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君に花束を

前回、投稿順を間違えてしまった為、一度削除した上で更新し直しております。

未投稿分は、こちらの一つ前のお話となっております。

大変申し訳ありませんm(_ _)m

 季節は冬から春へ向かっていて、昼間の教室内はぽかぽかと眠気を誘うほどに暖かい。今日は久しぶりにルークやリリアンたちとお昼の約束をしているのだが、ついそのまま眠ってしまいたくなった時。

「……アリア、疲れてる?」

 睡魔に襲われていて全く気配に気づいていなかった。

 ひょい、と横から顔を出したユーリに、アリアは緩慢な動作で欠伸に耐えるような仕草をする。

「……えぇ。ものすごく」

 昨日も遅くまでシオンと共に披露宴の打ち合わせをしていた。とはいえ、ある程度の目処が着いたところで送って貰っていた為、そのまますぐに休めば睡眠不足になるということもなかったのだが……。ついつい、その後もあれこれと一人で手を出してしまっていたのだ。

「……まぁ、そうだよな」

 否定することなく頷いてみせたアリアへと、ユーリは同情するかのような瞳を向けながら苦笑する。

 結婚式の準備というものがどれだけ大変なことなのかユーリにわかるはずもないが、何度か顔を出させて貰った王宮でのパーティーなどの様子を見るだけでも、自分とはかけ離れた世界であることが窺えた。

 シオンとアリアの結婚は、もちろん互いに想い合ってのものではあるが、公爵家という家と家との結びつきの意味が強くなってしまうこともユーリはきちんと理解しているつもりだった。

 そんな大イベントの主役となる二人。それがどれだけ大変なことなのか計り知れないが、その準備期間が短すぎることだけは誰の目から見ても明らかだった。

 ……とはいっても。

「……シオンは全然いつも通りだけどな」

 いつもとなんら変わることなく、今日も相変わらずの冷めた無表情で過ごしていたシオンのことを思い出し、ユーリはぽつりと声を洩らす。

「そうなの?」

 ――否。

「……むしろ生き生きしてるんじゃない?」

 シオンの無表情は変わらない。だが、一日一日と、少女が対外的にしっかりと自分のものになる日が近づいて来ていることに、どこか余裕のようなものが滲み出ている気がするのはユーリの気のせいなどではないはずだ。

「そ、そう……」

 この過密スケジュールの中でシオンが余裕綽々とした態度を取ることができているのも、全て精神的なものから来ているのだろうと語るユーリに、アリアは若干ひきつった笑みを返す。

 すでにわかってはいたことではあるものの、もはやこの婚姻が後に引けないものであることを思い知らされる。――もっとも、アリアももう、シオンの気持ちから逃げるつもりは欠片もないけれど。

 と。

「あんま無理すんなよ?」

「セオドア」

 荷物持ちに来た。と言いながらセオドアも顔を覗かせて、アリアは思い出したかのように朝持ち込んだ大量のランチセットを机の上に準備し始める。

 元はといえば、ユーリも合流が遅れるというシオンの代わりに、そのつもりでアリアの元へ訪れたのだ。

 朝はその大半をシオンが運んだ荷物を三人で手分けして待ち合わせの場所へ運びながら、セオドアはやれやれと嘆息する。

「お前は、面倒なことはみんなアイツに任せるくらいの気持ちでいればいいと思うぞ?」

「……さすがにそれは……」

 そもそもこれほど短い時間で準備をしようとしていることが異常なのだ。それも全て、シオンが一秒でも早くこの少女を公私共に手に入れておきたいと考えているためだと思えば、アリアにその負荷をかけるのはお門違いだとセオドアは真面目な顔で主張する。

 なにも卒業してすぐに結婚しなくても、ゆっくり一年かけて準備しても構わないはずなのに。

「オレもセオドアに同感」

「……二人とも……」

 呆れたように肩を落とすユーリに、アリアの困ったような顔が向けられる。

 どうやら今回の件に関してだけは、さすがのユーリも全面的にシオンの味方というわけではないらしい。

「だからアリアは肩の力を抜いてればいいんだよ」

 全てはこの少女を一秒でも早く手元に置いておきたいという我が儘から来ているのだから、それくらいのことはして然るべきだと、ユーリはアリアへ苦笑いを浮かべていた。





 *****





 時折そよぐ風に乗って、ふわりと甘い花の薫りがした。

 朝晩はまだ少し冷えるものの、天気のいい昼間はまさにピクニック日和と言えるだろう。

 アリアがユーリとセオドアと共に中庭の木陰に来た時には、すでにそこにはリリアンとルークの姿があり、少し遅れてやってきたシオンも加わって、大量に作ってきたアリアのお手製料理(ランチ)はすでになくなりかけている。

 どんなに疲れていても、例え寝不足が増す結果になったとしても、早起きをして作ってきて良かったとアリアは仄かな笑みを洩らす。

 サンドウィッチやおにぎり、その他にも卵焼きや唐揚げといったもろもろの大量の料理を広げた時には、みんなが口を揃えて無理をするなと言ったものの、そもそもこのランチ会を言い出したのはアリアだった。

