結婚行進曲 2
この世界は"中世ヨーロッパ"をモデルにして作られたもの。
だが、宗教的存在の象徴と言える教会はあることにはあるが、その作りこそ俗に言う"教会"そのものだったとしても、その中身は生きとし生きるもの全て、万物に生命が宿る、という"神道"に近い考え方だった。
とはいえそこは"イイトコ取り"の"ゲーム"世界。結婚式のスタイルは"日本"とほぼ同じ。
一般の人々は極身近な人間だけを招いて教会で愛を誓い合い、その場で婚姻届に署名をして提出する。それから大勢を集めてお祝いのパーティーをする、というのが一連の流れとなっている。
"あちらの世界"と違って"結婚式場"などというものはないから、挙式とその後のパーティーは分離されていて、結婚のお披露目パーティーは、どこかのお店を貸し切って行う"レストランウェディング"の形式に近かった。
けれど、それが貴族の――、しかも最高地位にある公爵家の結婚式ともなれば。
季節は春。新緑溢れる庭園にはこの日の為だけに白く長い絨毯が敷かれており、その先には美しい花々で彩られたフラワーアーチが作られていた。
挙式の形を、俗に言う"ガーデンウェディング"のようなものにしたいと提案したのはアリアだ。伝統と格式を重んじる家柄であれば、ある意味この世界にとっては斬新なこのスタイルは受け入れられなかったかもしれないが、そこは最先端を取り入れることに積極的なウェントゥス家。まさか今後新たな冠婚葬祭業を営み出すつもりなのではないかと思ってしまうほどには、アリアの希望は快諾されていた。
「……」
薄いヴェールを通して見える、絨毯を挟んで左右に広がる、両家に縁のある大勢の招待客。
その先で待つシオンを見つめ、アリアは父親に手を引かれながら一歩足を踏み出した。
アリアの頭上では、婚約と結婚指環を購入した際にシオンが一緒に注文したティアラが、陽の光を受けてきらきらと輝く。
厳かな空気に辺りが静まり返る中。たくさんの招待客に見守られ、アリアはシオンの元まで辿り着くと、そっとその手を父親から夫となる者へと託されていた。
ヴェール越しに目が合うと、シオンはほんの少しだけ口元へと不敵な笑みを刻んでアリアを祭壇の方へと促した。そこには、宣誓の為に呼ばれた司祭が立っている。
挙式の形式や宣誓の文言は"あちらの世界"とほぼ変わらない。
司祭が神へと祈りを捧げ、それから新郎新婦に向かって問いかける。
「……シオン・ガルシア」
「はい」
シオンの静かで低い声が、綺麗に庭園の端まで通っていった。
「貴方は、健やかなるときも、病めるときも、」
その場に響く、厳かな声。
「喜びのときも、悲しみのときも、」
じ、とその言葉に耳を傾けているシオンは、今、なにを思っているのだろう。
「富めるときも、貧しいときも、」
どんな時も。なにがあっても。
「これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、」
シオンの強い光の込められた瞳が、それらの言葉を受け止めるように目の前の司祭を直視した。
「その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
問いかけに、一瞬の間もなく返された強い宣誓。
「アリア・フルール」
同じように司祭の瞳が向けられて、アリアは一瞬泣きそうになるのを堪えながら口を開く。
「……誓います」
"ゲーム"をした時から知っている。
独占欲が強くて強引で。けれど、たった一人を一途に真摯に愛する人。
そんなシオンのことが好きだった。
けれど、その想いが自分に向けられる日が来るとは思っていなかった。望んでも、いなかった。
……それなのに。
「誓いのキスを」
そう促す司祭の言葉に向き合って、そっとヴェールが上げられる。
アリアを見下ろすシオンの顔は相変わらず無表情だけれど、その瞳はとても真剣なものだった。
――『世界中に、見せつけてやる』
嘘偽りない低い声が頭の中に甦る。
――『誰にも渡さない』
シオンはそう言うけれど、きっとそれはアリアも同じ。
この真摯な愛情を知ってしまったら、もうシオンの傍から離れることなどできなかった。
静かに近づいてきたシオンの綺麗な顔を前に目を閉じる。
「……」
「……」
唇へと柔らかな感触が伝わって、数秒間。
参列者に見せるための誓いの口づけは少しだけ長いけれど、本当に優しく重ね合わせるだけのもの。
それでもその唇を受け止めて、じんわりとした感動が胸を満たしていく。
「……」
ゆっくりと唇が離れていって目が合うと、アリアは少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。
とくん、とくん、と、胸の奥が小さな鼓動を刻む。
シオンとは、もう何度もキスをしているけれど、こんなにドキドキすることも、もうないかもしれない。
「では、誓約書にサインを」
誓約書は、神の前で夫婦となることを誓う、形ばかりのもの。
法的には婚姻届に署名をして教会に提出し、受理をされた後に正式な夫婦となる為、そちらの書類はこの後二人で出しに行く予定だった。
サインを終えたシオンから羽根ペンを受け取って、少しだけ癖のあるその綺麗な署名の下に、アリアもまた自分の名前を書き込んだ。
――"アリア・フルール"。
これが最後になるであろうその名前。
ここから先、自分の名前が"アリア・ガルシア"になるのかと思えば、やはりドキドキとしてしまう。
「それでは、ここに、二人が夫婦となったことを宣言致します……!」
司祭の高らかな声が上げられて、空にまで流れていく。
すると、それを合図にして、辺りには祝福の拍手が沸き上がっていた。
「おめでとう!」
「おめでとうございます……!」
「おめでとう……っ!」
あちらこちらからお祝いの声が上がり、アリアは差し伸べられたシオンの手を取ると、二人で白い絨毯の上を歩き出す。
「おめでとう」
「……リオ様」
一番手前には、今日も柔らかな微笑みを浮かべるリオの姿があった。そして、その隣には、いつも通りのルイスの姿も。
続いて、両親と共にこの場に参列しているセオドアや、ソルム家の代表としてルークが。ユーリとリリアン、ルーカスもその傍にいて、笑顔で手を叩いてくれていた。
「おめでとうございます……!」
「おめでとう……!」
言葉と共に、色とりどりの花弁が舞う。
アリアとシオンが前へ進む度にひらひらとした花弁が降らされて、肩口や髪に落ちてくる。
「お幸せに……!」
少し進めば、そこにはシャノンを挟んでギルバートとアラスター、そして、ステラの笑顔も見つかって、アリアは静かな微笑みを浮かべてみせる。
いつの間にか流れていた幸せを願うピアノの音色は、もちろんノアが奏でるもの。
花を降らせた後のシリルとジゼルも拍手でアリアたちを見送って、奥には不遜な態度で佇むサイラスの姿も見えていた。
大勢の祝福を受けながら終着点まで歩いていけば、その後はリリアンが楽しみにしていたブーケトスが待っている。
「アリア様……! こっちです……!」
「こちらに投げてください……!」
口々に上がる少女の声に、シオンに軽く腰を支えられながら、アリアはブーケトス用に持ち変えた小さな花束を、空へと高く放り投げる。
幸せの象徴である小さなブーケは、空で輝く陽の光を受けて、キラキラと美しく瞬いていた――……。