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Pink Moon

 ここは、ウェントゥス家の敷地内にある、本邸からは長廊下で繋がった別棟。

 アリアとシオンのためだけに作られたその建物の中の自室へと足を踏み入れたシオンは、その部屋の中央。大きなベッドの上ですやすやと眠る新妻の姿に、思わず沈黙してしまっていた。

「……アリア……?」

 確認のために声をかけてみるものの、もちろん返ってくるのは心地よさそうに洩らされる寝息だけ。

「……」

 確かに、結婚式を挙げるための今日までの期間はかなり忙しく、疲労も溜まっていただろう。今日の挙式や披露宴も、それなりに緊張していたに違いない。だから、そんなプレッシャーから解放された今、アリアがいざなわれた深い眠りに安心して身を委ねてしまったとしても仕方のないことだとは思うのだけれど。

 今夜は、結婚して初めて迎える二人の夜。新婚初夜だ。

 一般的には、この夜に初めて肌を重ねることになるわけだが、アリアとシオンにとってはそうではない。

 そうでは、ないけれど。

「……」

 ベッドサイドまで足を運び、どこか幸せそうに眠るアリアの寝顔を見下ろして、シオンは深々とした吐息をついて肩を落とす。

 今日は結婚記念日であると同時に、アリアの誕生日でもある。

 愛しく想う気持ちは言葉にしたが、まだ、その愛しい少女が生まれたこの日を祝う言葉はきちんと口にしていないというのに。

「……アリア」

「……ん……っ」

 そっとその髪を掬って口づければ、眠るアリアは僅かに身じろぎした。

「……お前が生まれてきてくれたこの日に感謝を。……おめでとう」

 疲れて眠るアリアを起こすつもりはさすがにない。

 それでも愛しい少女に触れることくらいは許されるだろう。

「これでお前は名実ともにオレのものだ」

 その耳元に、そっと低い囁きを落とす。

 今日、アリアとシオンは妻と夫になった。

 誰を気にすることもなく、その唇に、身体に触れられる権利を得た。

「絶対に離さない」

 そっとこめかみにキスを落とし、シオンはまるで誓うかのような真摯な瞳でアリアをみつめ下ろす。

「……今夜は仕方ないから許してやる」

 それから、くすり、と意味ありげな笑みを零し。

「だが、きっちりとお仕置きはしてやるから覚悟しろ?」

「……ん……」

 低く告げ、アリアの隣に身を横たえると、もう離すことはないとばかりにその華奢な身体を抱き込んで目を閉じていた。



「……シ、オン……」

 とても安心する匂いと抱擁とに包まれて、アリアの顔へは幸せそうな微笑みが浮かんでいた。




 *****





「……っ!?」

 目を開けて、飛び込んできたその綺麗な顔に、一気に意識が覚醒した。

 目の前には、長い睫毛を下したシオンの寝顔がある。

(……私……っ、寝ちゃって……っ!?)

 しっかりとその腕に抱き込まれながら、アリアは半分混乱しつつも昨夜のことを思い出す。

 こちらも早急に用意された二人の新居。増築・改装するには短すぎるほどの期間だったというにも関わらず、きっちりと出来上がっていた別棟は、以前から準備していたのであろうシオンの用意周到さが窺えた。

 必要なものはおいおい揃えていけばいいと、最低限のものしか置かれていない室内は、全てアリアの自由にしていいと言われているも同義で、嬉しいようなくすぐったいような気持ちに満たされてしまっていた。

 アリアが心地よいと思える空間を、シオンも過ごしやすいと思えるような、そんな場所にできたらと思う。なにがあっても、二人でココへと戻りたいと思えるような。

 二人の新居である別棟そのものは大きく広いが、普段生活する場所自体は限定されている。アリアとシオンの個人部屋はそれぞれ別に作られており、共同で使う大きな部屋――"あちらの世界"でいうところの"リビングダイニング"のようなものだろうか――を挟んで一枚の扉で繋がっているような間取りだった。

 昨夜は、まだほとんどなにもないその部屋を抜け、シオンの私室で待つように言われて足を運んでいた。そこにはすでに、以前のシオンの部屋から運び込まれた大きなベッドが置かれていて、アリアは思わずドキリと胸を高鳴らせていた。

 そのベッドの上でシオンに抱かれたことは一度や二度のことではない。それでも今までとは違い、毎日同じ空間で生活するのかと思えば、妙な緊張感が沸いてくる。

 そうしてシオンを待つ間、どうしていようかと頭を悩ませて……。つい、今日までと、そして今日の疲れから、誘われるままにベッドへと横になってしまい――……。ベッドから薫るシオンの匂いを感じると安心してしまっていて、うっかりその香りに身を委ねるようにして目を閉じてしまっていたのだ。

(新婚初夜だったのに……!)

