count.0-6
思えば、最初から違和感はそこにあったのだ。
ただ、明確な形となる素材がなかっただけで。
「封印を……!」
魔王自身が己の封印を望んで叫ぶ。そこには、先ほどまでの虚無の冷たさは見当たらない。
ケホ……ッ、と小さく咳き込んだアリアは、ぐらりと身体がよろけ――。
「アリア……ッ!」
「……ギ、ル……」
ほんの短い距離とはいえ、瞬間移動ですぐ横に現れたギルバートに抱き止められ、そのままユーリとシャノンのいる場所へと転移させられていた。
「アリア……ッ」
「よかった」
泣きそうな表情で心配するユーリと、大きく肩を落としたシャノンに迎えられ、アリアも解放された安心感からほっと肩の力が抜けていく。
「あまり長くは抑えられない……!」
「――っ!」
まるで身体の中から"なにか"が出てくるのを抑えるように自分自身を抱き締める魔王に、全員の困惑気味の瞳が向けられる。
「……貴方、は……」
――『その昔、偉大なる王族の一人が、その身を犠牲にして魔王封印の道筋を作ったらしい』
大昔、魔王の力を抑え込み、封印する為に、一人の王族が故意にその身を喰わせたという話はアリアもリオから聞いていた。
高い魔法の才と光の魔力を持ったその人物を魂ごと取り込むことにより、災厄にしか過ぎなかった魔王は御しやすくなったのだと。以後、そうしてその人物と協力しながら魔王を封印してきたのだと。
「……王家の、御先祖様……?」
「話している時間はないんだ……っ、早く……っ!」
アリアの問いかけに、魔王の中の"誰か"は封印を急かしてくる。
「……わかりました」
「リオ様……!」
きっと、リオも理解したのだろう。すぐに真剣な瞳で頷いた了承の意に、アリアは反射的に顔を上げる。
「ユーリ……ッ!」
「はい!」
ぶわり……っ! とリオの足元から神々しい光が溢れ、床へと巨大な魔法陣が展開されていく様に、ユーリもそれをサポートするように目を閉ざす。
「……ごめんね? 変な風に溶け込みすぎて、もう僕も正気を失っているんだ」
彼はもう、魔王のほんの一部分でしかなく、彼自身は存在していない。だから、正常な思考回路などないに等しくて。
「……俺に、弱点を見せていたのは貴方ですか」
「それくらいのことしかできなくて……。ごめん」
合点がいったという様子で確認を取るシャノンへ、彼は曖昧な笑みを見せる。
「いえ……」
なにを謝ることがあるというのか。
自らの生命と魂を犠牲にして、今なお闘っている彼のことを、誰が責められようか。
魔王の身体を中心に巨大な魔法陣が完成し、足元がまるで光の絨毯のように輝いた。
「……そんな、永い間孤独で……、寂しくはないんですか?」
ほんの一時しか話していないのに、すぐに別れの時を迎えなければならないことを感じて、アリアはそっと問いかける。
魔王は、この世に在る者の中で、唯一不老不死の存在だと言われている。だが、それは果たして幸せなことなのか。
厄災から国を守る為、自らその選択をした彼は永遠の地獄の中にあるのではないかと思ってしまう。
「……そうだね。そう思ってしまうことがあるから、君みたいな子が欲しくなってしまうのかもしれない」
「――っ」
くすり、と自嘲気味に微笑まれ、アリアは思わず動揺する。
確かに、誰か彼に寄り添える者がいれば、と思ってしまうのは完全なる同情だ。
「僕も、とうの昔におかしくなってるんだよ」
贄を求めるのは、魔王に呑まれた彼が孤独を埋める為なのか、それとも魔王自身の意思なのか、もはや境界線が曖昧すぎてわからない。
「……でも、この世界を……、みんなを守りたいと思っているのは本当だ」
