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339/399

今は、ただ。

前回、投稿順を間違えてしまった為、更新済みのお話を一度削除させて頂いております。

混乱させてしまいましたら申し訳ありません。

 シャノンがアラスターに付き添われながら、ギルバートの転移魔法でリオの元に訪れたのは、それから1日たってからのことだった。

「つまり君は、例の事件の真犯人に会ったかもしれないわけだね?」

 そう話を纏めたリオの傍には、いつも通り寡黙な側近――ルイスが仕えており、まるで執事のように淹れ直したティーカップをテーブルの上へと差し出していた。

「はい」

 神妙な面持ちをしたリオの言葉に、シャノンは真剣な表情で頷き返す。

「しかし、顔は覚えていないと」

 そう冷めた瞳を向けてきたのは、テーブルの上から一通りのティーカップを回収したルイスだ。

「……すみません」

 シャノン自身も、思い出そうとすると靄のかかってしまう記憶が悔しくて堪らない。唇を噛み締めてそう謝罪するシャノンへ、その気持ちをしっかりと理解しているリオからは優しい眼差しが向けられる。

「君が謝ることじゃない。そんな殺人鬼と接触して、何事もなくてよかったよ」

 下手をすれば、そのままなんらかの事件に巻き込まれていたとしても不思議ではない出来事だ。あれ以来暗礁に乗り上げていた事件が、ほんの少しでも真犯人へと繋がる糸口が見えたのだとしたら、それは単純に喜ばしいことだった。

「まさか王都でそんな堂々と出歩いているとは思いませんでしたね」

「……そうだね」

 隣に腰かけたルイスの言葉に、リオはなにかを考え込むかの様子で深く頷いた。

 トカゲの尻尾切りで真犯人の存在に気づかれることはないと思っているのか、それとも絶対に捕まらないという自信があるからか。

 ただ、そのどちらにしても。

「……しかも向こうは、君のことを知っている風だったんだろう?」

 聞いた話から推測するに、そう結論付けられてしまい、真剣な面持ちで確認を取ってくるリオの疑問符に、シャノンもまた重い声色でコクリと首を縦に振っていた。

「……はい」

益々(ますます)不気味だね」

 その言葉に、シャノンは嫌な汗が背中に滲んでくるのを感じてぐっと汗ばんだ手を握り込む。

 ――『全部、忘れろ……!』

 自分は、もっと大切ななにかを伝えなくてはならないはずなのに、それがなんだかわからずにひたすら焦燥ばかりが募っていく。

 心臓がドクドクと嫌な早鐘を打ち、身体中に妙な熱が巡っていくようだった。

「万が一のことを考えて、君は決して一人にならないようにね。心配なようだったら誰か護衛をつけるから」

「いえ、そこまでは……」

 リオからの有難い申し出に、シャノンは静かに首を振る。

 確かに自分は殺人鬼に接触してしまったかもしれないが、恐らく向こうはシャノンになど興味がなさそうな気配が窺えた。

 そもそも狙われていたのは年若い少女たちだ。いくらシャノンが女の子のような容姿をしていたとしても、さすがにターゲットとされることはないだろう。

「それより、アイツ(・・・)は……っ」

 そこで今まで黙って話を聞いていたギルバートが、シャノンの横からこれ以上は我慢ができないとばかりに割り込んできて、その気持ちは最もだと理解するリオは、柔らかな苦笑を溢す。

