでに発売されていたりするのだろうか。
(リヒト……ッ!)
どんなに心の中で疑問を投げかけても、答えが返ってくるはずもない。
リヒトがこちらの世界ではどんな身分の人間で何処に住んでいるのかなど、アリアはなに一つ知らされていなかった。一度尋ねた時も、上手い具合に躱された。いつも会う時はリヒトからの接触や手紙、指示などで……。
なにか知られたくないことがあるのだろうと、アリアもそれ以上詮索することは避けていたが、やはりそこには大きな秘密が隠されているのだろうか。
(……リヒト……っ!)
アリアとは異なる情報を持つ、もう一人の“記憶持ち”。
上がり切った呼吸を整えるように大きく息を吐き出して、アリアは見えないその姿を呼んでいた。
*****
「! ジゼル嬢が攫われた……!?」
ちょうどその頃、王宮では、ルイスから伝言を受けたリオが驚愕に目を見開いていた。
「それで、ジゼル嬢は……!?」
詰め寄るように声を上げるリオに、ルイスは表情を変えることなく報告する。
「運良くすぐに救出され、心身共にそこまで問題はないようですが……」
ルイスの意味ありげな物言いに、リオの瞳はあからさまな動揺を示して揺らめいた。
「……それはどういう……」
例え無事だとしても、攫われた心的ショックは相当のものだろう。
「謁見を望んでおります」
「! シリルが?」
攫われたジゼルを救い出したのは、兄であるシリルたちだ。
そしてこの報告を持ってきたのは、もはや不法侵入極まりない、空間転移を使うギルバート。
なにか急いで伝えたいことがあるのならば、ギルバートがシリルを連れてきたのかと思ったが、それをルイスは否定した。
「いえ。ジゼル嬢本人も同席を希望しております」
「! そ、れは……」
恐らくは救出されたばかりで、まだ精神的ショックから立ち直れていないのではと心配するリオに、ルイスはただ事務的に答えを返す。
「本人の強い希望だそうです」
被害者であるジゼル本人が、恐怖体験に耐えてまで急いで話したいと思うようなことがあるというのなら。
「……わかった。今すぐ会おう」
ぴりりとした緊張感を漂わせ、リオはすぐに応じることを決めていた。
そうして恋人であるカーティスに支えられるようにして姿を現したジゼルは、震えながら状況を説明した。
「……すごく……っ、素敵な人で……っ」
友人たちと共に学園を出て、一緒に帰るシリルを待っていたところで、卒業生だと話しかけられた。恐らくは、ジゼルより少し年上の、白銀の髪をした美青年。
穏やかに話をしていたのだが、ほんの一瞬周りから人の気配が消えた隙をつき、すぐ近くに止まっていた馬車に連れ込まれたのだという。
そのまま連れ去られた場所は、救出に当たったシリル曰く、今は使われていない倉庫の一室。
「……赤い目が……っ、凄く怖くて……っ」
ジゼルは恐怖で震える身体でカーティスに縋りつき、そこで襲われかけたのだと、とても告げにくいだろう恐怖体験を口にした。
「……赤い……、瞳……?」
そこで、ぴくり、と反応を示したのは、リオだけでなく、同席するルイスやここまで三人を連れてきたギルバートも同じだった。
「い、いえ……っ、実際に赤かったわけじゃなくて……っ、なぜか、そんな気がしただけで……」
――いつか、シャノンが「会ったかもしれない」と告げていた連続殺人犯の瞳の色は赤。
真っ先に浮かんだ犯人像は、今だ尻尾の先すら掴めていない凶悪犯だが、それと同時に疑問も浮かぶ。
――今回の犯行は、その用意周到な計画性からも、明らかにジゼルを狙ったもの。
今までの犯行は、唯一の貴族令嬢を除き、全て失踪者など事件そのものが明るみに出にくい女性たちが標的にされていた。
それが、なぜ。
「……運命を正すだけだ、って」
まるでその理由を紐解くように、ジゼルは自分が襲われかけた時に青年が嗤いながら告げていたという話を口にする。
「本来の私は、狂って死んでいるはずの人間だから、って……」
その時のことを思い出したのか、ジゼルはカタカタと身体と唇を震わせる。
