鈴が鳴ったら
「……なにがあった」
「え……」
ユーリに手首を掴まれたまま、引っ張られるようにして現れたアリアの姿を見た途端、シオンはぴくりと眉を反応させて開口一番そう言った。
「まぁ、鈴つけとくくらいじゃ足りないかもな、とだけ」
「っ! ユーリ……!」
シオンへとアリアを引き渡しながら告げられたユーリの呆れたような声色に、どことなく「売られた」感を感じたアリアは、訴えるような声を上げていた。
「……アリア」
「違……っ、なにもないから……!」
酷く低められたシオンの絶対零度の呼びかけに、思わずふるふると首を振ってしまう。
「なにもないのはオレが割って入ったからだけど?」
「っユーリ……ッ!」
珍しくもユーリは怒っているらしい。
完全にシオンの味方につかれ、アリアは逃げ道がないことを自覚する。
「オレはリオ様に用事があるから行くけど。アリアはきちんとシオンに家まで送って貰ってね」
有無を言わさない笑顔を向けられ、アリアは返す言葉が見つからない。
「助かった」
「本当にな」
親友から向けられる感謝の視線に小さな嘆息を返すユーリは、完全に呆れているようだった。
「ユーリ……ッ」
「アリアは少し、自分の魅力を自覚した方がいい」
「――っ」
普段のユーリからすれば随分と厳しい雰囲気を纏って忠告され、アリアは思わず息を呑む。
魅力、と言われても、アリアにはよくわからない。色気がないことは自覚しているし、この世界の絶対的"主人公"は他でもないユーリとシャノンだ。
ネロがアリアに好意を抱いてくれたのは……、アリアに別の世界の記憶があるからだ。"日本"では、随分と性同一性障害に理解があったと思うから。
ただ、それだけ。誰も彼もがアリアを魅力的だと思っていると考えるなど、自意識過剰にもほどがある。
「じゃ、また明日」
「あぁ」
そうして手を振り、くるりと踵を返したユーリへと、シオンは端的に頷いた。
「……ユー……」
「帰るぞ」
思わずその背中に向けて上げかけた呼びかけは、シオンの低い声によって遮断される。
「……ぁ……」
遠くなり、すぐに角を曲がって消えたユーリの後ろ姿。
ぐいっ、と強めに肩を引き寄せられ、アリアは慌てたように顔を上げる。
「っそれなら、ウチの馬車で……っ」
「アリア」
アリアを見下ろすその瞳は、それ以上の反論を許さない。
「……はい」
思わず丁寧語で頷きながら、アリアはまるで断頭台に上る気分でシオンに連れ去られていた。
*****
馬の足音と、車輪の回る音が聞こえてくる。
「アイツがあんなに腹を立てているなんてよっぽどだな」
くす、と冷笑に口元を歪めたシオンが醸し出す空気は、とても穏やかとは言えないものだった。
「……っそんなこと……っ」
思わず否定の声を上げながら、本当はアリアもわかっていた。
喜怒哀楽の感情が豊かなユーリは、すぐに怒ったり笑ったりするけれど、あんな風に厳しい空気を醸し出すことは滅多にない。
そのことを、シオンはきっと、誰よりもよくわかっているのだろう。
そして、だからこそ、ユーリの怒りを買った原因――アリアになにかあったということを。
「よっぽどキツイお仕置きが必要か?」
「……っ!」
ユーリにあれだけのことを言われても認めようとしないアリアへと、シオンはくすりと口の端を引き上げると華奢な身体を引き寄せる。
「や……っ、シオ……ッ、ん、んん……っ!?」
すぐに塞がれ、口腔内へと潜り込んできたシオンの熱に舌を絡み取られ、アリアは目を見開いた。
「お前は魅力的だからな。抑えが効かないんだ」
「――!」
挑発的な囁きは、完全なる嫌味に違いない。
そのまますぐに耳の後ろ辺りへと口づけられ、アリアは反射的に手を突っぱねる。
「待……っ、て……っ!」
だが、シオンがその訴えを聞き入れてくれることはなかった。
明日はR18版を更新予定です。