「……アリアは……、こんな大切な時期に余計な心配をさせたくない、というのが本音だけど……」

 思わず声を上げてしまったギルバートだけでなく、リオにとっても――、みんなから大切に愛しく思われている少女。

 そんな少女は、もうすぐ迎える結婚式の準備に大忙しの日々を送っているはずだ。

 女の子にとって、一生に一度の、人生の中で最も幸せな晴れ舞台。

 そんな幸せに向かう彼女に、怪しい雲行きを報せたくはない。

「……シオンには、早急に話をしておくよ」

 だからせめてと、このことを告げれば必ずアリアを守り抜くだろうシオンの名前を口にすれば、リオの横からルイスの淡々とした分析が口にされていた。

「まぁ、相手が人間であるならば、余程のことがない限り、彼女をどうこうできる者などいないでしょうから」

 魔族や異世界の敵、そして魔王にまで闘いを挑んだ彼女には、確かにおいそれと敵う人間はいないだろう。

 普通貴族の御令嬢が学ぶことなどないはずの攻撃魔法まで操る少女は、もはや魔法師団のトップクラス並みの力量を備えている。

 そんな彼女をどうこうしようなど、相手が人間であるならば、まず無理な話だった。

「その余程のことに自ら首を突っ込んでいくのがアイツだろ」

「……だなぁ~」

 だが、その一番の危惧を口にするギルバートへと、アラスターのどこか呑気で呆れた同意の声が響く。

「そういう意味では、むしろアリアには黙っていた方がいいのかもしれないけど……」

「でも、それで前回失敗した」

 考え込むような仕草を見せるリオへと、シャノンからはきっぱりとした言葉が返される。

 魔王が復活の兆しを見せ、その代償にアリアのことを望んだ時。誰もが黙することを決めた中で、それでもアリアはなぜかそれを知ってしまっていた。

 アリアにはなにか、リオたちの知らない不思議な能力(ちから)が備わっている。それは前々からわかっていたことだ。

「そうだね……。だけど、今はまだ」

 けれどせめて、結婚式が終わるまで。それまでは幸せな花嫁の心に余計な波風を立てることはしたくないと、リオはきゅ、と唇を引き締める。

「あれから不審な失踪者は出ていない」

「……あくまでも、"不審な"ではありますが」

 だからとりあえずは、と希望的観測を口にするリオへ、ルイスからは厳しい現実が突きつけられる。

 全ての行方不明者が失踪人として届け出されるわけではない。

 元々あの事件の被害者は、そういった目に見えない少女たちだった。

 そう考えれば、今この時も被害者は増えているという嫌な可能性すらあるのだ。

「……王都の警備を強めるよ」

 犯人がこれ以上の動きを取ることができないように目を光らせる。今できることはそれくらいだ。

「シャノン。君たちも、無理に犯人を探そうとは思わないでくれ」

 シャノンを中心にアラスターとギルバートにも目を向けて、リオは厳しい声色で口にする。

 犯罪者の捜査、捕縛は、国の専門機関の仕事だ。

 特にシャノンはその正義感と特殊能力から自ら捜査に乗り出しそうで、リオは厳しく窘める。

 シャノンたちはあくまで一般人。これ以上危険なことに身を晒すわけにはいかなかった。

「なにかあれば協力を仰ぐかもしれないけど」

 前回のように、どうしてもシャノンの能力(ちから)が必要になってしまったなら、その時は。

 そう告げるリオへと、シャノンは渋々ながらも同意した。

「とりあえず今は、アリアが幸せな結婚式を迎えられることを最優先に考えてあげて」

「……はい」

 幸せそうに微笑む少女の笑顔を曇らせたくはない。

 それは、誰もが最優先で願う共通認識だ。

「まぁ、その点についてはちょっと物言いたいことがなくもないけどな」

 わざわざ皇太子の名前まで出して婚姻を命じたリオへと、ギルバートからは恨めしげな目が向けられる。

 余計なことを、と、思い出しても本気で舌打ちしそうなほどの出来事だ。

「シオンと結婚してしまえば、アリアもそこまで無茶なことはできないだろうからね」

 そんなギルバートにリオは苦笑して、自覚はあるのか少しばかり申し訳なさそうな微笑みを浮かべて見せる。

「どうだかな」

「不吉なこと言うなよ」

 やれやれ、と肩を竦めるギルバートへ、アラスターの乾いた笑いが溢される。

 独占欲と束縛の激しい男と結婚してしまえば、確かに監視の目は厳しくなるかもしれないが、それでも縛り付けて部屋に閉じ込めておくようなことでもしない限り、アリアは自らの意思で行動することを止めたりはしないだろう。

「またなにかあれば遠慮なく連絡してくれ。こちらからも連絡する」

「はい」

 そうして向けられたリオの言葉に深く頷いたシャノンは、どうしても晴れない記憶の靄にぐっと拳を握り締めていた。

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