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そして動き出す。

「……ん~~?」

 アクア家のアリアの部屋。その中央で、アリアは悩ましげに眉を寄せていた。

「どうしようかしら……?」

 アクア家からウェントゥス家へと運んだアリアの私物は、現在必要最低限のとても少ないものだった。

 学校を卒業し、完全にシオンの"妻"となったアリアの現在の状況は、完全なる"専業主婦"。しかも、嫁いだ先が公爵家ともなれば、料理や洗濯などという家事をすることは一切なく、はっきり言って暇を持て余すような状態だ。

 もちろん将来の公爵家当主の妻として今から学んでおくべきことは多いけれど、シオンの留守中に取り急ぎアリアがしなければならないことは、アクア家からウェントゥス家への完全なる引っ越しと、新居を整えることだった。

「……家具は全部新調するから……」

 無駄遣いはあまり好ましいことではないが、王家や高位貴族がお金を使うことは、経済を回し、結果的に人々へお金を廻らせることにもなる。"あちらの世界"の金銭感覚もありながら、それでも公爵令嬢として生きてきたアリアは、使うべく時にお金を使うことに戸惑いは全くない。

 これからシオンと共に暮らしていく家。シオンは全てアリアの好きにして構わないと言っているから、暖かく過ごしやすい部屋を作ろうと、アリアは胸を踊らせていた。

 引っ越しと部屋作り。"専業主婦"になったとはいえ、当分アリアは忙しさに追われることになるに違いない。

「洋服と……、装飾品と……、それから……」

 クローゼットや引き出しの中身を空けながら、アリアは荷物を纏めていく。荷物の輸送は全て馬車だ。荷物さえ纏めてしまえば後は使用人たちが運んでくれるとはいえ、つい瞬間移動でも使えたならばこんな苦労をしなくてもいいのに、などと思ってしまう。

 そしてそんなことを考えた途端、脳裏に浮かんだのはギルバートの姿だ。ギルバートを便利に使うつもりなどもちろんないが、どうやら魔力増幅を考えているらしい様子を思い出せば、なにかあったのだろうかと変な邪推が胸に湧く。

 「2」の"ゲーム"の続編は終わった。ならばもう心配することはなにもないと思うのだけれど……。

「あ……。日記……」

 そこで、引き出しの中に仕舞ってあった日記が目に留まり、アリアはこれだけは手持ちの鞄で持っていこうと思いながら、ついついペラペラと紙を捲ってしまう。

「……本当に、いろいろあったわよね……」

 そこには、アリアが"あちらの世界"のことを思い出した時からの、記憶にある限りの"ゲーム"についての情報が"日本語"で書かれている。

 シオンやギルバートたち「1」「2」のキャラクターの設定から始まり、"ゲーム"のストーリー。それを眺めていると、学園生活の三年間、本当にいろいろなことがあったと感慨深く思えてくる。

 "ゲーム"の流れを沿いながら、それでもいろいろと変わった結末。

 日記とはいえ毎日書いているわけではなく、どちらかと言えば書くことの方が少ないものではあるけれど、そこにはアリアのいろいろな思いが詰まっている。

 ここは、アリアが持つ"あちらの世界"でプレイした、"ゲーム"と酷似した世界。

「…………リヒト……」

 そこで、アリアと同じく"あちらの世界"の記憶を持ち、「3」の"ヒーロー"と同じ顔をしたリヒトのことを思い出す。

「……さすがに「3」まで始まるなんてことは……」

 そんなことを考えて、背中に妙な汗が流れるのを感じてしまう。

 「3」は魔法などが存在しない、"現代"の"アイドル"たちの間で繰り広げられる"BL恋愛ゲーム"。しかも、アリアの記憶の中ではもちろんのこと、リヒトもその"ゲーム"は"制作中"の状態だ。

 いくらなんでもそれは考えすぎだろうと日記を閉じ――……。

 ――ココン……ッ。

 そこで扉が叩かれる音がして、アリアはそちらの方へと振り返っていた。

「……アリアちゃん? ちょっといいかしら?」

「お母様」

 顔を覗かせたのは、相変わらずふわふわとした少女のようなアリアの母。

「しばらく前にアリアちゃん宛にお手紙が来ていたのを、すっかり渡すのを忘れちゃって」

 ごめんなさい。と申し訳なさそうに謝って、アリアの母は一通の手紙を差し出してくる。

「はい、これ」

 手渡されたシンプルな白い封筒には、差出人の名前がない。

「……これ……、いつ来たの……?」

「アリアちゃんが新婚旅行に行く前日よ」

 ドクドクと、奇妙な緊張感に襲われるアリアに向かい、アリアの母からは極々普通の答えが返ってくる。

 つまりは、この手紙が届いたのは十日ほど前ということになる。

 旅行に行っていなければさすがにこんなに遅くはならなかったと告げられて、それは仕方のないことだろうと納得する。元々旅行から帰ってきたら、引っ越しのためにちょくちょくアクア家に顔を出すことは決まっていたことだ。

「ありがとう」

「なにかお手伝いすることはある?」

 荷造り途中の室内を見回して、アリアの母はコトリと小首を傾げてくる。

「大丈夫よ。ありがとう」

 ウェントゥス家へ持っていくものは、完全なるアリアの私物だけ。家具などはこれから少しずつ新居に相応しいものを揃えていくつもりだから、母親に手伝って貰える部分はほとんどない。

 今日の荷物運びを終えたなら、とりあえず次は新居に置く家具などを業者を呼んで相談しなければ……、などと考えると、アリアの身はしばらく本当に空きそうになかった。

「それじゃあ、一段落したらお茶でもしましょう」

「もう少しだけ片付けたら行くわ」

 ふわりと微笑んでくる母親に、アリアもまた柔らかな笑みを返す。

 母娘(ははこ)で過ごすお茶の時間も、こうして家を出てしまった今となっては貴重なものだ。

「急がなくていいから、ゆっくり準備して頂戴」

 そうして扉の向こうに消えた母親の姿を見送って、アリアは手にした封筒に恐る恐るハサミを入れて開封する。

「……リヒト……?」

 差出人不明の手紙など、リヒトから以外に考えられなかった。

 十日ほど前に届いたという手紙。

 リヒトには、結婚式の日取りやその後のことを少しだけ話してあるから、アリアが不在であることをわかっていて送ってきたのだろうか。

 ペラリ……、と捲った白い紙の中央には、二人の間でしかわからない"日本"の文字。

 その内容は。


「…………え…………?」


 まるでなにかの予告状のようにたった一文。

 そこに書かれていた文字に、アリアの身体はあまりの動揺に固まった。

 リヒトは、アリアと同じ"あちらの世界"の記憶を持つ人間。

 そして、制作途中の「3」の"メインヒーロー"。

 それが、意味することは。

 確認するかのように再度文字を目で追っても、書かれている内容は変わらない。

「……どう……、いう、こと……?」

 無言の手紙から答えが返ることはない。

 リヒトが告げてきた、あり得ない未来。

 意味がわからず、アリアは茫然と時を止める。

 それは。


 ――「3」のゲームが始まるよ。

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