彼は、寂しげに微笑う。
「僕は自ら望んで魔王に吸収されたんだ。みなの笑顔の為に」
思わず手を差し伸べてしまいたくなるのは"同情"。
アリアは、ついていくわけにはいかない。
――"この世界の不穏分子"。
……例え、世界が正常に戻ることを望み、アリアを排除しようとしているとしても。
「だから、そんな表情をしなくていい」
今にも泣きそうな表情になったアリアへと、彼は困ったように苦笑する。
「アリア」
「っシオン……ッ、大丈夫!?」
そこで、ふいにギルバートの元から引き離され、アリアはシオンを上から下まで見回した。
風を操り、クッション材にしていたことはわかるものの、かなりの勢いで吹き飛ばされていたのだ。
「あぁ、問題ない」
「……よかった」
例え大怪我でもリオやユーリの魔力であれば治せるとはいえ、治癒できるから構わないというわけではない。
「みんな……! 位置について……!」
「!」
封印の手順は聞かされている。
準備は整ったと告げるリオへ、アリアはコクリと息を呑む。
「……時間がないのはわかりました。だから」
「シャノン……!?」
そうして全員がリオの指示通りに動く中、シャノンは一人、それを無視して魔王の元へと走り寄っていた。
「…………っ!?」
ぐい……っ、と長身の魔王の身体を引き寄せ、その額へと自らの額を寄せて十数秒。
「……っ」
目を閉じたシャノンは、僅かに苦悩の表情を見せたものの、すぐにその身体から距離を取る。
「……貴方の想いはわかりました。俺が、全ての真実を受け止めます」
そうして淡々と告げて離れていくシャノンへと、魔王の驚いたような目が向けられる。
「……君、は……」
――やはり、この物語の"主人公"はシャノンなのだろうと思った。
孤独な魔王にすら、シャノンは強く、優しい。
「いくよ……!」
リオの呼びかけに、アリアたちはいつかと同じ五芒星の形を取って身を引き締める。
軽く目を閉じ、額へと意識を集中させ――。
「! 邪魔を……っ、するなぁぁ……っ!」
「――――っ!」
足元から黒い旋風が巻き上がり、その勢いに身体が後方へとよろめいた。
「……っ喰われてなお忌々しい……!」
自分の内にその意思と魔力が残ることは、魔王にとっても想定外のことだったに違いない。
「っ私の中から……っ、出ていけ……っ!」
それが無理ならば完全に喰われて呑まれろとばかりに、魔王はその身から禍々しい靄を立ち上らせる。
「ぐ……っ、ぅ……」
だが、その靄は不安定に揺らぎ、魔王はまるで頭痛と闘うように頭を抱えて奥歯を噛み締める。
「く……っ、今の、うちに……!」
ちらり、と目を上げたのは、表層面に現れた魔王の中に在る別の存在だろう。
「今なら闇を抑え込める」
そこへ、ぐ……っ、と手を突き出して禍々しい闇の魔力を沈下させたのは、黒い長髪を靡かせたネロだった。
「我々が拘束する」
再び、己の魔力を高めながら宣言されたレイモンドの力強い言の葉に、リオがこくりと頷き返す。
「お願いします」
「――――!」
水、風、火、土、の四色の光が魔王の身体を絡め取り、魔法陣の中央へと拘束する。
「みんな……っ、いくよ……!」
「「はい!」」
足元で輝く魔法陣の上へ立ち、各々の魔力を注いでいく。
「……っ……」
「ぐ、ぁぁ……!」
魔王を封印へ導こうとする魔力と、それに抗おうとする闇の魔力が激しい攻防を繰り返す。
各々の指環は光輝き、妖精界から流れ込む魔力を感じた。
「……っお前も……、来るんだ……っ……」
「!」
ゆっくりと光に呑まれていきながら、最後の抵抗とばかりに怒りに燃えた瞳がアリアの姿を捉えた。
「っアリア……!」