小さな扉
リオが眠る前に聞かされたという御伽噺。
精霊王と人間の王女との、悲しい恋の物語。
世界を越えた二人の恋は、その世界の隔たりゆえに叶わなかった。
"仮初めの指環"が"仮初め"と呼ばれる理由。
――『人間を精霊王の伴侶にすることができる指環、ってところかしら?』
指環を得たからとはいえ、不老不死が手に入るわけではない。それでも、妖精界の時間で数十年は共に生きることができたはずだった。
――輝くことのなかった指環。
それゆえ、二人は別離を選んだのだろうか。
流れる時間が違う中で、愛し合う二人が添い遂げることは、きっととても難しい。
この世界で不老不死の存在は"魔王"だけ。精霊王とて不死ではないが、人間よりは遥かに老いることなく長生きだ。
――『知りたいことがあれば、いつでも訪ねてきて』
レイモンドと、マグノリアと呼ばれた女性。人間界と精霊界の断絶。
二人の間になにがあったのか、真実を知りたいとは思うけれど、それを他人であるアリアが勝手に暴いていいとも思えない。
(……シャノン、なら……)
続編の"主人公"であり、精神感応能力を持つシャノンであれば。"マグノリア"の名を知った時のように、過去を視ることができるのかもしれないけれど。
続編は、遠い昔の悲しい恋物語を背景に進む"ゲーム"。そう考えれば、やはり"主人公"はシャノンで間違いないのだろう。
(……そして、魔王の復活……)
そのことを考えると、ふるり、と身体が震えた。
続編は魔王復活編。精霊王たちの協力を得て、魔王を封印する。「2」の流れを考えても、それはまず間違いない。
だから、必ず"ハッピーエンド"の道はある。ここまでくれば、どちらかと言えば"ハッピーエンド"の確率の方が高いだろう。
それでも、アリアが不安でならないのは。
(……大丈夫、よね……?)
ここは、"BLゲーム"の世界。本来、アリアは「1」にほんの少し登場するだけの脇役だ。
これまでだってそうだといえばそうだった。だが、記憶のあったこれまでと違い、今回はなにもわからない。
自分が動いたことにより、どれだけの流れが狂い、また、修正されているのか未知数だ。
もしかしたら、自分の取った選択肢のせいで、最悪の結末が……、などということを考えてしまうと身が固くなる。
(……怖い……)
妖精界に訪れている時は、まるで"ゲーム"をしているような気持ちになって、ミーハー気分で楽しんでしまったけれど、いざこうして現実へと引き戻されると途端に指先が凍りつく。
その時が、刻一刻と迫っているかと思えば尚更だ。
妖精界の指環は全て揃った。つまりは、いつ魔王が復活してもおかしくないということで。
(……シオン……ッ)
思わず、傍にいて抱き締めて欲しいと、縋ってしまいたくなる。
が。
――アリア、アリア。
(…………え?)
ここは、アリアの自室。ふいにどこからか可愛らしい呼び声が聞こえた気がして、アリアは瞳を瞬かせる。
目の前には、羽のついた丸い小さなガラス瓶に飾られた1輪の花。妖精界から持ち帰られた小さなブーケは、一輪挿しとなってアリアの机の上に飾られ、残りの花は庭園で挿し木のようになっている。
アリアたち人間と同じで、妖精界のものは人間界に来ても元々の時間軸の中にあるのか、凛と咲く花が枯れる気配は今のところ見えずにいた。
『アリアッ』
「えっ?」
ぽん……っ!と。突然目の前に現れた一匹の妖精に、アリアは驚いたように身を引いた。
「……えぇっ!?」
『やっとアリアのところに来られた!』
嬉しそうにそう笑ってアリアの視線の先を飛ぶのは、ウェーブのかかった青い髪の妖精。
『ずっと呼んでたのに届かなくて』
羽をぱたぱたさせながら、小さな小さな女の子は、唇をむぅ、と尖らせる。
『妖精界に魔力が満ちたからかな?』
だから人間界へと繋がることができたのかと、少女らしき妖精は小首を捻る。
『この花が通り道』
それは、元々妖精界のもの。持ち帰った花が二つの世界を繋いだのだと、少女はにっこりとした笑顔で得意気に指し示す。
『……アリア、どうかした?』
「え?」
だが、じ……っ、とアリアをみつめた妖精は、その顔色が優れないのを見て取って、心配そうにアリアの顔を覗き込んでいた。
『なんか、元気、ない』
「……そんなことないわ」
途端、哀しそうに眉を下げてしまった妖精へと、アリアは無理矢理作った笑顔で首を横に振る。
こんなにも小さくて可愛らしい妖精の胸を痛めるようなことはしたくない。
けれど。
『……大丈夫』
なにかを察したらしい妖精は、きゅっ、と唇を引き締めると真剣な表情をアリアへ向けてくる。
『みんな、アリアの味方だから』
どうやら妖精たちも、すでにアリアの身に振りかかった事情を全て知っているらしい。
『王様たちを信じて』
小さな両手がぐっ、と握り込まれて拳を作る。
『私たちも、一生懸命がんばるから』
一匹の妖精が生む魔力は少ないけれど、彼らの祈りは、魔力を生むという。
一つ一つは小さな祈りでも、妖精界中の願いが集まれば、それは大きな魔力となる。
『……それでも、不安?』
おずおずと首を傾げられれば、自然と口元が微笑の形を取った。
「……ありがとう。すごく、嬉しい」
その気持ちが本当に嬉しくて、じんわりとしたものが胸に広がった。
『アリアが笑ってると、ぽかぽかする』
「!」
邪気のないにっこりとした笑顔を返されて、アリアの方こそ胸が暖かくなっていく。
『だいすき』
「……っ」
その瞬間、思わず泣きそうになった。
ごちゃごちゃといろいろなことを考えていたけれど、きっとアリアが選んできた道は間違っていないのだと。
"ゲーム"の"運命"は変えてしまったかもしれないけれど、後悔はしていない。
ならば、この先もみんなを信じて進むだけ。
「……っそういえば、お母様が焼いたクッキーが余っているのだけれど、よければ食べる?」
思わず零れそうになった涙を堪えて問いかければ、途端妖精の瞳はキラリ……ッ、と輝いた。
『食べるー!』
その嬉しそうな笑顔につられるように、アリアもまた自然と笑みを溢していた。