mission3-2 仮面パーティーに潜入せよ!
女装したユーリを目にしたシオンがなにを思っているのか、相変わらずのポーカーフェイスのその横顔からはなにも読み取れない。
とある豪商の屋敷前。明るい月明かりが降り注ぐ中、門前へと降り立ったアリアは、少しだけ大人びたシックなデザインの黒いドレスの裾を翻し、かつての記憶の中で見覚えのあるその光景に睨むような視線を送っていた。
「それじゃあシオンはユーリをお願い。私はセオドアとルークと行くから」
「ちょ……っ、アリア!?」
二手に分かれることを宣言し、有無を言わせずセオドアとルークの腕を引いて歩き出したアリアへと、ユーリの驚いたような声が上がる。
(だって、そうでしょ?)
シオン×ユーリ推しのアリアとしては、こんな時に少しでも二人の仲を発展させたいと願ってしまうのも仕方がない。
ユーリに危険が及ぶ可能性が薄れた今、ユーリの傍にはシオンがいることがなによりも最善の選択肢だ。
「お、おい……っ、アリア嬢……っ」
「お前はシオンの婚約者だろう?」
二手に分かれての潜入はいいとしても、その選定基準はなんなのだと、当の本人たち以外からの驚きの声が上がる。
しかしその一人であるシオンはすでに諦めたかのように小さく嘆息すると、セオドアとルークへと鋭い視線を送っていた。
「くれぐれもソイツから目を離すなよ」
(なにその子供扱い……!)
精神年齢でいえば遥かに自分の方が上のはずなのにと思いながら、アリアはセオドアとルークの二人を引き連れて、ひっそりと建てられた離れへと向かっていく。
「シオン先輩と一緒じゃなくていいんスか!?」
「お前、仮にも婚約者……」
背後を気にしつつ口々に投げられる疑問の声。
「……そうだけど」
それにアリアは渋々と頷きながら、
「最近シオンには迷惑をかけっぱなしだから忍びなくて」
と、最もそうな言い訳を口にする。
とはいえ、これは嘘ではない。ユーリの幼馴染みの事件にしても、先日のシオンへと片想いをする少女の事件にしても、結局アリアは自分一人の力ではどうにもならないことをわかっていながら、始めからシオンを巻き込んだ。
そのことは、本当に申し訳ないと思っている。
(だから、こんな時くらいは、ね……)
愛しいユーリと二人きりにしてあげたいと思ってしまうアリアを是非受け入れて欲しいと思う。
「いや、だからって、そういう問題じゃ……」
「ごめんなさい。せっかくだし、ルークもユーリと行動したかった?」
どうにも納得できなさそうなルークへと、アリアは悪戯っぽい瞳を向けて小首を傾げてみせる。
「ア、アリア嬢……っ!?な、なにを……」
途端、耳まで顔を赤らめて狼狽えるルークの反応に、くすりと笑みが溢れてしまう。
女装したユーリの姿をこんなにも早くもう一度見る機会に恵まれるなど、ルークも、そしてアリアすら想像していない出来事だ。
「……お前たち、気を引き締めろよ」
ただならぬ雰囲気が感じられる重厚な扉の前。
静かに落とされたセオドアの言葉に、
「……それじゃあ、行きましょうか」
アリアもまたぎゅっと拳を握りしめていた。
「……なんか、"いかにも"って感じだな」
参加者全員が仮面をつけ、見渡す限りどう言葉を選んでもいかがわしいとしか言えない雰囲気を醸し出している会場に、セオドアの端正な顔がしかめられる。
密室で焚かれた、甘ったるい、妙に鼻につく花の香り。
「この匂い……」
すん、とその匂いを確認したルークが眉を潜め、
「甘さに誤魔化されがちっスけど、ずっと吸ってるとヤバいです」
と、確信的な目を向けていた。
お香のように焚かれているこの香りが。
恐らく、例の魔物から摂取可能な怪しい薬物。
「できるなら、この場から離れた方がいいっスね」
できる限りその薫りを体内へと取り込まないよう腕で鼻を庇いながら、ルークはアリアたちを外へと促す。
だが、そのまま廊下へ出ようとしたアリアたちへと、引き止めるかのような声がかけられていた。
「そこのお嬢さん」
仮面をつけ、顔も年齢もよくはわからない。
けれどその佇まいからすると高位貴族などではなく、成り上がりの中年男性だと思われる。
「よければ私も混ぜて貰えませんか?」
人目を避けるように部屋から抜け出そうとしていたのをなにを勘違いしたのか、明らかに下心が見て取れる下卑た声をかけられて、一瞬にしてセオドアとルークの二人がアリアを庇うように前に出る。
「悪いけど」
ここで揉め事は起こせない。
セオドアがアリアの肩を抱き、ルークの瞳がす……っ、と鋭く細められる。
「オレたちはこれから三人で楽しむつもりなんで」
邪魔しないで貰えます?と、自らも反対側からアリアの腰へと腕を回して、ルークが艶の隠った意味深な低い声を響かせる。
(……きゃぁぁぁっ!?)
