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秘密の逢瀬

 指環の受け渡しは週末初日の午前中で終わり、六人の精霊王たちが揃っての会合は明日ということになっていた。その為、アリアはそのままシオンとユーリ、ギルバートと共に街中へとやって来ていた。お昼を食べた後は、またジャレッドの事務所へと顔を出すつもりでいる。

「なんでお前まで一緒に来るんだ」

「いいだろー、別に。三人も四人も変わらないだろーが」

 嫌そうに顔を顰めるシオンへと、ヘラヘラとした態度を返すギルバート。

 ユーリはよくてなぜ自分はダメなのだというようなギルバートに、それは天と地の差があるだろうなと思えば可笑しくなってしまう。アリアとユーリが隣にいることは、シオンにとっては両手に花の状態だ。……もちろんそれは、アリアにとってもだけれど。

 そんな会話を交わしながら大通りを歩いていき――。

 トン……ッ、と。

 誰かとすれ違い様に肩がぶつかり、アリアは慌てて振り返る。

「あ……っ、ごめんなさい……っ」

 なにをしているんだ、と、シオンも一瞬足を止める中。

「……いえ?」

「――!」

 その接触した人物がくすりと意味ありげに笑ったのに、アリアはドキリと胸を高鳴らせる。

 恐らくは、わざとぶつかってきたのだろうその人物は。

(リヒト……!)

「アリア?」

 行くぞ、と促してくるシオンに、意識だけはリヒトに向けながら返事をする。

「え、えぇ」

 リヒトも、さすがにそれ以上の接触は計ってこない。

 だが。

(……なに……?)

 シオンが視線を前に戻す中、無言で送られてくるジェスチャーに、アリアは肩から下げているバッグとリヒトをチラリと見遣る。

(……鞄の中……?)

 中に、なにかを入れたのだろうか。

 視線を向ければ「オッケー」サインを出してくるリヒトの姿があって、アリアは慌てて視線を逸らすとシオンの隣に駆け寄っていた。





 *****





 バッグの中に忍ばされていたものは、店の名前と場所だけが記されているメモ用紙だった。

 あの後は予定通りにジャレッドの事務所に顔を出し、家まで送るというシオンに不審を抱かれない程度に断りを入れたアリアがその場所へと着いたのは、もう日が傾く夕暮れ時のことだつた。

「よぉ」

 日付も時刻も書かれていなかった、場所だけの指定。

 いないかもしれないと思いつつ、こ洒落た喫茶店に入っていくと、カウンター席の一角に、ナッツのようなものを摘まんでいるリヒトの姿があった。

「さすがの監視も店の中にまでは入ってこないだろ?」

 あえてカウンター席に座り、隣はアリアの為に空けておき。店内奥にあるこの場所は、ガラス壁に背中を向けるような配置をしているから、リヒトとアリアが話していることを外から悟られることはない。

 そもそも監視の目的は、アリアに万が一のことが起こらないようにという護衛の意味合いが強い。常に居場所を把握しておく必要もあるかもしれないが、それならばシオンがわかっているし、リオやルーカスの瞬間移動もある。

 "護衛"と言っても命を狙われているわけでもないから、常に傍にいなければならないということはない。あくまで万が一、の事態に備えて。

 だから恐らくは、この店の中へアリアが入ったことを確認した後は、店内の様子に意識を研ぎ澄ませつつ、外で出てくるまで待っているのだろう。

「なにかあったの?」

 リヒトの手元にあるアルコールと思われる飲み物を見ながら自らも飲み物を注文し、アリアは顰めた目を向ける。

 いつ来るかわからないアリアを待つほどの用はなんだろうと思えば、勝手に心臓がドキドキと緊張の鼓動を刻む。

 だが。

「それはこっちのセリフ」

「え?」

 はぁ、とわざとらしい溜め息を吐き出して、リヒトは責めるような目を向けてくる。

「指環。全部揃ったのかよ」

 お摘まみを口に運んでいた手が止まり、アリアの眉根が申し訳なさそうに引き下がる。

「あ……。そ、そうよね。こっちから接触できないから、全然話せていなくてごめんなさい」

 リヒトはアリアの事情を知ってはいても、今、状況がどこまで進んでいるかを知る術はない。

 記憶(・・)を持つ者としても、この世界の住人としても、進展具合が気になるのは当然のことだろう。

「で? どうにかなりそうなのか?」

 小さく呆れたような吐息を落としてから、リヒトはナッツのようなお摘まみをぽい、と口に放り込む。

 そんなリヒトに苦笑いを返しながら、アリアはこれまでの経緯を口にしていた。


「……大昔の恋バナと光と闇の精霊王の確執ねぇ……?」

 チラリ、と視線を向けながらも、それはすぐに前へと戻される。今のリヒトとアリアは、遠目から見た時には、カウンター席で偶然隣り合わせになっただけの、ただの他人の関係だ。

