結婚行進曲 3
この世界の披露宴は、"あちらの世界"ほどいろいろな演出を詰め込むようなことはなく、立食形式で両家を囲うようなものだった。
ただ、なにかしたいことはないかと聞かれ、"あちらの世界"の記憶を元になにげなく口にしたことが、現在父親に付いて事業のサポートをしているシオンの兄・ラルフの興味を惹いてしまったようで、そのうち本当に冠婚葬祭業に手を広げるのではないかと、アリアは乾いた笑みを浮かべてしまっていた。
そしてその第一手としてのパフォーマンスのつもりなのか、あちらの世界でいうところの"ケーキ入刀"の儀式をすることになってしまい、そのケーキのデザインまで任されてしまったアリアは、本当に大忙しだった。
さすがに"ケーキバイト"までさせられることはなかったが、アリアが本気で望めば拒否まではしなそうなシオンが却って恐ろしい。大勢の人の前でこのシオンにそんなことをするなど、アリアの方が恥ずかしくて堪らない。
そうして引き上げられたインテリアのように美しいケーキは、この後切り分けられて招待客の口に届くようになるのだろう。
「アリア。シオン」
「! リオ様っ」
そこへ、ルイスを伴ったリオが声をかけてきて、アリアはパッと華やいだ笑顔を見せる。
皇太子として日々国王の補佐的役割を担っているリオがとても忙しいことは知っている。それでも二人の結婚式には必ず最初から最後まで出席すると宣言してくれていたリオが、その言葉通りこうしてここに来てくれたことはなにより嬉しいことだった。
「結婚、おめでとう」
「……おめでとう」
柔らかな微笑みを浮かべるリオとは対照的に、ルイスからは形式ばった淡々とした祝いの言葉が述べられる。
「……ありがとうございます」
卒業してすぐの早すぎるこの婚姻はシオンの希望ではあるものの、その一端を担っているのはリオの皇太子命令だ。そうでなければ、さすがにアリアの両親も二十歳までは待てと止めたかもしれない。
シオンとの結婚が嫌なわけではもちろんないが、そう思えば少しだけ複雑な気持ちになってリオの顔を眺めてしまう。
けれど今日も柔和な微笑みを浮かべたリオは、優しい眼差しでアリアを見つめてくるだけだった。
「……アリア」
「セオドアッ」
そこへ、話は終わったのだろうかと様子を窺うように横からも声をかけられて、アリアは幼馴染みであるセオドアの方へ振り返る。
「結婚、おめでとう」
まるで娘を嫁に出す時のような慈しんだ瞳を向けられて、アリアは恥ずかしそうに微笑み返す。
セオドアは、アリアにとって三人目の兄的存在だ。なんとなく寂しいような、切ない気持ちになってしまう。
「シオン」
そんなアリアに慈愛に満ちた瞳を返し、それからセオドアは"ライバル"であるシオンの方へ向き直る。
「絶対に、泣かせるようなことはするなよ?」
「……セオドア……」
アリアに対するものとは違い、厳しい瞳を向けたセオドアに、アリアは驚いたような吐息を洩らす。
「……あぁ」
「っ、シオン……ッ?」
だが、短い一言ながらも真っ直ぐそれに頷いて真剣な瞳を返したシオンに、アリアは思わず目を見張っていた。
「何度言わせるんだ。絶対に、手離さない。お前の為なら神にも世界にも逆らってみせる」
「っ」
それはもう、本当に何度も言われていること。
アリアの為ならば、シオンは全てを捨てることも厭わないだろう。
これから二人で歩いていくことになる道が、ただただ平穏で幸せなものであるとは限らない。それでも、シオンのその気持ちだけは。アリアに向けられる深い想いだけは変わらないと、シオンの強い瞳は語っていた。
「……アリアは、俺にとっても大切な存在だ」
アリアとシオンのそれらの遣り取りを見つめ、セオドアは静かに口にする。
互いに相容れないライバル同士であり、"犬猿の仲"である二人。
「……あぁ」
こちらも静かにただ頷いたシオンが、なにを思っているのかはわからない。
「…………頼んだ」
