婚約指輪
「これを取りに行っていた」
今日、シオンがアリアをユーリに預けて街へと足を運んでいた理由。こんな状況下でも――、否、だからこそ、どうしてもすぐに手に入れたかったもの。
それは。
「お前は、オレのものだ」
小さな箱の中から取り出された、更に小さな卵型のジュエリーケース。アリア好みの綺麗な装飾が施されたそれがパカリと開かれ、そこにはしばらく前に二人で選びに行った婚約指輪が輝いていた。
「……シ、オン……」
恐らくは、出来上がったという連絡を受けてすぐに取りに行ったのだろう。
驚きに目を見張るアリアを見下ろしながら、シオンは一瞬ちらりとリオの方を見遣る。
「……そうだね」
その、なにか言いたげな視線を受け、リオは小さな苦笑を溢すと、一度目を閉じてから静かに口を開いていた。
「皇太子の名をもって命じよう」
――『その時は、皇太子命令で婚姻誓約書にサインして貰うよ?』
いつか聞いた、本気の滲むリオの言葉。
「アリア」
その先は口にされずとも、リオの瞳を見ればなにが言いたいかは理解できた。
「せめて卒業までは待ってやる」
「っ」
リオの言葉を継いだ、シオンの不敵な口元に息を呑む。
"待つ"と言いながらも有無を言わせない鋭い瞳が「だが」と強く語っている。
「卒業と同時に婚姻届を提出させて貰う」
「「――――っ!!」」
リオは苦笑を浮かべたまま。ルイスは顔色一つ変えることなくその傍に。ラナは「まぁ」と目を丸くして口元を手で覆い、他の精霊王たちが見守る中。
その他の面子は、一斉に驚愕に息を呑む。
一度婚姻届を出しそびれていることを知っているのは、当人二人を除けばギルバートだけだった。
「……え……、でも、その……っ」
シオンに婚姻を迫られた時、確かに首を縦に振った。あの時何事もなければ、今頃シオンとは夫婦になっていただろう。
それでも一般的には卒業と同時の結婚など早すぎて、どう返事を返したものかと戸惑うアリアに、シオンの厳しい目が向けられる。
「嫌なのか?」
「……え……、い、嫌、ではないけど……」
好きな人との結婚が、嫌なわけがない。ただ、今となってはそこまで急がなくても、と思うだけで。
そこで、言葉に詰まるアリアに代わり、明確な答えを返す声があった。
「否! 嫌に決まってるだろ!?」
「! ……ギル」
二人の間に割って入ったギルバートが、シオンから守るようにアリアを引き離し、それから大きな瞳を見つめ下ろす。
「考え直せ!」
「……考え……?」
真正面に立ったギルバートから説得するかのような強い声色を向けられて、アリアの瞳が驚きと戸惑いに揺らめいた。
「これから先、こんなヤツに一生縛られて生きていくんだぞ? 返事は"ノー"一択だ!」
「……ギ、ギル……」
独占欲にまみれた男に雁字搦めに縛られる人生など真っ平御免だろうと告げてくるギルバートに、アリアは思わず気圧されてしまう。
シオンは確かに独占欲は強いけれど、さすがにアリアを家の奥に閉じ込めたりはしないだろう。
「元々オレとアリアは婚約者同士だ。お前は黙れ」
まだ遅くないとアリアに迫るギルバートを、シオンが苛立たしげに両断すれば、また別の場所から影が差す。
「そうだな。今から一人に決める必要はないだろう」
「! ネロ、様……?」
それは、"正装"と称された男物の服に身を包んだ精霊王・ネロの低い声。
先ほどもちらりとその姿を見てはいたものの、改めて"女装"ではないネロの姿を見ると驚いてしまう。
見た目はもちろん、仕草も声も口調さえ違うその美青年には、思わず心音が高鳴った。
「こういう格好をした私はお前の好みに合ったかな?」
「ネ、ネロ様……っ」
くす……っ、と笑みを洩らすその表情も仕草も大人の色気が滲み出て、とても心臓によろしくない。"最推し"が揺らぐことはないものの、元々アリアは"ミーハー"だ。
「アリア」
そんなアリアの反応になにかを察したのか、シオンは苛立たしげにその名を呼び、強引に白く綺麗な手を取った。
「いいから手を出せ」
「――っ」
ぐいっ、と左手首を取られ、その手にシオンの手が添えられる。
「……シオン……」
するり、と細い薬指へと滑らされた、小さくも存在感のある美しい輝き。
