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蜜月 1

「来ると思っていた」

 光の通路を通り抜けていくと、そこにはすでにアリアとシオンを出迎えてくれる人物の姿があった。

「レイモンド様」

 もしかしたら、とは思っていたものの、これまでと変わりなくそこに立つレイモンドに、アリアの顔には柔らかな微笑みが浮かぶ。

 だが、レイモンドはぴくりとも表情を動かすことなく、くるりと踵を返していた。

「よければ私の城へ来るといい。みな集まってくるだろう」

 ついてこい、とでも言いたげに歩き出したレイモンドの足元からは、転移の為の魔力が湧き上がる。

「数刻とはいえ歓迎しよう」

 二人がそう長い時間滞在できないことは、レイモンドもわかっているのだろう。

「ありがとうございます」

 レイモンドなりの精一杯の心遣いに柔らかく笑い、アリアはシオンと共に転移魔法の中へ身を委ねていた。




 *****





 光の宮殿に足を踏み入れてすぐ。

「アリア様……っ」

 急いで来たことがわかる、弾んだ声が聞こえ、アリアはそちらの方へ振り返っていた。

「ラナ様」

 そこには、にこにこと静かな微笑みを浮かべている水の精霊王――、ラナの姿。

「ご結婚されたとのこと、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 小さな手に手を取られ、改めてにっこりとお祝いの言葉を告げられると、ほんの少しだけ気恥ずかしくなってしまう。

 そんな、微かに頬を染めたアリアをにこにこと見つめたラナは、次にその隣に立つシオンへと顔を向けていた。

「シオン様」

 なんだ、と、無言を返すシオンに気分を害することもなく、ラナはそのままの笑顔でゆっくりと口を開く。

「アリア様のこと、幸せにして下さいね」

 落ちた沈黙は一瞬のこと。

「……あぁ」

 すぐに頷いてみせたシオンに、ラナはにこにこと嬉しそうに笑っていた。

「あ、ラナ様。よければこれを」

 そこでふいにシオンが持ってくれていた荷物の存在を思い出したアリアは、その大きな編み籠を受け取って、ラナの前へと差し出した。

 その瞬間、ふんわりと漂った甘い香り。

 その中身は。

「まぁ、これは」

 差し出されたそれを覗き込み、その正体に気づいたラナは、嬉しそうに目を大きくする。

 ――それは、朝からアリアが焼き上げた、大量の手土産。

 の、直後。

『お菓子~!』

「!」

 ぽんっ! と顔の横に現れた小さな妖精に、アリアはさすがにびっくりしてしまっていた。

『クッキー! クッキー!』

『まどれーぬ!』

『まかろん……ッ!』

 ぽんっ、ぽんっ、ポン……ッ! と、次から次へと現れる妖精たちは口々に歓喜の声を上げ、編み籠を受け取ったラナの手元へと集まってくる。

「……みんな……」

 我先にと中を覗き込もうとする可愛らしい姿にアリアが困ったように眉根を下げれば、そこへ割って入ってくる人物があった。

「アンタたち、そんなハイエナみたいに集まってくるんじゃないわよ」

「ネロ様」

 しっしっ、と宙を飛ぶ妖精たちを払うふりをしながら現れたのは、闇の精霊王――、ネロだ。

「はぁ~い。待ってたわよ」

「お久……、こんにちは」

 楽しそうに笑いながらウィンクを投げてくるネロは、相変わらずの女装姿で、"お久しぶりです"の挨拶は妖精界的には違う気がすると言い直したアリアは、まじまじと見慣れたその姿を見つめてしまう。

