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eat me

 尽きることのない話し合いは、それでも一度頭を休めることも大事だと、今は完全に気持ちを切り替えて、和やかな空気が広がっていた。

 冬に向かう季節ではあるものの、昼間はまだ暖かく、三時のお茶の時間を外で過ごすにはちょうどいい天気だった。

 用意された長テーブルの上へはお茶菓子と飲み物が並び、まるで立食形式のお茶会のような雰囲気を作り出す。そこへ、アリアも少しだけ作ってきた焼き菓子を並べれば、まるで甘い薫りに誘われてきたかのように、妖精たちも顔を覗かせていた。

「これが、例の焼き菓子ですか?」

「はい。これは"クッキー"です」

 手に取った丸い食べ物をしげしげと眺めているラナへと笑顔で頷いて、アリアはどきどきとそれが小さな口元へ運ばれるのを見守ってしまう。

 シャリ……ッ、と前歯がクッキーを(かじ)った音がして、それはもぐもぐとゆっくり咀嚼されていった。

「……どう……、ですか……?」

 誰しも好みというものはある。もしかしたら口に合わないということもあるかもしれないとおすおずと問いかければ、ラナの瞳は驚いたようにぱちぱちと(まばた)きを繰り返していた。

「……美味しい、です……」

 手元に半分残ったクッキーを、再度じっ、と眺めながら洩らされた感嘆の声色に嘘はなく、アリアの口元は綻んでいく。

「……これは、妖精(この子)たちが夢中になるのもわかります」

 あちこちで焼き菓子に(かじ)りついている妖精たちの姿をみつめ、ラナはふわり、と甘く笑う。

「いえ、そんな……」

 さすがにそれは大袈裟だろうと苦笑を溢すアリアの足元に、また一つ影が差す。

「あら? そんなに美味しいの?」

「ネロ様」

 口元に手をやって目を丸くしたネロの登場に、瞬間、アリアの隣に立つシオンにぴりりとした牽制の空気が走る。

「それじゃあアタシも一つ頂こうかしら」

 だが、素知らぬふりでにこやかに微笑(わら)ったネロは、傍にある焼き菓子へと手を伸ばすと、上品な仕草でそれを口に運んでいた。

「……なるほど、ねぇ?」

「……お口に合いませんか?」

 なにやら意味深な感想を洩らすネロの吐息に、アリアのおずおずとした目が向けられる。

「まさか。逆よ、逆」

 不安そうなその瞳の色に、ネロは顔の前で横に手を振ると、からからと軽快に笑い飛ばす。それからくすりとした笑みを溢し、悪戯っぽい双眸をアリアへ向けていた。

「これじゃあ、みんなアンタに堕ちちゃうんじゃないかしら?」

「そんな、大袈裟です……」

 気に入って貰えたならば嬉しいが、いくらなんでもそこまでは言い過ぎだと苦笑するアリアに、ネロは「あら」と笑んでみせる。

「本当よ?」

 そうしてネロは、甘やかな笑顔のまま、アリアへと至極真面目な疑問符を投げていた。

「まさか妖精(この子)たちが、本当に、ただ甘いものが好きなだけでアンタに焼き菓子? をねだってると思ってるの?」

「え?」

 本当に、妖精界にない甘いお菓子が物珍しくて気に入っただけだと思っていたアリアは、ネロのその質問に驚いたように瞳を瞬かせる。

「よーく見てみなさいよ。みんな、アンタが作ったものばかり食べているでしょう?」

 ネロが促した視線の先。そこには、アリアが今朝早くに作って持参した焼き菓子に(かじ)りついている妖精たちの姿。

 なにも、おかしな点など見当たらない。

 ただ、そう言われて意識してみれば、他に用意されたお茶菓子よりも、妖精たちはアリアの焼き菓子を好んで食べていた。

「それはね。食べ物に、作ったアンタの気持ちが込められているからよ」

「……え……?」

 確かに、料理には、それを作った人の気持ちが込められているとはよく言うけれど。だからといって、それが直接味に変化をもたらすものではない。

 だけれども。

 ――"気持ちの問題"。

 時にそれは、人の好みを変えてしまうほど大きなものにもなる。

「アタシたち妖精界に棲む者は、アンタたち人間よりも精神世界に近い存在なのよ」

 ネロの、その言葉が意味するもの。

「もちろん甘いものは好きだけれど、そこに込められている"愛情"というエッセンスが、なによりも作ったものを美味しくさせるのよ」

 妖精たちが、アリアの持参する手作り菓子を好んで食べるのは、そこに作った者の愛情が込められているからだ。

 宮廷の料理人たちが作ったものも確かに美味しいとは思うものの、アリアのそれには敵わない。

 見知らぬ誰かが義務的に流れ作業で作ったものよりも、それを作る過程で妖精たちのことを想って手を動かしていたアリアの焼き菓子の方が"美味しい"と思ってしまうのは、彼らにとってはとても自然なことだった。

