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瞳の奥に、僅かな憤りの覗く双眸がシャノンに向けられた。
「……お前は、ナニモノだ……?」
まさか、自分の弱点を見抜かれることがあるとは思ってもいなかったのだろう。探るような瞳に鋭く射貫かれ、シャノンは緊張を解そうとするかのように小さく吐息をつく。
「……さぁ、な」
そもそも、魔王に"弱点"というものがあるということ自体が、アリアには俄に信じがたい。だが、弱点でもない限り、本来魔王を弱体化させ、封印することなど不可能に近いだろう。
"主人公"であるシャノンの特殊能力を最大限に利用した、魔王との闘い方。
"ゲーム"のご都合主義だと言ってしまえばそれまでだが、よくできた設定だとは思う。魔力そのものは強くないシャノンが"主人公"として魔王と対峙し、成り立つ理由。
恐らくは、弱点を見抜くシャノンの指示の元、魔王を封印する。そういう流れなのだろう。
「……まぁいい。まずはお前から屠ってやる」
ふぅ……、とわざとらしく肩を落とした魔王が身構え、右の掌へと闇の魔力を凝縮させていくのに、アリアは大きく目を見開いた。
「! シャノン……ッ!」
まずは一番厄介になりそうな相手から無効化していくことは常套手段だろう。完全に一番最初の敵を見定めた魔王が、先ほどのお返しとばかりに黒い球体をシャノンに向かって投げつけた。
「……ギル! ルーカス……ッ!」
シャノンを守るように一歩前へ進み出たギルバートとルーカスが、瞬時に光の盾を作り上げる。
「任せて……!」
「っ!? ユーリ……!?」
光と闇の魔力が激しく衝突した直後、チラリとアリアに視線を投げたユーリが、颯爽とシャノンの元へ駆けていく。
「させない……!」
刹那、押され気味だった光の盾へと、ぶわり……っ!と黄金の輝きが溢れ、少しずつ闇の塊を侵食していった。
「――――!」
そうして完全に光の中へと呑まれた闇の魔力に、魔王の瞳が僅かに見張られる。
「シャノン……ッ、次は……!?」
「っ! 右肩……!」
間髪入らずに指示を仰ぐユーリへと、頭痛でもするのか、蟀谷辺りを抑えたシャノンがすぐに反応する。
「な、にを……」
驚愕に身動ぎした魔王は、だが、すぐに目の前へと迫ってきた光の矢の連投にハッと目を見開くと咄嗟に闇色の靄を生み出した。
けれど。
「っ! く……っ、ぁ……!」
最初の数本は闇の中へと消えた光の矢は、すぐに靄を突き破り、魔王の右肩へと突き刺さる。
「……っお前、たち……っ」
「さすがシャノン」
「それはこっちのセリフだ」
ギラギラとした魔王の視線を二人で真っ直ぐ受け止めて、ユーリとシャノンは不敵な表情で並び立つ。
(……っカッコいい……!)
この世界の"絶対的主人公"二人の共闘。この二人が手を組めば、不可能なことなどなにもないのではないかと思わせる安心感がそこにはある。
思わず緊張感を手放して、アリアはそんな二人の姿に惚れ惚れとしてしまう。
単体で言えばアリアの"一推し"はシオンやギルバートだが、"主人公"二人がタッグを組むと、これほどときめくものなのか。
「ぶっ倒れても諦める気はない」
「倒れても視み続けてやる」
肩に刺さった光の弓が抜けずに踠いている魔王を睨み付け、ユーリとシャノンは力強く宣誓する。
「「アリアは俺たちが守ってみせる……!」」
「ユーリ……、シャノン……」
シャノンが視んだ弱点へと、ユーリが光魔法を叩き込む。そこで精霊王たちが魔王を拘束し、指環を持った7人が援護射撃する。
見えてきた勝利への道筋に、希望の光が差す。
「「だから」」
各々、シオンとアラスターの親友へと、ユーリとシャノンは至極真面目な目を向ける。
「「その時は頼んだ」」
倒れた後は任せたと、絶対的な信頼を置いた二人に、シオンとアラスターは僅かに目を見張ってから諦めたように了承の意を込めた溜め息を洩らしていた。
「一斉攻撃……っ!」
「「!」」
シャノンの指示を受け、各々の属性を込めた攻撃魔法を構築し、その場から動けずにいる魔王へと注ぎ込む。
水の刃に、触れた物全てを切り裂くような鋭い風。雷電、火炎放射、土の錐。
ギルバートとルーカスが先ほど魔王の中へと溶かし込んだ自らの闇魔力を内部で暴発させ、リオは光の矢が刺さった肩へと杭を打つ。
精霊王たちが魔王を拘束するタイミングを見計らい……。
「っ! 人間風情がぁぁ……っ!」
刹那、禍々しい闇が魔王の身体から立ち上ぼり、大地が震えた。
「っこんな……っ、こんな……っ!もの……ぉぉ……!」
ギロリと血走った眼が見開かれ、放った攻撃魔法が押し返される気配がした。
「アイツの中に、弱点……、というか、核みたいなものが視える」
恐らくは、また破られてしまうであろう反撃を前にして、シャノンが口早に説明する。
「"魔王"なんて存在を名乗るくらいだ。人間で言う心臓的なものはないんだろ?」
恐らくは、それに代わるものが自分に視える核のようなものだと言って、シャノンは魔王へと目を凝らす。
「身体の中で位置が動く」
不規則に核の見える場所が変わるというのは、魔王にとっての心臓的な"なにか"が数個存在している為か、それともその身体の中で常に動いている為か。
「的確に攻撃してくれ」
静かに告げられたその言葉に、全員が神妙な面持ちで頷いた。
(また"パターン"……!)
