count.0-7
所定の位置に立つことを求められている今、シオンはアリアの傍にはいられなかった。今は、ユーリもリオのサポートに回っている。
その代わり。
「諦めろ」
じわじわと一部分だけがアリアに向かって伸びていく闇の手を、ギルバートの魔力が押し返す。
「ギ、ル……、シャノン……」
アリアの両脇に立ったのは、「2」の"主人公"と"ヒーロー"コンビ。
「アンタたちにコイツは渡せない」
魔王も。魔王の中にいる"誰か"さえこの少女を欲しているのかと思えば、もういっそ笑ってしまうようだった。
――その気持ちは、きっとここにいる誰もがわかってしまうから。
少女のなにを求め、手を伸ばしているのか。
「魔王の元にやるなんてもっての他だし、王族は本来そんなヤツじゃない」
魔王は、純粋に負の感情を好む存在。少女を使い、この場にいる者へ絶望を見せ、残虐の限りを尽くさせるなど冗談ではない。そして、中にいる"誰か"は、元々はとても高尚な人間であることがシャノンにはわかっている。優しい少女に安らぎを求めているのだとしても、悲しい結果に繋がる願いを、彼は真には望んでいないだろう。
「アレス殿下」
「!」
刹那、魔王の――、否、魔王の中の"アレス"と呼ばれた人格が目を見開き、内から光の魔力が灯った。
「っ今だ……!」
闇の魔力が弱まった瞬間を見逃さず、シャノンから力強い声が上がる。
「!!」
ふわり、と、足元から柔らかな風が吹くような感覚がし、魔法陣の輝きがより一層増していく。
そんな中。
「! 光以外、全員、空の指環に魔力を集めてくれ……!」
「――――!」
魔法陣は保ちつつ、一方空の指環へ魔力を預けろという難しい注文に、それでもアリアたちは瞬時に対応する。
四方向から魔力が注がれ、空の指環は真白に輝いた。
「そのまま、光へ……!」
空は、光に繋がる存在。
「……く……っ」
指環の力を借り、ルイスはうっすらとした汗を滲ませながら全ての魔力を収縮させた光を最終地点へと結びつける。
その先にいるのはもちろん。
「リオ様……っ、ユーリ……!」
一つになった魔力を得て、リオとユーリは一条の矢を放つように魔王へと眩い光を叩き込む。
「っぐ、あぁぁぁ……!」
苦し気な咆哮は、アリアにとっては耳を塞ぎたくなるようなものではあったけれど。
「アリア……」
「っ大丈夫……っ」
気遣わしげなシャノンの視線に頭を振り、視界と耳を覆ってきそうなギルバートに、あえてしっかり顔を上げて真っ直ぐ前を向く。
この現実から、目を反らすわけにはいかない。
「……強いな」
惚れ直す、とでも言いたげに、ギルバートの口元からはくすりとした笑みが洩れ、
「っ、もう一押し……!」
シャノンの叫びにより一層の魔力が籠る。
『私たちの祈りも使って』
『ぼくたちも頑張るから』
「――!」
何処からともなく聴こえた声は、小さく可愛らしい妖精たちのもの。
水の指環から、キラキラと水の雫のような光が輝いた。シオンは風の指環からふわりとしたそよ風に乗せた光を運ぶ。セオドアの持つ火の指環は、光と共に焚き火のような暖を生む。土の指環からはさらさらとした光が落ち、ルークの足元へと新緑の絨毯が広がるようだった。
ギルバートは、ネロと共に闇の魔力を抑え込む。
空の指環は、天から光のカーテンを揺らした。
そうして。
「リオ様……っ!?」
魔法陣の要を光の指環と共にユーリに託したリオが、魔王の元へと駆け込んだ。
その、リオの手元で輝くものは。
(! 神剣――!)
いつかリオが手にした神剣が、光と共に振り下ろされる。
「討伐の為の剣だけど……!」
「――――っ!」
魔王の目が見開かれ、声にならない叫びが上がった。
肩から身体の中心まで突き刺さった光の剣から、真っ白な光が迸る。
「みんな……!」
魔王が完全に弱体化したその瞬間、封印魔法が発動した。
――ぐ、ぉ……、ぉお……。
天から放射状に降り注ぐ円形の光線が、魔王を囲い込むように少しずつ小さくなっていく。
まるで薄明光線のような美しい光景に思わず呼吸が止まる。
――ぉぉおお…………。
光に呑まれながら、その目がギロリとアリアに向けられた気がした。
「――っ」
瞬間、ぞくり、と寒気が走り抜け……。
(……ぁ……)
今度は、ふっ、と緩くなった眼差しに、アリアは反射的に手を伸ばしていた。
「! 待って……!」
「アリア……ッ!?」
なにをする気かと、ギルバートとシャノンが咄嗟に細い腕を掴む。
「私……っ!」
一緒に行くつもりなんて欠片もない。
ただ。
――"異質な存在"。
世界が、アリアを弾こうとしているなら。
『……大丈夫』
(……え?)
直接、頭の中に響く声がした。
『君たちなら、きっと乗り越えられるから』
彼らはなにを知っているというのか。
「――――娘」
「――っ」
光の渦の中に僅かな漆黒が揺らぎ、全員が一瞬にして身構えた。
「我が名はヴォロス」
だが、その身体は確実に白い繭に覆われていく。
「お前が望むならいつでも連れていってやろう」
くすり、と洩らされた嘲笑はただの捨て台詞だろうか。
「我が名を呼ぶがいい」
真っ白な光が弾け、世界が元の姿へと戻っていく気配がした。
残されたのは、大きな卵のような形をした白い繭玉。
それは、魔王が封印された光の檻。
「――渡さない」
「……シオン」
危機が去ったことを察したシオンがすぐにアリアの元へ足を運び、すでに消えた魔王へと宣言する。
「何者の元へも。何処にもやるつもりはない」
水、風、火、土、空。
そして、闇と光。
全ての指環が、一瞬キラリと輝いた。