「? どうかした?」

「い、いえ。今日はそのスタイルなんだな、と思っただけで」

 前回、魔王と対峙した時のネロは、黒髪長髪の美青年だった。

 あの時は"正装のようなもの"だと言っていたから、"通常モード"である今は、見慣れたこちらのスタイルになるのは当然かもしれない。

 けれど、もしかしたらそのまま男装(・・)を続けるのかもしれないとも思っていたアリアは、素直な感想を洩らしていた。

「あら。あっちの姿の方がいいならすぐに直すわよ?」

「え……」

 なにやら意味深な瞳を向けられて、アリアは一瞬時を止める。

 確かに、"まさに闇の精霊王!"的なあのスタイルは素敵だったが、それゆえに心臓にはよろしくない。

 もう一度、今度はじっくりとあの姿を拝みたいと思う気持ちがないわけではないけれど……。

「いえっ、大丈夫です……っ」

「……あら、そ~う?」

 慌てて横に首を振れば、くす、と意味ありげな笑みを溢されて、アリアは妙に胸をドキドキとさせてしまっていた。

「に、しても、本当に結婚しちゃったのね」

 そんなアリアの心中を知ってか知らずか、頬に手を当てたネロは、「残念だわぁ~」と大袈裟なほど肩を落として吐息をつく。

「まぁ、でも、人妻かと思うと余計に燃えるわね」

「!」

 途端、不敵に光ったネロの瞳に瞬時に反応したのはシオンだ。

「……奪略愛も悪くない」

「!?」

 傍にやってきたネロが身を屈め、そこだけ男に戻った声色でこっそりと耳元で告げられて、アリアは驚いたように目を見張っていた。

「ネ、ネロ様……ッ」

 男性に戻ったネロは、系統としてはシオンに近い。

 どうしたってこの手の"キャラクター"に弱いアリアは、思わず顔を赤らめてしまう。

「……アリア」

 そんなアリアをシオンはしっかり奪い返して肩を抱き、ネロはネロでくすりと可笑しそうな笑みを溢していた。

 と。

『ねぇねぇアリアッ! これ、全部貰っていいの!?』

 キラキラと瞳を輝かせた妖精たちが飛んできて、アリアは急に切り替わった空気に思わず目をぱちぱちと瞬かせてしまう。

「こら。少しは遠慮しなさいよ」

 各々(おのおの)好きなお菓子を抱えた妖精たちへ、ネロの(たしな)めるような声が飛ぶ。

「いいわよ。これは、みんなにお世話になったお礼だから」

 そこでやっと状況を理解したアリアは、いつの間にか集まっていたたくさんの妖精たちを前にして、にこりとした微笑みを浮かべていた。

「助けてくれて、本当にありがとう」

 魔王と対峙したあの時。

 強大な魔力(ちから)を誇る魔王を封印するためには、こちらも莫大な魔力が必要だった。

 それを、妖精界から補ってくれたのは他でもない彼らだ。

 だから心の底から感謝の気持ちを込めて微笑みかけたアリアは、そこで「あ」と声を上げていた。

「でも、精霊王のみな様にもちゃんと分けてあげてね」

『……は~い』

 困ったように微笑めば、妖精たちからは不承不承といった答えが返ってきて苦笑が洩れる。

 アリアに言われなければ、本当に精霊王たちに一つもあげることなく全部綺麗になくなってしまっていたかもしれない。

「お。来たな」

 と、そこへ、続々と残りの精霊王たちが姿を現し、アリアは嬉しそうな笑みを向ける。

「イシュム様」

 ニカッ、と白い歯を覗かせる火の精霊王――、イシュムと。

「来てくれて嬉しいよ」

「ティエラ様も」

 今日も頼れる姐御肌の地の精霊王――、ティエラは、暖かくアリアたちを迎え入れてくれる。

 それから。

「結婚、て、早くないか?」

 そう言って臆することなくシオンの肩に手を置いたのは、

「ゼフィロス様」

 風の精霊王――、ゼフィロスだ。

「そのうちまた来いよ。結婚祝いで風に乗せてやる」

「充分だ」

 肩に置かれた手に一瞬眉を顰めたシオンだが、挑発的なゼフィロスの笑いを、淡々と一刀両断してみせる。

 互いに風を操る者同士、その程度のことはやりたければ自分でしてみせると言外で告げてみせたシオンに、ゼフィロスは軽い嘲笑を洩らしていた。

「本当、可愛くねぇヤツだな」

 そんな二人の遣り取りを、ほんの少しだけドキドキと見守っていたアリアだが、いつの間にか姿を消していたラナがににこにことなにかを手に戻って来て、意識はすぐにそちらへと向いてしまう。