 妖精たちは、甘い味そのものよりも、そこに込められた想いに反応しているのだ。

「……そんな……、ことが……」

妖精(あの子)たちのことを考えて作ってくれたんでしょう?」

 喜んで欲しい。笑って欲しい。そんなことを思いながら。

 アリアを守る為に協力してくれるという小さな味方に、ありがとう、という感謝を込めて。よろしくね、という想いを込めて。

「それを、ちゃんと感じ取ってるのよ」

 シャノンの精神感応(ちから)のように全てを正確に理解することはできなくとも、むしろそれは本能のように感じ取っているのだと言って、ネロは慈愛に満ちた瞳を向けてくる。

「その通りです」

 それに、ラナまでもがにこりと微笑み、同意する。

「アリア様が、妖精(あの子)たちのことをきちんと想って下さっているから、妖精(あの子)たちもアリア様のことが大好きなんです」

「……そんな……、こと……」

 アリアはただ、小さく可愛らしい妖精たちに会いたかっただけ。会って、その笑顔を見たかっただけ。

 手作り菓子を喜んで食べてくれることは、それだけで充分嬉しいものだった。次をねだる言葉も、作る大変さよりも喜びの方が勝っていた。

 妖精たちの為じゃない。全て、自分がしたかっただけ。

「私、は……」

 その時なにを口にしようとしたのか、アリアにもよくわからない。ただ。

「アリア」

「っ」

 なにかを察したのか、そっと肩を引き寄せてくるシオンに、ものすごく泣きたくなった。

 見返りを、求めていたわけじゃない。

 妖精たちの嬉しそうな笑顔を見ることが、単純に嬉しかった。

 それが、こんな風に返ってくるなど、思いもしなかった。

『王さま、アリア虐めちゃだめ~』

『シオンはいいけど、アリアはだめ~』

『シオンはやっつけちゃえ~!』

 そんなアリアの反応に気づいた妖精たちはなにを思ったのか、ネロの周りを飛びながら、口々に好き勝手な気持ちを言葉にする。

『アリア、大丈夫?』

 そう、心配そうに顔を覗き込んできたのは、先日アリアの部屋に現れた女の子の妖精だ。

「……嬉しかっただけ」

 パタパタと目の前を飛ぶ小さな存在にくしゃりとした微笑みを向ければ、その妖精はほっとしたようににこりと笑う。

『それならよかった』

 妖精は、本当に純真無垢な存在だ。

 と。

「……お前は、本当に変な女だな」

「……ゼフィロス様?」

 そこへ、不意に横から声をかけられて、アリアはことりと首を傾げると、こちらも久しぶりの人物――、風の精霊王・ゼフィロスへと不思議そうな()を向ける。

「妖精たちは随分とお前に懐いてるみたいだな」

「イシュム様」

 その横からは、兄貴肌の火の精霊王・イシュムも顔を覗かせる。

「……え、餌付け……? です、か……?」

 アリアの心を受け取ってくれているとしても、結局は振り出しに戻る結論に乾いた笑みを浮かべれば、ゼフィロスは酷く楽しげにシオンへと声をかけていた。

「お前は嫌われてんな」

「妬いているだけだろう」

 ざまあみろ、とでも言いたげなゼフィロスの笑いに、シオンは苦々しげに舌打ちする。

「アリア」

 それから、隣のアリアを見下ろして、忌々しげに口を開く。

「お前はもうなにも作ってくるな」

『!』

 思わず目を見開いたアリアよりも先に反応したのは、あちこちで焼き菓子に(かじ)りついていた妖精たちの方だ。

『っ! シオン嫌いー!』

『酷ぃー!』

『アリアの為じゃなかったら力貸さないし~!』

 こんな時でもしっかりと焼き菓子は抱えて離さない為、ぽかぽかとシオンを殴ったりはしないものの、そんな勢いで周りを飛び回る妖精たちに、アリアは困った目を向ける。

「……シ、シオン……」

 本気で言ってはいるのだろうが、本気で思ってまではいないことはわかる。

 独占欲にまみれた台詞を、恥ずかしいとは感じつつ、決して嫌だとは思わない自分を自覚すれば、アリアは自身も大概シオンに溺れているとこっそり苦笑するしかなかった。

「お前はオレのものだろう」

『アリアは"もの"じゃない……!』

 アリアの記憶違いか、そうシオンに訴えているのは、以前アリアの髪を引っ張った闇の妖精だったりするだろうか。

「お前、マジで嫌われててマジ最高だな」

「ギル」

 そこへ、くっくっと楽しそうな笑みを溢しながらギルバートがやってきて、シオンの眉根がぴくりと反応する。

「だからこんな(ヤツ)とは別れた方がいいって」

「ノアまで……」

 な?とアリアの顔を覗き込むノアの笑顔の後ろには、見えない黒い尻尾が生えている。

「本当にしつこい奴らだな」

 いつの間にかアリアの周りへ集まってくる男性陣に、シオンはアリアの肩を抱いた腕に力を込めながら、忌々しげに吐き捨てていた。

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