「……ジゼル……」
「ジゼル様……」
もうこの辺で、と止める心優しい兄と恋人に大丈夫だからと首を振り、ジゼルは続ける。
「……だから、殺しても構わない存在だって……っ」
身体を好きにいたぶられるだけでなく、青年がお遊びに飽きた後には残忍に殺されるのだと理解して絶望感に襲われた時、ジゼルに伸し掛かってきた青年の動きはぴたりと止まった。
ちっ、と舌打ちをして去っていった青年は、恐らくシリルたちが救出に来たことに気づいたのだろう。
いつもの場所にジゼルがいないことに気づいたシリルは、視界の端で普段見かけない馬車が走っていくのを目にして、強い不審感を覚えたのだという。そうして湧いた妙な胸騒ぎから、迎えに来たカーティスと共にその馬車が走っていったと思われる方向へ自分たちの馬車を向け、目撃者たちからその足取りを確認しながら辿り着いた先が、廃墟と化した倉庫だったという。
すぐにジゼルを救うことができたのは、シリルの勘を始めとして、本当に運が良かっただけのことだった。
「……“運命”、を……?」
僅かに眉を顰めるルイスに、リオもまた理解し難いという表情を浮かばせる。
「本来の、運命……?」
だが、その一方で、ギルバートだけが神妙な顔をしてなにかを考え込むような仕草を見せる。
「……もし、運命なんてもんが存在するって言うのなら……」
「ギルバート?」
リオを筆頭に、その場にいる全員の目がギルバートへ集中する。
「……その“運命”を変えたヤツ、ならいるな」
まるで、その先の悲劇を知っているかのように。
――『貴方だって、自分が目的を果たすために誰かの命が失われたりしたら、目覚めが悪いでしょう?』
もしかしたら、あの時、辿っていたかもしれない運命。
「……それって……」
みな、思い当たることがあるのだろう。固唾を呑んでギルバートの答えを待つ中、ふとルイスだけが神妙な顔つきで眉を寄せる。
「……金髪……?」
「ルイス?」
「あ、いえ、申し訳ありません……。ジゼル嬢が狙われたのは“運命を正すため”でしたね」
突然どうかしたのかと向けられるリオの疑問に、ルイスは話を脱線させてしまったと謝罪する。
だが。
「他にもなにか引っかかることが?」
なにかなければ、ルイスがこんな場面で話に口を出すはずもない。いいから続けるようにと促され、ルイスは慎重に己の考えを口にする。
「……これまでの被害者とは性質の異なる二人に、なにか共通点でもあるのかとふと思いまして……」
例の事件の被害者は、ほとんどが表に出にくい未届けの家出人などだった。しかし、その中ですぐに発覚した、異例の貴族令嬢。そして、今回のジゼル。
この二人の共通点は、二人共貴族令嬢であるということと……、そして、もう一つ。
「……金髪……、かと思いまして」
「…………金、髪……」
慎重に告げられたルイスの推測を、リオもまた神妙な顔つきで反芻する。
「……はい」
そんなリオを見つめ、ルイスは苦々しい表情になる。
「……嫌な勘、でしかありませんが」
恐らくは、そこでみなの頭に浮かんだものは同じだろう。
「……ちょっと待て」
頭痛でも覚えていそうな表情で、ギルバートが重々しく口を挟む。
「……それって……、全部に繋がるかもしれない人間が……、一人だけ、いる……、んだけど……」
ドクリ……ッ、と。一気に体温が下がると共に、嫌な予感に鼓動が鳴る。
まるで“運命”を変えようとしているかのような行動。
貴族令嬢の中で一番高貴な、長い金髪が美しい可憐な少女。
「…………」
しばし沈黙が落ち、リオがぐっ、と拳を握り込む。
「……アリア、かな……」
あらゆる状況が、たった一つを導き出す。
そう考えてしまえば、なぜかどんな不可解なことでも全て納得できてしまうほどの答え。
「っ、犯人の真の目的はアリア……!?」
お待たせして申し訳ありません……!(お待ち下さっている方がいらっしゃいましたら……)
ストックゼロな為、本日よりゆっくり更新再開していきたいと思っています。