「アリア様。よろしければ飲んでください」

 たいしたおもてなしはできませんが。と、そう申し訳なさそうに小さく微笑(わら)ったラナが差し出してきたものは、透明な液体が満たされた木のコップのようなもの。

「これは?」

「そちらで言えば、果実水、のようなものでしょうか」

 不思議そうにその中身を覗き込むアリアへ、ラナはなるべく人間界に近いものでそれを例えて答えてくれる。

 確かにそれは、アリアにも見慣れた水のようなものではある。

「ありがとうございます」

 俄然妖精界の食物に興味の沸いたアリアは、それを笑顔で受け取って、それからたった今頭に(よぎ)った疑問符を口にする。

「そういえば、妖精界の方々って、なにを食べてらっしゃるんですか?」

 妖精界の全てを知るわけではもちろんないが、今までアリアが見てきた景色の中にはそれらしいものがなかったように思え、アリアはぱちぱちと瞳を瞬かせる。

「私たちは精神体に近い存在なので、食べないからと餓死したりはしないのですが」

 するとラナはにこにことした笑顔のまま、特に食べる必要がないことを説明してくれていた。

 彼らの存在を維持するものは、妖精界中に満ちた魔力。つまり、その魔力が少なくなると衰弱し、最終的に消えてしまう。――そう。過去、アルカナに全てを奪われかけたあの時のように。

「主に、果実のようなものを口にしてはいます」

 基本、食べるという行為はしないものの、食べることができないわけでも、味覚がないというわけでもない。よって、精霊王たちが食べ物を口にするのは、娯楽の一つということになるのだろうか。

 だからきっと、甘い果実のようなものを好んで口にするのだろう。

 食べることが娯楽であるならば、妖精たちが甘いお菓子が好きなことも頷ける。

 さらには、空腹感もない一方で、満腹感もないと聞けば、だから妖精たちはあの小さな身体に見合わない量のお菓子を食べられるのかと納得してしまっていた。

「あ……。美味しい」

 そうしてその果実水を口に含んだアリアは、人間界にはないその味に、小さな驚きの声を洩らす。

「お口に合ったなら良かったです」

「ほんのり甘くて、飲みやすいですね」

 基本は水に近い飲み物は、それでもさらりとした甘味を伝えてきて、飽きることはなさそうな不思議な味をしていた。

「そういえば、今度、ささやかではありますが、パーティーを開く予定なんですけど……」

 二口目、三口目、と、ゆっくりカップを傾けながら、アリアはここへ来た二つ目の目的を口にする。

「……精霊王のみな様にも来て頂けたら嬉しいな、と思っているのですが、難しいですか?」

 どちらかと言えば、パーティーそのものが精霊王たちを招くことを前提としたものだ。

 全員揃って妖精界を空けることなどできないと言われてしまう可能性も覚悟しながら、アリアはラナを窺った。

「結婚式にお呼びできなかったので……」

「わぁ! それは嬉しいです。是非!」

 けれど、アリアの心配に反してラナは顔の前で両指を揃え、にこにこと嬉しそうな笑みを浮かばせる。

「他のみな様は……」

 こちらの話に耳を傾けていた様子のある精霊王たちをぐるりと見回せば、代表するかのようにネロがにこりと笑う。

「喜んで」

 それに精霊王たちが各々(おのおの)頷くのを確認し、アリアもまた嬉しそうに微笑んでいた。

「そうしたら、詳細が決まりましたらまたご連絡しますね」

「楽しみにしています」

 お待ちしてますね。と向けられるラナの瞳はとても温かい。

 そうして妖精界での短いお茶の時間は、気づけばほとんどなくなってしまっていたお菓子と共に、優しく過ぎていった。

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