「……興味ねぇな」

 コトン、と空になったグラスを机に置いたリヒトは、つまらなそうに肩を落とす。

 精霊王たちの過去を勝手に話す行為には、多少の罪悪感を抱かないこともなかったが、同じ"ゲーム"の記憶を持つ者同士。リヒトの見解を聞きたいと思って話したわけだが、そんな回答を返されて、アリアは思わず咎めるような目を向けてしまっていた。

「……リヒト……」

「女って、ホントそういうお涙頂戴ものの悲恋とか好きだよなぁ……」

 先ほど机に置いたばかりのグラスを手持ち無沙汰にくるくると回し、リヒトはしみじみとした吐息をつく。

 "ゲーム"の主軸は"魔王の封印"。そこに精霊王たちの過去の話がどのようにして絡んでくるのかはわからないが、リヒトはその点については全く興味がないらしい。

「だから"女性向けゲーム"は面倒なんだよ」

 少し酔いも入っているのかもしれない。その言葉通り面倒くさげに告げられて、アリアは思わずむっ、としてしまっていた。

「……"男性向けゲーム"はそんなに即物的なの?」

 アリアの知る限り、彼女(・・)は俗に言う"男性向けゲーム"をしたことはなかったが、なんとなくそんなイメージもあって、つい棘のある言い方をしてしまう。

「そういうわけじゃねぇけど……」

 だが、リヒトはそんなアリアの態度に気分を害した風もなく、少しだけ考え込む仕草をしてからくすりと笑う。

「まぁでもオレは、確かに凌辱系が好きだったけど」

「!」

 途端顔を赤らめたアリアへと、目元に愉しそうな笑みを浮かべているところを見ると、最初からからかうことも目的の一つだったらしい。

 やはり少し酔ってるらしいリヒトは、羞恥に言葉を失ったアリアへと、今度は呆れたように嘆息する。

「なんだよ、その反応。アンタだって同じだろーが」

「っそ、れは……っ」

 ジトリとした半眼に、返す言葉が見つからない。

「…………そう、だけど……」

 もごもごと口ごもり、アリアはそのまま沈黙する。

「禁プリ 1」は、"鬼畜"だと有名な"BLゲーム"。それはもう、"主人公"であるユーリがあれやこれやと可哀想な目に合わされてしまうのを身悶えて"プレイ"していたのだから、リヒトに反論できる要素などなにもない。

 趣味と性癖は別物だ。それはリヒトだって同じだろう。

「だろ?」

 そんなアリアに「わかればよろしい」とでも言うかのように同意を求め、リヒトは話を元に戻す。

「まぁ、オレは全く興味ないけど。せいぜい頑張れ」

 再び視線を前に戻し、空になったグラスの代わりを注文するリヒトの態度は完全に他人事のようだった。

「……また適当な……」

「だから何度言わせるんだよ。オレにできることはなにもないっつーの」

 リヒトの記憶(・・)の中にもこれ以上の情報はなく、遠くから応援していると告げられて、アリアは複雑な表情(かお)になる。

 少しくらい相談に乗ってくれればいいものを、これではただの話し損だ。

 確かに他人の色恋沙汰など、一般的な男性にとっては興味のないことだろう。だが、遠い昔に起こった悲恋が、"ゲーム"の結末にどう影響してくるのかわからない以上、もう少し親身になって一緒にあれこれ考えてくれてもいいのにと不満に思ってしまう。

「あ、でも、魔王が復活しそうになったら教えてくれよ? こっそり様子を窺いに行くから」

「え?」

 そこで、不意に今日会いたかったのはこれが目的だったのだと告げられて、アリアは瞳を瞬かせる。

 わざわざこれを言う為だけに、来られるかどうかわからないアリアを待っていたというのだろうか。

「最悪守ってやる、って言ったろ?」

 くすり、と笑うリヒトの瞳に嘘は見つけられなかった。

「オレは魔王に勝てないけど、負けることもないからな」

 魔法力ゼロのリヒトには、魔王の封印も討伐することも叶わない。

 だが、"魔力の無効化"の能力(ちから)を持つリヒトは、魔王のどんな攻撃も受け付けることはない。つまりは、リヒトの傍にいる限り、アリアに魔王の手は届かないということになる。

「あー、でも、物理的にはダメか」

 だが、突然なにかに気づいたようにそう言って、リヒトは髪を掻き回す。

 確かに攻撃魔法そのものは効かないが、魔法で壊した物理的なものをぶつけて下敷きにするようなことはできてしまう。

「まぁ、その辺はなんとかなるだろ」

 小さな苦笑いを溢し、リヒトはまるで口説き文句を口にする時のような、(テーブル)に肘を立てて頬を乗せた、気障な態度で口を開く。

「魔王なんかに渡さねーよ」

 

 ――アイツ(・・・)から奪うのは、オレの役目だから。

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