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蜜月 3

「よっ!」

 きちんと玄関から現れたその姿に、シオンは少しの驚きと不快を露わにし、アリアは大きく目を見張っていた。

「っ! ギル……!?」

 しかも、笑顔で手を上げたギルバートの後方には。

「……アリア」

「……ユーリに、シャノンとアラスターまで……」

 ごめん。という表情で苦笑いするユーリと、呆れ顔で溜め息をつくシャノン。そして、シャノンがいれば当然一緒にいるアラスターは、乾いた笑みを浮かべていた。

 さらには。

「はぁ~い。アタシも忘れないでね」

 語尾にハートマークの見える、一際目立つ派手なその姿。

「どうしてネロ様が……」

 ひらひらと笑顔で手を振ってくるネロへ、さすがのアリアも唖然とした疑問を溢してしまう。

「この子が大人数での空間転移をする方法を聞いてきたから」

 面白そうだから便乗しちゃった。と、ウィンクを投げてくるネロの言う"この子"とは、恐らくギルバートのことだろう。

 ――大人数での空間転移。

 通常、ギルバートが空間転移できる人数は、自分を含めて二人まで。アルカナがいた頃にはアルカナの補助(サポート)の元で大人数での転移も可能だったが、今はもうそれは不可能だ。けれど、もし、なんらかの形でその魔力(ちから)を増幅させることができたならば……。

 ネロは、闇の魔力を統べる精霊王。なぜギルバートがその方法を尋ねに行ったのかは知らないが、その結果がこれということだろうか。

 万が一にもこれが目的だとしたら、魔力(ちから)の無駄遣いとしか言い様がないけれど。

「妖精界の方は大丈夫なんですか?」

「魔力は安定してるし、アタシ一人くらいいなくても大丈夫よぉ~」

 ついつい心配になって窺えば、からからとした笑顔が返されて、アリアはほっと安堵の吐息をつく。

 だが、その一方で。

「……全員帰れ」

 不機嫌丸出しなシオンの低い一言に、ギルバートは悪びれもなく楽しそうに笑っていた。

「ひっでーな。せっかく遊びに来てやったのに」

「邪魔だ」

「なになに? 昼間っからヤる気なわけ? (ただ)れてんな~」

 怒りの滲むシオンの声色に、アリアがはらはらと二人の遣り取りを見守る中。ニヤリととんでもない言葉をかけられて、アリアの顔へは朱色が走る。

「っ!」

「オレも混ぜて貰っていいんだけど」

 飄々と告げてくるギルバートに、シオンの蟀谷(こめかみ)がぴくりと反応する。

「あら。そしたらアタシも仲間に入れて頂戴」

「――っ!?」

 ハートマーク付きの笑顔でネロまでがそこに参戦し、アリアはぱくぱくと言葉を失った。

 さすがに悪ふざけにしては度が過ぎる。

 そして、そんなとんでもない会話を繰り広げるギルバートとネロに向かい、

「「なに言ってんだよ……っ!」」

 シャノンとユーリ。主人公二人の鉄槌がお見舞いされていた。





 *****





「……平和ねぇ~……」

 いつの間にか海水の掛け合いをしているユーリたちの姿を眺めながら、ネロの口から、いろいろな感情がない交ぜになった呟きが洩らされる。

 普段はとても水遊びなどをする性格をしていないシャノンだが、クールでいて熱いところのあるシャノンは、ギルバートに全身をずぶ濡れにされ、完全に仕返しモードに入っていた。

