mission3-1 仮面パーティーに潜入せよ!
"ゲーム"の元々の話では。
セオドアの様子がおかしかったのは、そもそもセオドアの姉の様子がおかしかったことに起因する。
セオドアの姉は、婚約破棄を申し出されていた。
突き詰めると、どうやら愛する婚約者を自分の家の事情に巻き込まないようにする為の行為だと思われた。
姉の婚約者は、水面下で開かれていた妖しげな仮面パーティーの裏取引へと、望まぬ形で巻き込まれつつあったのだ。
そしてそれを突き止めたセオドアの手により闇取引の場は通報され、そこにいた者はみな現行犯逮捕となる。
しかし、そこにはセオドアを付けてきたユーリと、そのユーリを追って潜入していたシオンがいた。
そしてその後、シオンが非合法の人身売買の現場にいたことが判明してしまい、シオンが窮地に落とされるイベントがあったりもする。その救済のために動くユーリが、少しだけシオンに心動かされるという重要イベントだ。
元々はセオドアを助ける目的で始まったイベントの為、ここでセオドアルートも派生したりと、"ゲーム"の中でも重要ポイントだったりするわけなのだが。
その根本を全てひっくり返す為にアリアは動いていた。
そもそも、セオドアの姉の婚約者が裏社会の闇へと巻き込まれることがなければ、婚約者は救われる。シオンもまた、秘密裏に潜入するようなことにならなければ窮地に立たされることもない。
だからアリアは社交界で、その婚約者の家の周りの人間関係をずっと探っていた。そしてつい最近、少しだけひっかかりを覚える家柄の人間が接触を図ってきていることに気づいて警戒を強めていたのだ。
そこにきてこの話。
全ての点と点が繋がったとしか思えない。
この時点でルイスやシオンの耳に妖しげな噂が届いていなくても無理はない。
ただ、アリアは"知っていた"だけだ。
*****
「今回の目的は、あくまで非合法な仮面パーティーの実態を掴むこと。得られる情報はできる限り入手して貰うに越したことはないけれど、もし、魔族が暗躍していることがわかったとしても、そこまで手を出すようなことはしないこと」
わかったね?と周りの面々を見渡して厳かに指示するリオは、既に王族としての威厳を充分に醸し出している。
万が一魔族の存在が明らかになっても手出しはせず、討伐は国の専門部隊に任せるようにと強く言い聞かせるリオたちの目的は、シオンが手に入れてきたまた別の情報により当初のものとは少しだけ変わっていた。
例のクスリの出処を突き止めることは最終目的ではあるものの、妖しげなパーティーを主催する裏組織の解体そのものが主だった目標だ。
現場の状況を確認し、保安部隊に乗り込ませる。
驚くほど巧妙に隠された仮面パーティーの開催については、まだ核心的な情報に至っていないため、国の上層部を動かすことはリオでも叶わない。
そのために必要となるのが、言い逃れができない状況での現場への踏み込みだ。
「それからユーリ」
と、動きやすさを重視した軽やかな黒いドレスに身を包んだユーリへと向き直り、リオはユーリを傍へと招く。
「君のその状態は非常に危険だ。申し訳ないけど、魔力は封印させて貰うよ」
魔法が一切使えなくなる代わりに、ユーリの最大の弱点である外部への魔力の漏れがなくなると言って、リオは蒼色の魔石を取り出す。
そもそもユーリはまだ魔法を上手く操れないのだから、封印したところでなんの問題もない。
だから取り留めて反対の意思を示すこともなく素直にリオの術に応じているユーリの姿をみつめ、アリアは軽く目を見張っていた。
「そんなことができるんスか?」
「ユーリのことがキッカケでね、覚えたんだ」
ユーリへと術を施すリオを驚いたように見つめ、ルークが口笛を吹くような仕草をする。
「元々は、魔力の高い犯罪者に施される封印魔法で、禁呪に近いものだけどね」
限られた王族のみが使うことを許されている禁止魔法。とはいえ、才能がなければそもそも扱うことができないのだから、禁止する意味もあまりないのかもしれないが。
(もう使えるなんて……!)
さすがリオ様っスね!とキラキラとした瞳で感動しているルークを横目に、アリアは一人息を呑む。
アリアの知る"ゲーム"の中で、リオがこの術を習得したのは中盤を過ぎた頃だったように思う。
それはすでに高位魔族にユーリの存在を知られた後だった為、結果的にユーリの存在を隠すことはできなかった。
けれど、今は違う。ユーリの存在を"あの男"が知るきっかけとなるのは、まさに今これから始まろうとしているイベントの中での出来事なのだから。
(これならユーリは大丈夫!)
"ゲーム"とは確実に変わっている明るい現実に、アリアはほっと息をつく。
本当は、どうユーリを守ったらいいのか頭を悩ませていたのだ。
できることなら、危険を呼び寄せる可能性のある今回の潜入には参加させないようにしたかった。
いくら"ゲーム"の時間軸と異なるイベントとはいえ、これも"ゲーム"の強制力かと人知れず悔しい思いをしていた。
(でも、これなら大丈夫……!)
万が一ユーリと遭遇してしまったとしても、ユーリの魔力の魅力に気づかれることはない。
「これで大丈夫」
封印の呪符を終えて穏やかにそう告げたリオの言葉が、まるでアリアへと向けられたもののように感じられた。
「くれぐれも気をつけて」
連絡が来たらすぐに突入させるから、と、真剣な面持ちで全員の顔を眺めるリオは、できることならば自分自身も動きたいのだろうと思う。
「ご期待に添えられるように頑張ります」
セオドアが優等生らしく深く頷く中、明るく笑うルークと、静かに溜め息を吐き出すシオンの、正反対の反応がそこにはあった。