本来勝てるはずのない"ラスボス"の"弱点"が見えるなど、"ゲーム"の"王道パターン"すぎて、アリアは引き攣った笑いを浮かべてしまう。
けれど、これが正しく本来の"ゲーム"の流れなのだろう。
「く……っ、ぁあ……!」
「! 来る……!」
力業で光の刃を弾き飛ばした魔王の次の行動を視んだシャノンが、一同へと振り仰ぐ。
「下がれ……!」
直後、四方八方に弾け飛んだ無数の闇の弾丸に、みな後方へと飛び下がりながら防御壁を展開する。
「っ! 忌々しい……!」
憎々し気な瞳がシャノンを睨み付ける。
魔王が前に突き出した掌から闇の塊が放出され、一直線にシャノンを襲う。
「! シャノン……ッ!」
「大丈夫だ」
ギルバートとルーカス、ユーリが緊張の面持ちで防御結界を出現させる中、アリアの瞳に金色の長い髪が映り込んだ。
「ッ、レイモンド……ッ」
すぐ横に立ったレイモンドが、真っ白に輝く光の盾を作り出し、ギルバートが驚いたように振り返る。
「これくらいのことは頼ってくれないか」
光の魔力に関して言えば、レイモンドの右に出る者はいないだろう。
溶けるようにして消えた己の攻撃に、魔王の目が見開かれる。
「! お前は……っ、光の精霊王か……!」
最初の攻撃で精霊王たちの存在自体には気づいていても、改めて驚愕に目を見張った魔王は、忌々しげに口を開く。
「なぜお前たちがここにいる……!」
この数千年、魔王の前に姿を現すことのなかった精霊王たちの存在。
一人一人の魔力は魔王の足元に及ばなくとも、全員が人間と手を組んだ時には厄介になる。
「お前を封印する為以外の理由が必要か?」
怒りに満ちた魔王の叫びを臆することなく受け止めて、レイモンドは淡々と冷静な目を向ける。
「……まぁいい。ならば纏めて消すまでだ」
ギリギリと奥歯を噛み締めながら、魔王の身体を今までになく禍々しい闇の魔力が囲っていく。
それは、間違いなく魔王がまだ本来の魔力を取り戻していない証拠であり、と同時に、少しずつ取り戻していっている証拠でもあった。
だが。
「右の腰……!」
「――!?」
弱点が視えたと同時に叫ばれるシャノンの指示に、魔王は身を捻り、ユーリを始めとしたその場にいる面々が一斉にその一点への攻撃魔法を炸裂させる。
「く……っ、!?」
一旦その場から逃れようとした気配の見えた魔王だが、すぐにその目は驚愕に染まり、己の足元を見下ろした。
「っ! っぐぁぁあ……っ!?」
右の腰を貫かれ、絶叫が響き渡る。
「な、にが……ぁぁ……っ!?」
一体魔王の身になにが起こっているのか、アリアにもすぐにはわからなかった。けれど怒りに満ちた瞳はある人物へと向けられて、ギラギラとした憎悪に燃えていた。
「っ! お、前……っ!」
まるで"陰陽師"のように両手を組み、全身に仄かな光を纏ってそこにいた人物は。
「リオ様……っ」