精霊王たちの訪問
次の日。早めの昼食を済ませた「1」と「2」のほぼフルメンバーが顔を揃える中。
ちょうど正午が過ぎた頃に、妖精界の扉は黄金の輝きを纏って開いていた。
「ラナ様……っ!」
レイモンドを先頭に、続いて現れた小柄な影に、アリアは嬉しそうな笑顔を浮かばせる。
ラナは、水の精霊王。それだけでも幸せな気分になるというのに、ラナとはお茶会の約束もしている。浮かれている場合ではないことはわかりつつ、それでも人間界でラナと会える喜びに心が弾んでしまうのは仕方のないことだろう。
「! アリア様。お会いしたかったです」
駆け寄ってくるアリアに気づき、ラナもまたにこりと柔らかな笑みを向けてくる。落ち着いている様子を見せながらも、どこかそわそわと周りの景色を窺っている気がするのは、きっと人間界という場所に多少の緊張感を覚えている為だろう。
「お姫さん」
「ティエラ様」
続いて現れた地の精霊王・ティエラがにっこりと微笑みかけてくるのに、アリアも柔らかく微笑み返す。
「会えて嬉しいよ」
腰に片手を当て、そう堂々とした態度で笑うティエラは、相変わらず頼れる姐御肌だった。
「お二人とも、お久しぶりです」
そうして改めて挨拶をしたアリアへと、ラナは一瞬不思議そうに瞳を瞬かせ、それから慌てて口を開く。
「え? あ、お久しぶりです」
人間界と妖精界とでは時間の流れが違う。こちらでは1ヶ月以上の時間が流れていても、妖精界ではまだ数日前の出来事なのだろう。恐らく、時間的感覚の違うラナにとっては、"久しぶり"だという意識がないに違いない。
「全員揃って人間界にお邪魔するなんて、一体どれくらいぶりかしらねぇ?」
口元に手をやり、そんなことを言いながら現れたのはもちろん――。
「……ネロ様」
どことなく複雑な笑顔になってしまうアリアに、ネロはじ……っ、となにかを観察するかのような瞳を向けると、僅かに顰めた表情になる。
「……あら? 少しお肌の調子が悪いんじゃない? ちゃんと眠れてる?」
窺うように近づいてくるネロへ、図星を突かれたアリアは少しばかりギクリとしてしまう。
昨日は久しぶりにリヒトと話もし、"ゲーム"の記憶やこれからのこと、今日会う彼ら――精霊王たちの過去のことを考えたりしていたら、眠れなくなってしまっていた。
「昨日は少し、考え事をし……」
「コイツに近づくな」
そうしてアリアの顔色をよく見ようと伸ばされたネロの手を阻み、黒い影がその間に割って入ってくる。さらには、まるで加勢するかのように無言でその横に並ぶ人物まで。
「……シオン……。ユーリまで……」
二人かがりでアリアを守るような体制を取るシオンとユーリの親友コンビへと、どうしたらいいのかわからない、困った呟きが洩らされる。
だが、そんな二人の牽制にネロは気分を害する様子もなく、「あらあら」と目を丸くした後、シオンに向かってにっこりと微笑みかけていた。
「お姫様の精神ケアは王子様の役目よ? ちゃんと抱き締めて眠ってやりなさい?」
「――っ!」
アドバイスにしてもあまりにも恥ずかしすぎるその中身に、思わず目を見開いたアリアが赤面するのに、シオンもまた僅かに目を見張る。
「……いえ、それは……、その……」
シオンは、とても"王子様"という役柄ではない。もちろんネロがそういう意味でその単語を選んだわけではないとわかりつつ、つい心の中でその違和感に苦笑いをしながら首を横に振れば、すぐ傍からくすりという笑みを洩らすシオンの気配が伝わってくる。
「そうだな。今夜からそうしよう」
「! シオン……ッ!?」
そう言って肩を抱き寄せてくるシオンにアリアが驚きの声を上げる中。
「そうなさいな」
からからと楽しそうに笑うネロは以前と全く変わった様子はなく、あの時の出来事がまるで夢だったのではないかと疑ってしまいたくなるほどのものだった。
そして、そうこうしている間に六人の精霊王たちが全て集まり、ここに来て初めて顔を合わせた者同士で挨拶を交わし合う。
「今日は、わざわざお越し下さりありがとうございます」
それからややあって、優しく微笑んだリオのその言葉が、魔王封印に関する作戦会議の始まりとなっていた。
*****
魔王を封印する為には、まずは封印魔法がかけられるまでに弱体化させる必要がある。
目覚めたばかりの魔王は、本来の魔力の半分以下だろうというのが、精霊王やリオたちの合致した見解だった。つまり、時間がたてばたつほど本来の魔力を取り戻していく魔王を封印するならば、目覚めてすぐを狙うべきだということだ。
――そう。それは、アルカナの時のように。
目覚めてすぐの魔王を、あの時と同じように精霊王たちが拘束する。そうすることで、魔王の魔力を更に消耗させることができるだろうとレイモンドは口にした。
とはいえ、これでかなりの魔力を殺いだとしても、精霊王たちの拘束で魔王をどのくらい抑えておけるかはわからない。とにかく魔王の自由を奪っている間に、全力で攻撃魔法を叩き込み、どれだけ弱体化させることができるのかが最大のポイントとなってくる。
精霊界から借り受けた指環は、妖精界に流れる魔力をこちら側に送ることができるという。元々、魔法というものは、己の中に在る魔力を操ることにより、精霊界の力を借り受けて具現化されているものだというから、指環は最大の魔力補助具ということになるのかもしれない。
そうして最後に、リオが予め描いておいた、封印の為の巨大な魔法陣に光魔法を流し込み、魔王を長い眠りへとつかせる。
それらが一連の流れだが、とにかく魔王をどのようにして弱体化させるか、というのが一番の課題だった。
とにかく想定できる全ての事象について話し合い、長い長い時間は過ぎていった――……。