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他人の関係

「は? 行くわけねーだろ」

 以前リヒトに呼び出された喫茶店の、隣同士の同じ席。アリアから差し出された結婚式への招待状を前にして、リヒトは不機嫌そうに顔を顰めていた。

「え……」

「オレがアンタの結婚式に参加するなんて、どう考えても不自然だろ」

 そう言ってアリアからの招待をバッサリ切り捨てたリヒトは、ぐいっ、と手元のグラスを傾ける。

「でも……」

 確かにリヒトの言うように、アリアの"記憶"に関する事情を知らない人間からしてみれば、二人の間にどんな繋がりがあるのだろうと不思議に思ってしまうものだろう。

 それでも、同じ"記憶"を持つ者同士。リヒトに特別な繋がりを感じているアリアにしてみれば、是非結婚式に来て欲しかった。この現実における"ゲーム"の彼らを間近で目にして、一緒に語り合いたいと思ってしまったのだ。

 けれど、そんなアリアに対してリヒトは。

「そもそもアンタとオレ、そんな仲だっけ?」

「え……」

 呆れたように溜め息をつかれ、思わず呆然とリヒトの顔を見つめてしまう。

「両手で数えられる程度しか会ったことのない関係」

「っ」

 妙に真面目な顔で真実を口にされ、アリアは今さらその事実に気づかされて動揺する。

「……それは、そうだけど……」

 同じ"記憶"を持つ者同士、つい特別な関係にあると思ってしまっていたものの、確かに言われてみればその程度の関係だ。

 とはいえ、同じ"記憶"を持つリヒトのことを、アリアが特別な存在として認識してしまうのは仕方のないことだろう。しかもリヒトは、ただ"記憶"を持つだけでなく、まだ開発中の"ゲーム"の"メインヒーロー"なのだから。

「オレが何処に住んでて普段なにしてるとか全然知らないだろ? その程度の仲」

「っ」

 リヒトのその指摘には、反論できる余地などどこにもない。

 さらに言うならば、アリアはかつての(・・・・)リヒトのことさえろくに知らないのだから。

「てことでこの話はもうおしまいな」

 はい。と招待状を突き返され、アリアはまだ諦め切れずに寂しそうな()を向ける。

「……本当に来てくれないの?」

 その甘えるような上目遣いに、リヒトは、はぁぁ……、と大きく深い吐息を吐き出して、肩肘をついた手の上に頭を乗せていた。

「真面目な話、オレとの関係を聞かれたらどう答えるつもりなわけ?」

 疲れた様子で問いかけられ、アリアは動揺に瞳を揺らめかせる。

「……それは……、でも、招待客はたくさんいるし……」

「1」の"ゲーム"のメンバーは、元々アクア家と繋がりのある者たちばかりだから問題ない。「2」のメンバーに関しても、妖精界の件でアリアとの繋がりは公爵家全家に知られている。けれど、リヒトは。

 結婚式への招待客は、正直覚えきれないほどの人数だ。それだけの人間がいるのだから、きちんとした招待状を持つリヒト一人くらいがアリアの友人だと紛れ込んでも問題ないのではないかと安直に考えていたのだけれど……。

「アンタの婚約者がそれで誤魔化されてくれると本気で思ってんの?」

「っ」

 アリアと違い、シオンならば全招待客を把握した上で、見慣れない顔があることに気づく可能性は確かにある。そしてその人物がアリアの個人的な招待客だと知られたなら、それをどう誤魔化したらいいのかまでは頭が回っていなかった。

「だろ? 変な誤解を招く行為は止めといた方が無難だな」

 最もな指摘に言葉を返せずにいるアリアへと、リヒトはあっさりそう結論付けるとやれやれと肩を落とす。

「アンタの気持ちだけは有り難く受け取っておいてやるよ」

 同じ"ゲーム"の記憶を持つ者同士、アリアが自分のことを特別(・・)な存在として受け入れてくれていることだけは素直に嬉しく思うと言って、リヒトは仕方ないなとばかりに苦笑した。

 そんなリヒトの冷静な対応にアリアはしばし沈黙し、それからほんの少しだけ恨めしげな瞳を向けていた。

「……リヒトは"ゲーム"をやってないわりに詳しいのね、シオンのこと」

 先ほどシオンの観察力について指摘したリヒトは、"ゲーム"をしていないことが嘘のように的確な疑問をアリアに投げていた。

 それが"ゲーム"のファンとして……、そして、シオンの恋人として少しだけ悔しい気がしてしまう。

 だが、そんなアリアにリヒトは新しいグラスを傾けてから、苦笑いを浮かべていた。

「まぁ、オレの場合、"ゲーム"知識じゃなくて"二次創作"からのものだから極端だけどな」

「……"二次創作"……?」

 どういう意味かと目を丸くするアリアへ、リヒトは可笑しそうにくすりと笑う。

「いわゆる"同人誌"ってヤツ。結構……、いや、かなり出てたけど、知らないわけ?」

 "二次創作”に"同人誌"。

 "腐女子"の間であれだけ人気だった"ゲーム"だ。もちろんそういったものが数多く出ていたことは知っている。知ってはいるけれど……。

「……存在は知ってたけど、買うところまでは……」

 彼女(・・)は、日々子育てと家事に追われていた。その中で、唯一の楽しみが"BLゲーム"をすることで、そういった類いのイベントに参加することも、"ゲーム"以上に隠れた趣味が露見してしまう可能性の高い"同人誌"なるものを買う機会もなかった。