その、あまりにも絵になる二人の仕草に、アリアは思わず、内心歓喜の声を上げてしまう。
(二人とも……っ!カッコよすぎ……っ!)
普段穏やかなセオドアがふと見せる鋭い瞳と。可愛い年下キャラと思わせておいて、こういった場面では怯むことなく瞬時に頼れる"男"の顔を見せるルークの二人が、あまりにも乙女心を刺激してしまってアリアの心臓を高鳴らせる。
(ギャップが……!)
この二人のファンは、そのギャップに堕とされた腐女子が大半だ。それを目の前で見てしまえば、シオン推しのアリアだからと言っても心臓には余りよくはない。
そしてそんな風にアリアが一人悶絶していることなど知るよしもないルークは、その意味を悟って狼狽したような様子を見せる男を置いて、アリアを隣の廊下へと連れ出していた。
「……なんか……、この後ここでなにが起きるかと思ったら、一刻も早く出るべきじゃないか……?」
扉の向こうへ振り返り、セオドアが珍しくも後ろ向きな発言を口にする。
「……それはオレも同感なんスけど……」
誘淫作用のあるお香を漂わせた密室でなにが行われるのかなど、想像に難くない。
捜査の為とはいえ、目の毒すぎて一瞬でも居合わせたくはないと嫌悪の気持ちを含ませる二人は、その大人びた容姿から忘れがちだが、まだ14と15の子供だった。
「効能自体はかなり薄めてあるみたいっスけど、あんまり長い間吸ってたら、オレらだってどうなるか……」
少し吸ったくらいならば問題ないが、事は時間との闘いだと悔しそうに顔を歪ませて、ルークは姿の見えない残りの二人へと思いを馳せる。
「……シオン先輩たちはどうしてるんスかね……」
すでにこの現状を確認した時点で、すぐにでもリオへと通報していいのではないかとも思われて、ルークは悩ましげな表情を貼り付ける。
できれば例のクスリの出処まで探りたいところではあるが、潜入早々、すでに危険すぎる匂いがする。
と……。
(あの男……!)
アリアの視界の端へと一瞬だけ映り込み、廊下の向こうへと消えていった後ろ姿。
見覚えのある……、記憶に残る、銀色の長髪の長身が目に入った。
(一体どこへ……っ!)
気づいた時には、なにやら相談を始めていたセオドアとルークの元から踵を返し、男が消えた方向へと足を運んでしまっていた。
(いた……!)
本来であれば、このイベントでは表立っては出てこない人物。
ちらりと意味深に存在だけは匂わせて、後のイベントでこの男が全ての黒幕だったことが明かされる、"ゲーム"の中の超重要人物。
(魔王配下四天王の、側近……!)
名前は確か、バイロン、と言っただろうか。
アリアの記憶が正しければ、恐らく、まだ封印から目覚めたばかり。
自身の力を取り戻す為と、仕える主を目覚めさせる為に今後いろいろな場面で暗躍していく人物だ。
(……い、ない……?)
いくつかの廊下を折れてすぐ。気取られないよう気配を殺して慎重に後をつけすぎた為か、どうやら見失ってしまったらしきその姿にアリアは落胆の息を落とす。
(この部屋……?)
すぐ隣の部屋。特になんの気配も感じられない部屋の扉を、なにかに誘われるかのように静かに押して、息を殺しながら一歩中へと踏み込んだその瞬間。
「……おやおや、どこの仔猫が紛れ込んだかと思ったら」
「……!」
ふいに間近で低い声が聞こえ、アリアは腕を捻り上げられる。
「……い……っ!」
容赦ない拘束に、アリアの顔が苦痛に歪む。
(どうする……!?)
魔法を発動して逃げるべきか否か。
一瞬の隙をつけばそれも可能かもしれないが、代わりに発生するリスクを思うとそれも憚られてしまう。
「ちょうど一人足りなかったんですよねぇ……」
ちょうどいい、と細めた瞳に見下ろされ、アリアは暗闇の中で何処かへと無理矢理引っ張られていく。
(隠し通路……っ!)
そういえば、ユーリが競りにかけられたのも、地下に隠された大広間だったことを今更ながらに思い出す。
暗闇の中に現れた隠し通路。そこから続く地下へと伸びる階段を呆然と見下ろして、アリアは自分の迂闊さに唇を噛み締めていた。