数拍の間があった後にそっと告げられた一言に、シオンはなにを言うこともなく、ただ真摯にセオドアの想いを受け止めたようだった。
「……シオン……、セオドア……」
そこにはなにか、アリアには立ち入ることのできない男同士の結びつきがあって、なにを言うでもなくその唇からは小さな吐息が零れ落ちる。
本来であれば、互いに煙たいだけの存在。
そんな二人が明確な意思を持って理解を交わし合う姿に、アリアの胸へはじんわりとした感動が広がっていく。
が。
「アリア……ッ! シオン……ッ」
横からやってきた無邪気な乱入者――ユーリの存在に、場の雰囲気はすぐに賑やかなものに変化してしまっていた。
「おめでとうございますっ!」
「もう……っ、アリア様! どうしてあんな場所に投げたんですか……っ!」
ユーリに続いてルークの明るい声が響き、ブーケを受け取ることのできなかったリリアンは、ぷりぷりと頬を膨らませながら恨めしげな目を向けてくる。
「ご、ごめんなさい……」
その勢いに、つい反射的に謝罪の言葉を返してしまえば、そこへ無遠慮に割って入ってきたユーリが、純真無垢な笑顔を浮かべていた。
「アリア、めちゃくちゃ綺麗!」
「!」
大きな瞳の中へキラキラと純真な光を輝かせているユーリへと、アリアは一瞬小さく目を見張る。
照れもお世辞も邪気もない、素直なユーリの感想は誰もの胸を突いてくる。
「……あぁ」
セオドアが眩しそうに目を細め、
「そうだね」
リオも柔らかな眼差しをアリアへ向けて同意する。
そしてそこへ。
「そうだな~。このまま連れ去りたいくらいには綺麗だな」
くす、と挑発的なセリフが差し込まれ、アリアは"怪盗ZERO"を思わせるその出立ちに、思わずドキリとした鼓動を刻んでしまっていた。
「ギル」
もしかしたら、わざと"ZERO"を連想させる正装を選んだのかもしれない。相手を煽るようなその物言いに、当然の如くシオンのこめかみがぴくりと反応する。
「……お前はまたなに言ってんだ」
だが、一触即発となる前に、呆れた様子のシャノンがやってきて、一端その場の不穏な空気は霧散する。
「でも、シャノンだって綺麗だとは思ってるだろ?」
そしてそんなシャノンをからかうように横で笑うのは、もちろん幼馴染み兼親友であるアラスターだ。
「っ、アラスターッ!」
シャノンにしては珍しく、仄かに顔を赤らめて上げられた焦りの声色に、アリアはきょとん、と小首を傾ける。
「……シャノン?」
「っ」
う、と言葉に詰まるように息を止めたシャノンは、そのままふいとアリアから視線を逸らしていた。
「っ、綺麗だとは思ってるよ……っ!」
「!」
赤くなって見える耳元は、普段言葉少ななシャノンの照れを如実に現している。口数が多くない分、嘘やお世辞を言わないシャノンの性格はよくわかっているから、アリアの口元も自然と柔らかく緩んでしまっていた。
「ありがとう」
「~~っ」
元々シャノンは多くを語らない"クールキャラ"だ。そのまま黙り込んでしまうシャノンの横顔を面白そうに眺めていたギルバートは、ややあってから先程の話をぶり返す。
「怪盗らしく、結婚式の最中に花嫁を奪う、っていうのも面白そうだと思ったんだけどなぁ~」
「っ!」
それはある意味、乙女が憧れるドラマチックな演出の一つではある。ついつい"怪盗ZERO"が花嫁を奪い取る一幕を想像してしまい、これが"ゲーム"であれば一度や二度その手を取ってしまうであろう"プレイヤー"を自覚して、アリアはこっそり赤くなってしまう。
「怪盗業はとっくに廃業しただろう」
「どう? 拐われてみねぇ?」
ジロリと睨むシオンの低い声など完全に無視をして向けられるギルバートの意味ありげな視線。
「っギル」
反射的についドギマギとしてしまうのは、"ゲームファン"として仕方のないことだと許して欲しい。
「そんなに独房に送って欲しいか?」
「捕まるようなヘマはしねぇよ」
「随分な自信だな」
くす、と挑発的に刻まれるギルバートの笑みに絶対零度のシオンの視線が返されて、アリアを挟んだ二人の間でバチバチとした火花が散り始める。
