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322/399

キーパーソン

 いくらシオンの独占欲が強くとも、四六時中アリアを手元に置いて離さないわけではない。

 ユーリと雑談するシオンを視界の端に捉えながら、アリアは人の輪の隅の方にいる人物――シャノンの元へと足を向けていた。

「?」

 なんだ?と、訝しげに向けられる双眸に、アリアは思わず苦笑する。一見思っていることがわかりにくそうなシャノンだが、無表情なシオンと違い、意外と気持ちが顔に出る。

「……また、シャノンにたくさん頼ることになりそうだから」

 今回の作戦会議の中でも重要だとされたもの。その一つはシャノンの"精神感応能力"だった。

 それを使うことがどれだけシャノンの負担になるかと思えば、申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。

「なんだ、そんなことか」

「そんなこと、って……」

 だが、あっさりとそう言って肩を落としたシャノンに、アリアの瞳は動揺と困惑とに揺らめいた。

「なんだよ」

 探るようにみつめられる瞳に、アリアはきゅっと唇を引き結ぶ。

「……みんな、それを当たり前だと思ってるから」

 魔王を封印する為に、シャノンの特殊能力を使うこと。

 あらゆる魔法を繰り出すタイミング。そして、弱点を()み、効率的に弱体化させること。

 みんな、シャノンに頼ることを前提に話は進んでいる。

 そんなことを言いながらも、アリアでさえそう思っている。

 いくら封印から目覚めてすぐの弱体化した状態とはいえ、魔王は人の手に余る存在だ。その魔王を、"ゲーム"の中でどうやって封印したのだろうかと考えた時には、どうしたって"主人公"を中心に考えてしまう。

 きっと、"ゲーム"の中で、シャノンがその特殊能力を使ってみんなを導いたのだろうと。

 指環の気持ちやその場にいる者たちの行動を()みながら、最大の敵である魔王の思考を探る。闇の世界の頂点に立つ存在の思考に触れるなど苦痛だろうに、誰もがそれを当たり前のことと思っている。

