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「「アリア……ッ!」」

 今まで以上の緊張感が走り抜け、各々(おのおの)の口から焦燥の声が上がる。

 アリアが魔王の手元にいる以上、安易に攻撃をすることもできずにギリリと唇を噛み締める。アリアを救出するタイミングを見計らうように、いくつもの鋭い視線が突き刺さる中、魔王はそんなものには気づかない風にくすりと微笑んでいた。

「僕の役目はね。君を還す(・・)ことだから」

「――っ」

 ひっそりと落とされる囁きに、アリアは大きく目を見開いた。

 魔王は最初から、アリアの正体(・・)を知っていて、その為に動いているようなことを匂わせていた。

 アリアを"還す"というのは、"あちらの世界へ戻す(・・)"という意味だろうか。

 ――それは、肉体的に? それとも精神的なもの?

 この身体、"アリア・フルール"自身はこの世界の住人だ。その言葉が示す真の意味を図りあぐね、アリアの瞳は動揺に揺らめいた。

 魔王は、アリアのことを"イレギュラー"と言っていた。確かにアリアは、この世界にとっては異質な存在なのかもしれないけれど。

「僕は、このままこの世界を破壊し尽くしても構わないんだ。それが()に与えられた業だからね」

 アリアに選択肢を与えるように、魔王は甘い囁きを落としてくる。

「ただ、それじゃあまりにもつまらないだろう?」

 くすくすと溢れる笑いは、まるで子供が組み上げたブロックを壊して面白がるような、そんな純粋な破壊行動への愉悦が滲んでいた。

「……それ、って……」

「一緒に来るなら教えてあげる」

 この世界の"創造主"は"制作会社"。魔王の言う"神"がそれとは別のことを示すのか、アリアが問いかけの目を向ければ、青年はにこりと邪気のない笑みを返してくる。

「痛いことはしないよ? 僕が飽きるまで付き合ってくれれば」

 一体なにに付き合えというのだろう。

 その身体に纏わりつく空気は酷く禍々しいものなのに、微笑むその顔はまるでリオを見ているかのようで、アリアは感じた違和感に思わず疑問符をぶつけてしまっていた。


「……貴方は、"魔王"……?」


 自分でも、なぜそんなことを思ったのかはわからない。

 だが、アリアのその問いかけに青年の眉が顰められ、アリアは感じるままの質問を重ねていく。

「……名前」

「?」

 意味がわからないと、益々(ますます)眉間へと寄る皺に、アリアはおずおずと口を開く。

「……貴方の、名前、は?」

 魔族にも名前はある。ならば、魔王にも名前はあるのだろう。

 "あるある"大好きな「禁プリ」の"スタッフ"が、魔王を名無しになどするわけがない。

「……な、まえ……?」

 にも関わらず、青年は呆気に取られた様子で顔へと動揺の色を浮かばせる。

「な、まえ……」

「…………?」

 茫然と額に目を遣る魔王の姿は恐ろしさなど欠片もなく、アリアは不思議そうに瞳を瞬かせる。

「僕、は……」

 混沌とした闇を纏い、破壊と残虐とを好む存在の中に、なにか別のものが見え隠れした。


()は魔王だ。それ以外の何者でもない」


「――!」

 途端、凍るような冷たい瞳に見下ろされ、ぞくりとした悪寒に背筋が震えた。

「……だ、れ……?」

 先ほどまでの青年と、今はまるで雰囲気が異なっている。

 思えば最初から、その言動には違和感があったようにも思う。

「……貴方が、"魔王"……?」

 自分を見下ろす虚無の瞳に唇が震えた。

 自分でも、なにを言っているのかよくわからない。

 ただ、どこかにヒントが隠れていたような気もして、アリアは意味のわからない緊張感に胸がドキドキと高鳴っていくのを感じていた。

 魔王であって魔王ではない……、魔王ではないけれど、確かにそこには闇の世界の王が存在している。

 その、意味は。

「忌々しいヤツだ……っ! 全員消し飛ばしてくれる……!」

 抱えた葛藤や苦悩さえ吹き飛ばそうとする勢いで、魔王の足元から黒い突風が舞った。

「! みんな……っ!」

 今までになく禍々しい闇の気配が充満し、アリアは魔王の腕に囚われたまま、思わず逃げてと声を上げる。

 ――ダァァーン……ッ! と。