 恐らく、みんなきっとその意味を理解しているのだろう。アリアの体調のことは本気で心配しつつ、それでもそれ以上を口にする様子は誰からも見られなかった。

「ブーケは宝石付きの綺麗な花にしてくださいね……っ!」

 "あちらの世界"では結婚式の定番となっているブーケトスの演出は、しっかりとこちらの世界にもあった。

 必ずブーケを手にしてみせると意気込みながら贅沢な注文をつけるリリアンに、少しばかり驚いたようなユーリの瞳が向けられる。

「……欲しいの?」

「当たり前じゃないですか……!」

 ブーケトスは、花嫁からの幸せのお裾分け。そして、次の花嫁になれるというジンクスは、こちら世界でも同じ。

 当然とばかりに気合いの入った声を上げるリリアンに、けれどユーリはなんとも複雑な表情で、確認するかのように口を開く。

「……それってつまり、早くルークと結婚したい、ってこと?」

「…………え……?」

 ついつい忘れてしまいがちだが、リリアンとルークは一応の婚約関係にある。つまりリリアンが"次の花嫁"となることを望むということは、そういうことに繋がるわけで。

「……お前、そこ完全に失念してただろ……」

 完全に石のように固まってしまったリリアンに、ルークの乾いた苦笑いが溢される。

「ウェディングドレスを着た自分の横に、一体誰を思い描いてたんだよ」

「っそれはもちろんシオン様に決まってるじゃない……!」

 ハッと我に返ったリリアンは当然と言えば当然の答えを口にして、ルークからはぷい、と目を逸らす。

「……あ、そう」

 こちらもそんなことは重々承知しているのだろう。やれやれと呆れたように肩を落したルークは、それ以上なにも突っ込む様子はない。

 リリアンが必ず手に入れて見せると意気込んでいるのは、自分が結婚相手として思い描いているシオンの結婚式で投げられるブーケだ。

 だってよ。と向けられる苦笑混じりのユーリの双眸に、アリアの隣に座るシオンは、ただ溜め息を洩らしただけだった。

「……でも、お二人の結婚式が近づいてくるってことは、もうすぐ先輩たちが卒業しちゃうってことッスよね……」

 そこで、飲み物のカップを空にしたルークが、そうしみじみと呟いた。

「っ! シオン様……っ! 今からでも留年して下さい!」

 その言葉を受け、前のめりになったリリアンは本気でしかない真剣な瞳でシオンに詰め寄っていく。

「……主席のシオンが今から留年は無理だと思うぞ……?」

「っうるさいですよ! わかってますよっ、そんなこと!」

 ぽつりと突っ込むユーリに涙目にさえなりながら、リリアンはキ……ッ!と瞳を鋭くすると悔しげに噛みついていた。

「……卒業、かぁ……」

 青空を流れる白い雲を見上げ、セオドアもまた感慨深げに吐息を洩らす。

 それこそが、今日、アリアが無理をしてでもこのランチ会を開きたかった理由。

 卒業まであと少し。あと何度、こうしてみんなで和気藹々と集まることができるだろうか。

「去年はリオ様とルイス様が卒業して……」

「今度はオレたちの番、かぁ……」

 セオドアの言葉を次いで、ユーリも遠くを眺め遣る。

「……寂しくなるわね」

 この学園を出てしまったら、こんな風に気軽に集まることは難しくなるだろう。

 ここで過ごした三年間は、アリアにとってかけがえのない時間になっている。

「オレ、寮を出たらシオンのとこに居候させて貰うかなぁ~」

「! ほんとうっ?」

 からかうような口調でわざとらしく上げられたユーリの明るい声に、アリアはついパッと笑顔を向けてしまう。

「……そこは喜ぶところじゃないと思うんですけど」

 そんなリリアンの冷静な突っ込みが入るものの、アリアにとっては本気でそうして欲しいと思うくらいの気持ちだ。

「……まぁ、それは冗談としても」

 予想外のアリアの反応に若干引き気味になりつつも、ユーリは悪戯っぽい目を向けてくる。

「オレはちょくちょく遊びに行くし」

「お茶会、たくさん開いて下さいね!」

 リリアンからもなぜかキラキラとした期待の眼差しを向けられて、その勢いに、つい「え、えぇ……」と返してしまう。

「……お前はシオン先輩に会いたいだけだろ」

「うるさいわね……!」

 もはやシオンが既婚者になることなどどうでもいいらしい発言に、ルークの呆れた顔が向けられて、リリアンはキ……ッ!と鋭い目を返す。

「……卒業は寂しいけど」

 いつだってみんなの心を軽くしてくれるのは、この世界の中心的存在とも言えるユーリだ。

「きっと、待つのは明るい未来だけだから!」

 そう笑うユーリの背後には、眩しいほどの太陽の光が輝いていた。

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