「水はラナの領域だけど、青い海も空も、あの頃と変わらないわね……」

 しみじみと呟かれるネロの言葉に、アリアはふと浮かんだ疑問符を口にする。

「……妖精界と交流があった頃のこの世界って……」

 それはもう、歴史書にも記録がないほど昔のことだ。

 恐らくは、この島国が一つに統一されるよりもさらに昔。あちらの世界の歴史で言えば、原始人が誕生する時代よりも、もっと時間を遡るのかもしれない。

「とても穏やかで優しい世界だったわ。……初めはね。だけど段々……。たくさんの小国ができて、少しずつ少しずつ、争い事ばかりが起こっていって……」

 人間界と共に在った妖精界。人が人として生き始めた時のことから、群を成し、集落を作り、国を建てていく過程を語って、ネロはどこか遠い目で遥か海の向こうをみつめる。

 それを、隣にいるシオンと共に黙って聞きながら、アリアはきゅ、と唇を引き結んでいた。

「……人間は優しいけれど、残酷な生き物でもあるわ」

 この国の歴史を振り返れば、多くの小国が一つの大きな国として統一されるまでには、たくさんの血が流れてきたのだろうと思う。

 人の心に寄り添うことができる一方で、己の欲のために他の存在を排除することもできる、弱い存在。

 精霊王たちは、その長い歴史を実際に目にしてきたのだろうかと思えば、アリアの胸にはなんとも言い難い思いが湧いた。

「実際ね。嫌気がさしていたのも本当なのよ」

 利欲の為、そして、自分の大切なものを守る為に、他の存在を侵略し、殺める行為。人間の矛盾するそれらの行動は、純粋な彼らにとって理解し難いものだったのかもしれない。

「人間が願えば、力を貸さざるを得ない。妖精界というものはそういう存在だから」

 この世界の魔法は、妖精界から力を借りて具現化されているのだと言われている。つまりそれは。

「……例えそれが人を殺めるためのものだとしても」

 ぐ、となにかの感情を押し殺した表情で、ネロはわざと淡々と口にした。

 人間界で行使される魔法がなにに使われているかなど、妖精界ではわからない。ただ、人々が争い、血を流している姿を見た時、彼らはなにを思っただろう。

 それが、人殺しの手伝いをしている行為なのだと知った時。

妖精(あの子)たちは純粋でしょう? 悲しみはしても、疑ったりはしない」

 アリアも、なんとなくは思っていた。小さく可愛らしい妖精たちは、人を恨んだり憎んだりといった負の感情を持ち合わせてはいないように感じられたから。

 きっと彼らは傷つき、悲しみながら、それでも人間と共に在ったのだろう。

「そんな時にレイモンドはマグノリアに会って……。彼女の純真な心の優しさに救われた」

 レイモンドもまた優しく弱い存在だ。絶望の中で心優しい少女に出会い、癒され、救われたのだろう。

「純真すぎて……、アタシはダメだったけど」

 そこで、くす、とネロは自嘲気味に苦笑した。

 心と身体の性別が異なるネロへ、「少しずつ治していけばいい」と、"病"への優しい理解を示した少女。それは、仕方のないことだろうとアリアは思う。

 この世界は"男同士の恋愛"が存在する世界にも関わらず、まだそういった問題に対しての理解はないというのが現状だ。あちらの世界の記憶があるからこそ、アリアは特に偏見もなくネロを受け入れることができたけれど、やはり普通は無理だろう。頭がおかしいのかと思われるのが普通の反応だ。

 だから、それを思えば、今より遥かに大昔の時代。マグノリアが取った行動は、充分ネロに寄り添った対応だったのだろうけれど。

「……それで、扉を閉ざしたんですか?」

 マグノリアへと、新たな指環を与えることができず。そして、血で血を洗う人間界に嫌気が差して。

「……いろいろとあったのよ」

 ネロは小さく肩を落として苦笑した。

「……今は、とてもいい世界ね。大昔を思い出すわ」

 多くの小国から成っていた島国は一つに統一され、以来、争い事もなく平和な日々が続いている。

 魔力は薄れていったけれど、そんなことは人々の笑顔と平和には変えられないものだろう。

「断絶は、もしかしたら必要なことだったのかもしれないと、ついそんなことを思ってしまうけれど……」

 そして、ネロがそう哀しげに口を開いた時。

「アリア……ッ! シオンッ!」

 膝までを海水に浸したユーリから笑顔で呼ばれ、アリアとシオンは数メートル先へと視線を上げていた。

「二人共、早く……っ!」

 手を振って誘いかけてくるユーリへと、アリアがチラリとシオンの顔を窺えば、その顔には「自分は行かない」と書いてある気がして小さな笑みが零れてしまう。

「いってらっしゃいよ。アンタは水の乙女でしょ?」

 くす、とネロに笑われて、アリアはネロを見、それからもう一度シオンの反応を窺った。

「……オレはここにいる」

「……うん。じゃあ、ちょっとだけ」

 シオンは独占欲は強いけれど、アリアのことを縛ったりはしない。俗に言う"水着"まで用意してきた、アリアの水に対する愛情をきちんと理解して、シオンは渋々とながらも背中を押してくれる。

 もちろん、常に目は光らせているという、他の男に対しての牽制は忘れないけれど。

「……アンタも大変ねぇ~」

 そんなアリアの後ろ姿を見送って、ネロはくすりと悪戯っぽい瞳をシオンへ向ける。

 アリアが今着ている"服"は、贔屓にしている洋裁師に特注で作って貰った、青いワンピース型の"水着"だった。さすがにあまり肌を露出させることはできない為、胸元はふわふわとしたデザインで肩まで隠し、膝下までの軽く緩いスカートのような仕様になっている。

「少しでも目を離せば横から浚われちゃいそうだものね」

 それはもちろん、物理的な意味ではない。魔力の高いアリアを強引に連れ去ることなど、よほどのことがなければ不可能だ。

 つまり、ネロが言っているその意味は。

「……お前たち(・・)に言われたくないな」

 ネロと、ギルバートと。そして、ユーリとシャノン。嫌そうに眉を顰めながら、シオンはそんなことを口にする。

「まぁ、そうね」

「……」

 隙あらばシオンからあの少女を奪っていきかねない筆頭の一人にさらりと笑われ、シオンの顔は益々(ますます)嫌気に顰められる。

 シオンの視線の先には、ユーリと水を蹴り合い、ギルバートやシャノン、アラスターに向かって花のような笑顔を浮かべているアリアがいる。

「……アイツは、誰にも渡さない」

 そう呟くシオンへと、ネロのくすりとした笑みが返されていた。

前々からサブタイトルを付けたいと思っていたのですが、お試し期間でつけてみました。

とはいえ、あまりしっくり来ていないもので、そのうち外すか変更するかもしれません。


また、長くて8月くらいまで、更新が停滞するかと思います。

完結させるつもりはもちろんありますので、時折お尻を叩いて下さればと思いますm(_ _)m

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