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 目の前の青年が、なぜアリアのことを知っているのかと問いかけることは愚問だろう。そもそも、彼は"贄"としてアリアを指名してきたのだから。

 それらの情報をどのようにして得ているのかは不明だけれど。

「今ならまだ許してあげるよ?」

 今、アリアがその手を取れば、大人しく眠りに戻るとでも言っているかのようなその言葉に、アリアの瞳は動揺に揺らめいた。

「……どうして、私?」

 それは、ずっと疑問に思っていたこと。

 "ゲーム"の中で、誰が魔王に望まれていたのかはわからない。だが、ユーリだということがあったとしても、さすがにアリアでないことは確かだろう。

 そんな"ヒロイン"ポジションに、「1」の端役だったアリアが選ばれるわけがない。

「それは、君が一番よくわかっていると思うけど?」

 くす、と意味ありげに笑った青年――、魔王に、なぜかアリアの心はざわついた。


「この世界の"イレギュラー"。僕は正そうとしているだけだ」


「!」

 ――イレギュラーな存在。

 この世界にとっての異質分子。"運命"を曲げる存在。

 "魔王"なる存在は一体なにをどこまで知っているのかと大きく目を見張ったアリアへと、魔王は静かに告げてくる。

「僕はただの破壊神じゃない。神の意志を受けているだけだ」

 ――神の意志。

 異質な存在を排除する為の代行行為。

「……それ、って……」

 もし、この世界にとっての"神"的存在がいるとして。それが"ゲーム製作者"とは別の存在だったとして。

 "神"なる者は、"ゲーム"とは異なる結末を迎えたこの世界を、許せないとでもいうのだろうか。それこそ"強制力"のようなもので、元の在るべき形に戻そうとでもしているのだろうか。

「君はあちら側(・・・・)の人間だ。来てくれるね? 一緒に行こう」

 再度優しく手を差し伸べられ、アリアは心臓が嫌な音を立てていくのを自覚する。

「……わ、たしは……」

 ――本来、ここにいてはいけない存在。

 それをはっきりと告げられて、困惑しないわけがない。

 ここまで"ゲーム"の流れを変えてきたことに、後悔は一切していない。……それは、"最推し"の"シオン×ユーリCP"が見られなかったことだけは、今でも少し悔しいけれど。

 これから先もシオンの傍にいることを疑っていなかった。けれど、世界がそれを許さないというのなら。元の姿に戻ろうとしているというのなら。

 ――(あらが)っては、いけない気がした。

「アリア……ッ」

 と、そこで焦ったような声色を響かせたのは後方に待機しているはずのシャノンだった。

「惑わされるなよ? 魔王は全ての負を司る存在だ。猜疑、疑心、欺瞞。不安を煽って精神的に揺さぶりをかけ、アンタを上手く騙して連れていこうとしているだけだ」

 気づけばシオンとユーリがアリアを庇うように前に立ち、隣へとやってきたシャノンが挑むような目を向ける。

 そう……、なのだろうか。とてもそれだけとは思えずに、アリアの嫌な心音は大きくなっていく。

「おいで」

 そう誘う声色は酷く甘かった。

 まるで、"あちらの世界"に帰ろう、とでも言っているかのようで。

 アリアには、リヒトと違って"あちらの世界"で死んだ時の記憶がない。まさか、リヒトのように死んで"転生"したのではなく、なんらかの理由でただ眠っているだけだとしたらどうなるのだろう。"あちら"の家族は、彼女(・・)が目を覚ますことを――、還ってくることを待っていたりするのだろうか。

「……貴方は、なにを……」

「アリアは渡さない」

 魔王はこの世界のどこまでのことを知っているのかと口を開きかけたアリアの疑問符は、鋭い目を向けたシオンの厳しい声によって切断された。

「お前たちの意思は関係ない」

 おっとりとした雰囲気を纏いつつ、こちらを一切相手にするつもりのない魔王の声色はとても冷たいもの。

「……アリア?」

「……私、は……」

 優しげな目を向けられて、アリアはコクリと息を呑む。

 ――ココにいたい。みんなが好き。

 けれど、"あちらの世界"の彼女(・・)の家族は今どうしているのだろう。確か、受験を控えた子供もいたはずだ。

 ここでこちらに留まることを望むということは、あちらの家族を見捨てるということに繋がってしまうのだろうか。

(……"私"を、元の世界に戻そうとしている……? でも……)