 さすがにその重要性を、アリアもわかっていたつもりだった。

 シオンに抱かれることが初めてではないとはいえ、昨日はアリアとシオンが正式な夫婦となった記念の夜だ。

 挙式に披露宴、教会への婚姻届の提出と疲れてはいたが、アリアにもきちんとそのつもりはあった。けれど、ついつい。疲労の溜まった身体をシオンの香りに包まれてしまうと安心してしまい、深い眠りに誘われてしまっていた。

「……アリア……?」

 と、ふいに間近から低い声が聞こえ、寝起きのほんの少しだけ掠れたその声色に心臓がドキリと跳ね上がる。

「! シ、シオン……ッ」

 これから毎日こんな朝を迎えていくのかと思うと、慣れる日が来るのだろうかとも感じてドキドキする。それでも段々とこれがいい意味で当たり前になって、その当たり前がずっと続いていけばいいと思う。

「起きたのか?」

「う、うん……」

 さらりと前髪を掬われて、ほんの少しだけ申し訳なく思ってその瞳の奥を覗き込むが、シオンが眠ってしまっていたアリアを咎める気配はない。

「……おはよう」

「あぁ、おはよう」

 ほっとして柔らかく微笑めばいつも通りの淡々とした低音が返ってきて、アリアはすっかり疲れの取れた身体をゆっくりと起こしていた。

「とりあえず朝食は部屋でいいか?」

「うん」

 ベッドから降りたシオンに手を差し伸べられながら尋ねられ、その手を取って頷いた。

 今日からしばらくの間は、二人だけの時間を過ごさせて貰えることになっている。

 心地いい目覚めに幸せを噛み締めて、アリアはシオンへと甘えるような微笑みを浮かべていた。





 *****





 朝から豪華すぎる食事をゆっくりと楽しんで、今は食後のティータイムになっていた。これだけはシオンの部屋からすでに持ち込まれていたティーセットをアリアが用意して、お揃いのカップを傾ける。

「……妖精界のみな様のところにもあいさつに行きたいと思うのだけれど……」

「……そうだな」

 精霊王たちについては、結婚する旨の報告はしてあるものの、さすがに式に呼ぶことはできなかった。だからこちらから出向いて改めて正式な報告をしたいと告げるアリアに、シオンの淡々とした目が返される。

「旅行前に寄ってから行くか?」

「うん」

 旅行、というのは、俗に言う"新婚旅行"のようなものだ。この世界にも結婚休暇というものはあり、どこか行きたいところはあるかと聞かれたアリアは、以前シオンが連れていこうとして断念したあの海へ行きたいと告げていた。

 あの時は、海の景色を楽しむことも、海辺を歩くようなこともできなかった。シオンが婚姻届を提出しようと言ったお洒落な教会にも足を運んでみたいと思っている。

 シオンといろいろな場所へ行ってみたいとは思っているが、その最初の思い出作りはそこにしようと決めていた。

「あまり長居できないのは寂しいけど……」

 その前に顔を出すべきは、魔王封印の際にお世話になった妖精界だ。

 話したいことはたくさんあるが、人間界(こちら)妖精界(あちら)で流れる時間の速さが違う以上、そう長い時間留まるわけにはいかない。妖精界でゆっくり過ごしていたら、すぐに一日や二日が経ってしまう。

「またこっちに来てもらって改めて身内だけで簡単なパーティーでもすればいいだろう」

「! そうね」

 あっさりと口にされたシオンからの提案に、アリアは一瞬驚きの色を見せた後、嬉しそうに微笑んだ。

 シオンの言う "身内"とは、どこまでのことを言うのだろうという疑問も浮かぶが、きっと"ゲーム"の「1」「2」のメンバーたちは全てそこに含まれるのだろうと思えば、なんとも(くすぐ)ったい気分にさせられる。

 それだけで、他人になど興味のないはずのシオンが自分のことを想ってくれているのだとわかって、じんわりとした喜びが胸に湧いてくる。

「それより今は……」

「? シオン?」

 そこでふいにシオンの瞳が真剣なものになり、アリアはきょとん、と小首を傾げて瞳を瞬かせる。

「もう食べ終わったか?」

「え……? え、えぇ」

 空になったデザート皿を前に、戸惑いがちに頷ければ、シオンはカタリと席を立つ。

 そうしてシオンの行動を見つめるアリアの顎を、長い指先がそっと上向かせ……。

「ん……っ?」

 目の前に陰ができ、直後、塞がれた唇に、アリアはどぎまぎと視線を彷徨わせていた。

「シ、シオ……ッ」

「昨夜は"おあずけ"だったからな」

 突然なにをと驚くアリアへ、くすりというシオンの意味深な瞳が向けられる。

「! シ、シオ……ッ」

「しばらく結婚休暇だ。お前と二人きりの時間を存分に堪能させて貰う」

 思わず後方へ下がりかけたアリアの身体は、すぐにシオンの腕の中へ囚われてしまう。

「まずは……」

 向けられる、欲の覗いた瞳にドキリと胸が鳴った。

「シオ……ッ、ん……っ」

 引き寄せられ、抱き込まれ、すぐに落ちてくる唇。

「……いいな?」

 有無を言わさない低い吐息で囁かれ、アリアは顔を赤く染め上げながら、コクリ、と小さな同意を示していた。

次話はお月様になります。

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