 そんな風に戸惑うアリアの反応にリヒトは益々(ますます)可笑しそうに口元を歪め、くつくつと楽しそうに喉を鳴らす。

「アンタも結構大変なことになってたぜ?」

「……()!?」

 予想外のことを聞かされて、アリアは思わずすっとんきょうな声を上げてしまう。

 "ゲーム"の中での"アリア・フルール"という人物の立ち位置は、あくまで「1」の脇役だ。シオンの婚約者として時折登場するだけで、その頻度はリリアンよりもよほど少ない。

 そんな脇役でしかないアリアが、"BLゲーム"の"同人誌"の中で、一体どんな役割を担わされていたというのだろう。

「中には男性向けもあったからな。アンタ、この"ゲーム"の"男性向け二次創作界"ではかなり人気だったんだぜ?」

 知らなかっただろ? とニヤニヤと笑われて、アリアは思わず絶句する。

 この"ゲーム"は確かに"女性向けBLゲーム"ではあるけれど、一部の男性にもそれなりに知られていたことはわかっている。

 けれどまさか。それが"同人誌"になるまでのものとは予想外だ。

「オレ、その中ですげー好きなヤツがあって。"原作(ゲーム)"の内容は全然知らねぇから、それがどこまで原作から来てるのかはわかんねぇけど、アンタが魔王とか触手とかにめちゃくちゃにされる"同人誌(漫画)"、超読んだ」

「っ!?」

 じ、と見つめられながらとんでもない告白をされ、アリアは動揺に息を呑む。

 それはアリア自身の話ではないけれど、それでも丸裸にされた気分になってくる。

「元々オレがこの"ゲーム"を知ったキッカケってそれなんだよな。すげーオレ好みの作品描く人がいて、その人を追ってたら、って」

 どう言葉にしたらいいのかわからない羞恥心を覚えて思わず赤くなるアリアに構うことなく、リヒトは淡々とこの"ゲーム"との出会いを語っていく。

「めちゃくちゃ絵が上手くて。当然最大手なんだけど。……まんま」

「……っっ!?」

 記憶(・・)の中のそれと照らし合わせるように上から下まで見つめられ、アリアは反射的に身体を隠すように自分自身を抱き締める。

 直接裸を見られているわけではないけれど、気持ちとしては"ヌード写真"を持たれているような気分といったところだろうか。

「中には妙に胸をデカく描くヤツもいたけど、オレ的にはそんなに萌えなくて……」

「っリヒト!? 酔ってるでしょ……!」

 前回と同じく、リヒトの手元には恐らく三杯目と思われるアルコールグラス。

 恥ずかしげもなく自らの性癖を暴露していくリヒトの、妙に淡々とした口調が余計に羞恥心を煽ってきて、アリアは真っ赤になりながら制止の声を上げる。

「……そんなこと言ってるけど、アンタもオレと変わらないからな? 相手はアンタじゃなくて"主人公"かもしれねーけど、婚約者以外とのアレコレを見てキャーキャー言ったり妄想したりしてたわけだろ?」

「っ!」

 なぜか生温い眼差しを向けられて、アリアは返す言葉が見つからない。

 リヒトの言うことは全てその通りで間違いない。

 それぞれ相手はユーリだったりシャノンだったりするけれど、アリアの"記憶"の中には、しっかり"ゲーム"の中での彼らのアレやコレらのシーンが納められていて、いつもそれらに心の中で身悶えさせられていたのだから。

「しかも、"2"なんて、ラストが3ぴ……」

「っリヒト……!」

 容赦ないリヒトの責めに、アリアはとうとう降参とばかりに根を上げる。

「だからお互い様」

「……っ」

 じとり、と向けられる瞳にはなにも返せない。

 そうしてその後は他愛もない話をして、アリアは返された招待状を手に帰路に着いたのだった。





「……結婚式なんて行くわけねーだろ」

 消えた少女の後ろ姿を見送って、リヒトの口からはくすりという苦笑が洩れていた。

「この世界に転生して、オレがどれだけ絶望して狂喜したか」

 元々"男性向けゲーム"をやり込んでいたリヒトにとって、"BLゲーム"の世界など、冗談では済まされないくらいの衝撃だった。それでも、この世界には、彼女(・・)が存在していたから。


「最後にアンタを手に入れるのはオレなんだよ」

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