 魔王の真意がわからず動揺する。

 そんなアリアの迷いをどう取ったのか、魔王はわざとらしい小さな吐息をついていた。


「……仕方がないね。ならば、当初の予定通りこの世界を滅ぼすまでだ」


「「!」」

 滅びてしまえば関係ない。そう楽しげに笑う魔王は、やはり間違うことなき破壊神だった。

「気が変わったら言ってくれ。特別に許してあげよう」

「お前に許してなんて貰わなくていい……!」

 ゆうらり、と闇色の陽炎(かげろう)のようなものが魔王の身体から立ち上ぼり、臨戦態勢に入り始めたのを見て取って、ユーリがまるであっかんべーでもしそうな勢いで反抗する。

「髄分と威勢のいいコザルだな」

 僅かに眉を顰めた魔王からは、不快そうな色が滲む。

 そうして。

「……!」

 軽く両手を広げたその掌へと闇の魔力(ちから)が集まっていく気配がして、全員の顔へと緊張が走り抜けていく。

「精霊王……!」

「任せろ」

 六人の精霊王を振り仰いだリオへ、レイモンドの低い声が響いていた。

「――――っ!」

 刹那、逃げる隙もなく再び六色の(やいば)が魔王を貫き、その身体を地に縫い留める。

「みんな……っ!」

「はい……!」

 頷いて、光の魔力を交えた各々の攻撃魔法が魔王を襲い、炸裂した。

「く……っ、ぁ……っ」

 真っ白な霧のような中から苦しげな声が聞こえ、精霊王たちの拘束から(あらが)おうとするような気配を感じる。

「……っ……、っさすがに目覚めたばかりの身体には堪えるな……っ」

 やはり、覚醒したばかりの身体は力も半減しているらしい。悔しげに呟く声が聞こえ、

「っだが……っ」

 パリン……ッ! と。先ほど同じく音なき音が聞こえ、攻撃魔法が弾かれると同時に精霊王たちの拘束も霧散していた。

「「!!」」

「何度やっても同じこと」

 平然とそこに佇み、冷たく微笑(わら)う魔王に愕然とする。

 ――まさか、ここまで力の差があるとは……。

 歴然とした違いを見せつけられて背中に冷たい汗が伝っていく。

「だが、随分と魔力(ちから)は消耗しているようだが?」

 そんな中、冷静に反論したのはレイモンドだった。

「見た目にも言葉にも騙されるな。負の象徴である魔王はそういう存在だ」

 淡々とした口調ながらもきっぱりとそう断言したレイモンドの姿は、その場に少しの安心感をもたらした。

「……確実に効いてる……!」

 力強いシャノンの言葉に、シオンとユーリがほぼ同時に魔王を睨み付ける。

「だったら……」

「何度でもやってやる……!」

 手を突き出し、鋭い風の(やいば)と光の矢が放たれる。

「! ユーリ! シオン……ッ」

 迫り来る攻撃に、魔王は腕を大きく一凪ぎし……。

「はっ。効かないな」

 闇色の突風が吹き、それは空気へ掻き消えた。

「……それはどうかな」

「シャノン……?」

 ぽつり、と届いたのはシャノンの真剣な呟きだった。

「ギルバート!」

 突然の指名に、ギルバートが驚いたように目を丸くする。

 だが、すぐにシャノンの指示を理解して、額へと意識を集中させる。

 シャノンも風魔法は得意な方だ。風を操り、ギルバートの元へと駆けていくと、一言二言なにかを告げる。

「! また難しい注文を……!」

「文句言ってる余裕があるならやれ」

 ちっ、と舌打ちするギルバートへ、シャノンはしれっと命令する。

「わかってる……!」

 直後、ギルバートは闇色の小さな球体をいくつも作り出し、次々とそれを投げつけていた。

「……」

 僅かに眉を顰めた魔王は、なにを考えているのか未だこちらに攻撃を仕掛けてくる気配はなく、投げ込まれた球体を消滅させるでもなく吸い取って(・・・・・)してしまう。

 それは、ギルバートの攻撃が闇魔法だった為だろう。

「――――っ!?」

 だが、魔王のその行動こそが仇となる。

 パァァーン……ッ! と、風船が弾けるような無音が響き、魔王の身体のあちらこちらが闇に溶けるように破壊される。

「まさか闇の魔法(ちから)に裏切られるとは思ってなかっただろ?」

 驚いたように自分の身体を見下ろす魔王に、ニッ、と不敵に笑ったシャノンの強気な瞳が向けられる。

 闇の者を討つ為に一番有効な魔法(ちから)は、闇とは相反する位置にある光魔法。