「……お前、いい加減にしとけよ?」
「シオンもそんな挑発に乗るなよ……」
そんな二人にやれやれと呆れた様子で肩を落としたのは、各々の"主人公"コンビ。
「シャノン……、ユーリも」
困り顔だったアリアは、あっさりその場を治めてしまったシャノンとユーリに、さすがだと苦笑を溢してしまう。
「まぁ、馬子にも衣装、だな」
「サイラス」
次に、乾杯、とシャンパングラスを片手に現れたのは、相変わらず皮肉気な笑みを浮かべたサイラスだ。
「とってもお綺麗です」
「女神様みたいです……っ」
その後ろからは、にっこりと笑うシリルとキラキラとした笑みを浮かばせたジゼルもやってきて、アリアも柔らかく微笑み返す。
「シリルとジゼルも、今日はありがとう」
「こちらこそ、このようなお祝いの席にお招き頂き光栄です」
しっかりとした挨拶と共に頭を下げるシリルは、"ゲーム"とは違った意味で随分と大人びた雰囲気を醸し出していて、アリアは陰の要素がどこにもないその姿につい口元を綻ばせてしまう。
"ゲーム"通りの運命を辿ってたら、ジゼルは今、ここにはいなかった。
「ジゼルが結婚式を挙げる時は、ちゃんと招待してね?」
「っ! アリア様……っ」
直後、頬を赤く染めたジゼルの手元には、リリアンが手にすることのできなかったウェディングブーケ。"ゲーム"では叶わなかった幸せな未来が待っているかと思えば、残酷な未来の一つを知っているアリアにとっては、ジゼルが想い人と結ばれるその日は感慨深いものがある。
「楽しみにしてるから」
「……はい……」
恥ずかしそうにブーケで顔を隠すような仕草をするジゼルの姿は、可愛らしい以外の言葉がない。
そんなジゼルをにこにこと嬉しそうに眺めていると、
「嬢ちゃんもこれで人妻か。少しは大人しくなればいいが」
からかうような口調でジャレッドが姿を現して、その言葉を受けたシャノンがやれやれとした吐息を洩らしていた。
「……それは同感だな」
「! シャノン……ッ!?」
それはどういう意味かと声を上げかけたアリアだが、それは最後にやってきた人物によってあっさりと遮られる結果となる。
「僕はお邪魔かな?」
「ルーカス!」
「まるでこの世界に舞い降りた天使か妖精のようだね」
歯の浮くような台詞をさらりと声に乗せるルーカスの言動は相変わらずで、アリアは恥ずかしがるよりも困ったような笑顔を浮かべてしまう。
「……ありがとうございます」
「これだけで、充分シオンは世界を敵に回してるよ」
にっこりと微笑まれ、益々どう反応を返していいのかわからなくなってくる。
「……なに言ってるんですか……」
「案外大袈裟でもないと思うけどねぇ……?」
シオンとアリアの周りに集まった面々をぐるりと意味ありげな瞳で見回して、ルーカスはくすりと口の端を引き上げる。
「それだけ君が魅力的だ、ってことだよ」
「……ルーカス……」
その瞬間、アリアの腰を抱いたシオンの指先に僅かな力がこもった気もしたが、その意味をアリアが理解するのは難しいことかもしれなかった。
「……いい音色だな」
唯一この場にやってくることのできないノアへとチラリと視線を投げたルイスは、会場を流れる美しいピアノの音色に感嘆の吐息を洩らして耳を傾けた。
「ルイス様」
「演奏を彼に頼んだのは正解だったな」
ルイスの家、アーエール家は、公爵家の中でも最も伝統と格式を重んじる家柄だ。ルイス自身芸術を見定める目は肥えているから、その言葉は最上級の褒め言葉になるだろう。
「はい……。私も、そう思います」
招待客の耳を楽しませている美しい音楽は、アリアもよく知る結婚式での定番の楽曲だ。
アリアの為にと紡がれる最上の音色は、ノアの想いを乗せたもの。
その音に耳を傾けながら、アリアはそっとシオンに身を寄せていた。
ゆっくり更新で申し訳ありません。
今年中には完結させるつもりではいますので、よろしくお願い致します!