アリアの手でキラキラと輝く光を満足そうに見下ろして、シオンはくすりと口の端を引き上げる。
「オレのものだという証だ。いついかなる時も絶対に外すなよ?」
それは、胸元で輝くペンダントと同様に、アリアの気持ちを如実に語るもの。高価すぎる宝石の価値を知っている身としては、失くさないように厳重に保管しておきたいところだが、さすがにそれは許されないだろう。
「まぁ、婚約指輪はただの約束だしな。まだ時間はある」
アリアを説得――、否、口説く時間はまだ残されていると不敵な笑みを浮かべるギルバートの不穏な言葉に、シオンの蟀谷がぴくりと反応する。
「人妻を奪うのも楽しいかもしれないが」
さらに、そこで可笑しそうに笑ったのはネロだった。
「ギル……! ネロ様……!?」
ギルバートはもちろんのこと、ネロまでなにを言い出すのかと目を見張るアリアを、シオンはすぐに手元へ引き寄せる。
「シオ……」
「コイツは誰にも渡さない」
華奢な身体を腕に抱き、その場にいる者たちへ堂々と宣言すると、愛しい少女へ視線を戻す。
「アリア」
直接身体に響くような心地よい低音にドキリとする。
「結婚するな?」
拒否を許さない真摯な瞳。
真っ直ぐな愛を告げてくる瞳に見つめられ、アリアはコクリと息を呑む。
そうして。
「……っ、……は、はい……」
思わず丁寧語で頷いてしまってから、改めてその返事の意味を理解して、アリアはあまりの羞恥に全身を薔薇色に染め上げていた。
こんな大勢の前でプロポーズのような真似をされ、公衆の面前で頷いてしまった。それが、今さらながらに恥ずかしくて堪らない。
だが。
「アリア……!」
「早まるな」
咎めるようなギルバートの声と、冷静なネロの声が上げられて、シオンはアリアの肩を抱いた腕に力を込める。
「アリア」
「え?」
素直に上げられた顔には、艶やかなピンク色の唇が無防備に薄く開かれていて。
「……ん……っ?」
そっと降りてきたシオンの唇の感触に、アリアは一瞬にして目を見張っていた。
「~~~~っ! シオン……ッ!」
こんなところでなにをするのかと羞恥で真っ赤になるアリアの一方で、憤慨したギルバートの声が上げられる。
「てめ……っ、こんなところで堂々と! ふざけんなよ!?」
「オレのものだと見せつけてやらなければわからないヤツらがいるからな」
「こんなヤツ本当にやめとけよ……!」
そんな風に騒がしい一角を眺めながら、リオは申し訳なさそうに眉を下げて苦笑する。
「……なんだか締まらずに申し訳ないです」
「……いや、明るくていいだろう」
先程までの緊迫した雰囲気も、魔王封印という大きな目的を果たした高揚感もどこへやら、明るく言い争う喧騒に、レイモンドもまたなんとも言えない面持ちを貼り付けていた。
まだ、事後処理は残っているけれど。
それでも今は、世界に平穏が戻ったことを、心から安堵して。
「……アレス殿下」
遠い遠い祖先に向かい、リオは独り言にも似た声色でそっと語りかける。
「ありがとう、ございます……」
誰よりも世界を愛し、人々の幸せを願ってくれたこと。
今なお、これからもその身を人々の生活の為に捧げ続けてくれるのであろうこと。
そしてなによりも。
心優しい少女を、自分達から奪わずにいてくれたこと。
その、全てに感謝して。
リオの言葉に応えるように、魔王が封印されたその場所が、一瞬キラキラと輝いた。
ここまでお付き合い下さりありがとうございました!
これにて四章は完結となります。全ての謎は最終章へ……!(笑)
ですが、五章に入る前に、しばらくお休みさせて頂きたいと思います。
再開は一ヶ月後を予定しています。
正式なシオンのプロポーズ話などあった方が?とも思ったりするもので、しらっとこっそり更新しているかもしれませんが(笑)。
プロポーズの萌えシチュエーションや理想、願望、妄想などありましたらアドバイス頂けると嬉しいですm(_ _)m
せっかくですので、シオンには改めて素敵なプロポーズをして欲しいなぁ……、とも思ったりしています。
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再開後に、またお会いできることを願っております……!