 だから今まで、闇の世界の頂点に立つ魔王に、同じ闇魔法で対抗するような真似をした者は恐らくいないだろう。

 魔王に、闇の魔法(ちから)をぶつけたとしても勝てるわけがない。だが、こうして多少なりともダメージを負わせることや不意を突くことは可能だった。

「そのまま抑え込めるか?」

 とはいえ、闇色の(もや)を纏いながらみるみると修復されていく身体をみつめながら、シャノンはさらなる要求を口にする。

「……っく……、そもそも格が違うのにそれは無理だろ……っ」

 破壊の魔力(ちから)を込めた球体を投げつけた後、ギルバートはすぐに魔王の中に僅かに溶け込んだ闇の魔力(ちから)を使い、その身体を拘束しようと力を尽くしていた。

 だが、多少その動きを鈍くするくらいのことはできても、元々の力の差は歴然としている。それは幼子が大人に力比べを挑むようなものだった。

「闇魔法の強化は僕くらいしか……、いや」

 そのすぐ横で、ギルバートの補助(サポート)に回ったルーカスが呟きかけ、ふとなにかを思い出したかのように顔を上げる。

 闇魔法は特殊なもの。本来人間(・・)の手には入らない魔力(ちから)

 ――そう……、人間には(・・・・)

「私の存在を忘れないで貰いたいね」

 そこで、す……っ、と前に進み出た人物に、数歩離れた位置にいたアリアの瞳が驚いたように見張られる。

「! ネロ……、様……?」

 黒く長い髪。同じく黒を基調とした裾の長い服は、片手の袖部分と反対側の肩から腕にかけて、金色の刺繍の施された赤い布地がポイントとなっている。

 声色と口調までもいつもと違う、完全なる"美青年"。

「今頃気づいたのか? こんな場だしな。正装、といったところか」

「っ」

 くすり、と微笑(わら)う仕草までがきまっていて、アリアは思わずドキリとしてしまう。

(なにこのギャップ萌え――!)

「禁プリ」の"制作スタッフ"は、一体どこまで"腐女子"の心を鷲掴みにすれば気が済むのか。

 まさか"オネェキャラ"のネロが、こんな大変身を遂げるなど、想像だにしていない。

「指環も頼れ。私も補助(サポート)する。それで?」

 だが、この緊張感溢れる場面でそんな葛藤を繰り広げているのはもちろんアリアだけで、用件のみを端的に告げたネロは、シャノンへ次なる指針を求めて目を向ける。

 ルーカスとネロがギルバートの闇魔法を後押し、魔王の身体へと絡みつく。

「! 生意気な……っ」

 自分には遥かに及ばないはずの力が纏わりついて離れない様に、魔王からは苛立たし気な舌打ちが洩らされる。

「…………っ」

 目を閉じたシャノンが魔王の深層心理を探るべく意識を集中させ、苦し気に奥歯を噛み締める。

 そうして。

「! 額部分だ……っ! 一点集中攻撃……!」

 ハッとなにかに気づいたように顔を上げたシャノンが、直後大声で放った指示に、全員が一斉に身体の前へと腕を付き出していた。

「!」

「「!」」

 魔王の表情が僅かに驚きの色を見せ、それを見逃さなかった面々も緊張に息を呑む。

 ――チャンスだ――、と。

 そう思えば肩に力も入ってしまう。

「――――っ!!」

 闇以外の攻撃魔法が、11方向から放たれて、魔王はその場から逃れようと身を捻る。

「く……っ」

 だが、渾身の力を込めたギルバートたちの拘束によって動きを制限された魔王は、その足元からぶわりと闇色の風を生み出すだけに留まっていた。

「っ! ……っぐぁぁぁぁ……!」

 瞬間、額へとなにか金色の印のようなものが浮かび上がり、錐のように一つとなった各々の属性魔法が突き刺さる。

「……この……っ、程度で……!」

 ギリギリと魔王の奥歯が噛み締められ、悲痛な声が洩れ聞こえた。

「っこの程度で……っ、私をどうこうできると思うなよ……っ!?」

 頭を抱え、髪を振り乱しながら、魔王の瞳がカ……ッ!と大きく見開かれる。

「――――っ!?」

 ぶわり……っ! と突風が足元を突き抜けて、その額へと突き刺さっていた鋭利な魔力が粉々に砕け散っていた。

「……少し、嘗めていたな」

 荒い呼吸で肩を上下に揺らしながら、憎々し気な双眸がギロリと辺りを見回した。

 そうして呼吸を整えて、魔王はくすりと冷笑した。


「……そろそろ反撃させて貰おうか」

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