 足元が揺れ、まるで火山が噴火する時のように、極限まで抑え込まれた闇の魔力(ちから)が爆発し、四方八方へと弾丸のような勢いで降り注ぐ。

「……く……っ」

「ユーリ……ッ! シャノン……!」

 その中でも一番勢いよく襲った闇の(やいば)に焦燥の目を向ければ、ユーリとルーカスが光の盾を生み出していた。

「任せてください……!」

「っラナ様……!」

 そこへ、駆け寄ったラナが光の盾の前へと滝のような水流を生み出して、防御力の強化をする。

「こちらは心配するな」

「レイモンド様……っ」

 リオの横にはレイモンドがつき、同じように光の防御壁を展開させていた。

 だが。

「っく……、魔法陣……、が……っ」

「リオ様……っ!」

 リオの蟀谷(こめかみ)へと汗が伝い、床に描かれていた魔法陣の発光が弱まっていく。

「! オレが……っ!」

「ダメだユーリ……ッ! 今、手を抜くな……!」

 リオの補助(サポート)に回ろうとしたユーリは、離れた位置から叫ばれるルークの声に悔しげに唇を噛み締めて、未だ威力の衰えない闇の猛追を睨み付ける。

「でも……っ、このままじゃ……!」

 ユーリの焦燥は現実のものとなり、火が水に消し止められていくかのように、魔法陣の輝きは仄かな光を放ちながら闇の中へと溶けていく。

「! 魔法陣が……!」

 足元の魔法陣が消えるということは、今までその場に魔王を留めておいた枷がなくなるということ。

「……さて、次はどうしてくれようか」

「!」

 完全に溶けて消えた魔法陣にくすりと冷笑し、魔王はちらりとアリアの顔を見下ろした。


「まずは、娘。お前から始末してくれようか」


「っ!?」

 自分は"捧げ物"という立場だから、この場で命を取られることだけはないだろうと、そんなことを思っていたわけではない。

 ただ、アリアを人質にしてこの場にいる者たちを殲滅させるようなことはあっても、まずアリアから狙われるとは思っていなかった。

 なにを考えているのかわからない、統一性のないそれらの行動に、アリアは驚きつつも瞳を揺らめかせる。

「それとも素直に私のものになるか?」

 く……っ、と残忍な形に唇が歪み、魔王の両手がアリアの首にかけられた。

「……ん、ぅ……っ、く……っ」

 ギリギリと首を締め上げられ、呼吸のできない苦しさに顔が歪む。

 首を支点に少しずつ身体を上に持ち上げられるような気配があって、抵抗しようと伸びた指先から力が失われていく。

 震える指。

「! アリア……ッ!」

 怒りに満ちたシオンの声が飛び、アリアはうっすらと開いた瞳の端に、こちらへ飛び込んでいる疾風のごとき存在を映し込む。

(! シオン……!)

 ――「ダメ……!」

 制止の言葉は声にならずに、酸欠からか自然と涙が溢れ落ちた。

 シオンの手に光の(やいば)が握られて、魔王に向かって振り下ろされ――、ようとした瞬間。

(シオン……ッ!!)

 ダン……ッ! と魔王が地を蹴って、そこから真っ黒な爆風が巻き上がる。

「――――っ!」

 シオンの身体は遥か後方へと吹き飛んで、床へと叩きつけられそうになったその瞬間、ぶわりとした風が舞い、なんとか体制を立て直していた。

「アリア……ッ!」

 それでもガクリ、と膝をつき、必死の形相で叫ばれる自分の名に、アリアは唇を震わせる。

「シオ……、っん、く、ぅ……っ」

 もはや爪先立ちになったアリアは、指先が痺れていく感覚を味わいながら顔を歪ませる。

「どうする。このまま殺されるか? ヤツらの怒り狂う姿を見るのも、それはそれでまた一興だ」

 闇の世界の頂点に立つ王は、なによりも負の感情を好む存在。

 くつくつと楽しげに洩らされる低い嗤いに、アリアは気持ちだけは嫌々と首を横に振る。

 殺されたくはもちろんないし、みんなを苦しめたくもない。

「ここでお前を犯し殺すのも愉しそうだがな。絶望ほどの美味はない」

(……どう、すれば……!)

 成す術もない状況に、ぎゅ……、とアリアの瞳が閉じられて――。


「……っ僕が抑え込んでいる間に早く……!」


 パッ、とアリアの身体は解放され、魔王自身の口から「逃げろ」という言葉が放たれていた。

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