 その話が出た時には、唯一アラスターだけが僅かな反応を示していたけれど、そのアラスターでさえ反対の声を上げたりしなかった。

 シャノンを、苦しませてしまうかもしれない。そう思うと、素直にシャノンの参戦を望めない自分もいた。

「……もし、シャノンの負担になるのなら……」

 無理はさせたくない、と瞳を揺らめかせるアリアへと、シャノンの深くて大きな溜め息が吐き出される。

「……アンタが言ったんだろ」

 それは、どこか呆れたような瞳で。

「この能力(ちから)は、"神様"が与えてくれたものだって」

 まぁ、そんな存在(もの)、俺は信じてないけどな。と肩を(すく)め、シャノンの目が真っ直ぐアリアを捉えてくる。

「俺は、なにもせずに後悔する方が嫌だ」

「……シャノン……」

 元々シャノンは正義感の強い真っ直ぐな性格だ。

 真っ直ぐすぎるからこそ、他人の心が視えてしまう自分の特殊能力に苦悩した。

 だから、どんなに苦難な道であろうと、自分のその能力(ちから)で誰かが救えるというのなら、シャノンはその道を真っ直ぐ進むことを選ぶのだろう。

「……正直、まだ少し怖い部分もあるけどな」

 そんな弱い自分に自嘲気味の笑みを溢し、「でも」とシャノンは強い光を瞳に湛える。

「救えるなら」

 そうしてアリアを真正面からみつめた後、チラリと遠くにいる精霊王たちへと視線を投げる。

「……なんか、腫れ物に触れるような感覚はあるんだけどな」

 それは、今日、初めて精霊王たち全員と顔を合わせたシャノンの感想だろうか。

 ――"腫れ物に触るような"。

 つまりは、それだけ彼らの過去は繊細なものだということだ。

 だが。

「あと一歩、って感じはする」

「え?」

 思いもよらないシャノンの回答に、アリアはぱちぱちと瞳を瞬かせる。

 遠い昔に起こった出来事に、部外者である自分たちが首を突っ込むことなどできないと思っていたけれど、それは一体どういうことだろう。

「……多分、アンタのせいだ」

「……ぇ……?」

 意味がわからずアリアは困惑する。

 確かにアリアは、ネロから過去の一部を吐露されてはいるけれど。

「……どっちかっていうと、根が深そうなのはアッチ(・・・)の方なんだよな……」

 そう言ってシャノンが視線を投げた先には、麗しの闇の精霊王・ネロの姿。

 レイモンドから伝わってくるものは、過去への恋慕や哀しみといった普通の感情だ。

 一方、一見ふざけた性格に思えるネロから伝わってくるものは、後悔だとか懺悔のような"苦しみ"。

「……うん……」

 間違いなく本質に触れているのであろうシャノンに、アリアはさすが"主人公"だと仄かな笑みを溢しながら頷いた。

 初対面こそ固まっていたシャノンだが、今はもうネロに対して偏見がなくなっていることが、それだけで窺える。

 誰よりも真実を見抜くシャノンは、表面上の言動や見た目だけでその人を判断したりしない。シャノン自身が望む望まないに関わらず、どうしたって流れてきてしまうその人の本質というものがある。

 きっと、ネロのことも誰よりも理解しかけているのだろうと思えば、やはりシャノンはこの"続編ゲーム"の"主人公"なのだと確信する。

 こうやってシャノンは、彼らの過去を解き明かし、その心を溶かしていくのだろう。

「どっちにしろ、キーはアンタだろ」

「……え?」

 だが、なぜか疲れた吐息と共にじろりとした目で見つめられ、アリアはきょとん、とした顔になる。

 物語を解き明かすキーパーソンは、他ならない"主人公"シャノンだと思うのだけれど……。

「時間が解決してくれるものもあるけど、それにしては時間がたちすぎてるしな」

「アラスター?」

 シャノンの横。ふいに話を継いだアラスターに、アリアはどういうことかと不思議そうな目を向ける。

「今まで、彼らの過去は彼らだけのもので、そこには誰も入って来なかったんだ」

 時と共に解決するものも確かにある。だが、ここまで動かないとなると、今さら変化を期待することはできないだろう。

 そして、もし、そこから動くことがあるとするならば。そこには、第三者の介入が必要となってくるに違いない。

 それこそ腫れ物を触るように、彼らはずっと、ただそこに佇み、みつめているだけだった。

「ここまで来ると第三者の存在は重要だ」

 詳しいことなどなにも知らないだろうに、それでも的確に告げてくるアラスターは、さすがシャノンの幼馴染みで"頭脳派ヒーロー"だ。

「……そうよね……」

 誰に言うでもなく口にされたその言葉に、アリアは、だから"主人公(シャノン)"の存在が必要なのだと実感する。

「…………意味、わかってるか?」

「? えぇ、もちろん?」

 シャノンからなぜか呆れたような双眸を向けられて、アリアは小首を傾げながら頷き返す。

「……」

「……な、なに?」

 じ、と見つめられるその瞳の意味はよくわからない。

「……いや。なんでもない」

 それからふい、と目を逸らされ、深々と落とされた溜め息に。

「? ??」

 アリアは頭の上へといくつもの疑問符を浮かべていた。





 *****





 詰められる話は全て詰め、精霊王たちを扉の向こうへと送った時には、()は完全に傾いていた。

 来た時と同じくウェントゥス家の馬車に揺られながら、窓の外に在る夕暮れ色に染まる町並みを眺めていると、すぐ隣から静かな低音が降りてきた。

「……アリア」

「?」

 振り向けば、そこには自分をみつめるシオンの綺麗な顔がある。

「……今日はこのまま泊まっていけ」

「え……?」

 そうして真摯な瞳で告げられて、アリアの瞳が戸惑いに揺れた。


 ――『ちゃんと抱き締めて眠ってやりなさい?』


 まさか、ネロのその言葉を本気にしていたりするのだろうか。

「ちゃんとお前の両親に許可は取る」

 勝手を押し通すのではなく、傍にいたいと真摯に頭を下げて外泊の許しを貰うと語るシオンに、アリアはまるで囚われたかのように時を止める。

「お前を一人にしたくないんだ」

 大丈夫だと信じていても、不安に襲われる夜はある。

 その腕に抱き締めて欲しいと願ってしまう事がある。

 一人で眠ることが怖い闇がある。

「もう、離さない」

 そっと伸ばされた腕がアリアを引き寄せ、シオンの香りに包まれる。

「……シ、オン……」

 痛いほどの抱擁に深い吐息を吐き出して、アリアはシオンの腰へ手を回すと、そっと目を閉ざしていた。

明日はR18を更新予定です。

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