♂×♀?
アリアを見下ろしたネロの長い髪がさらりと肩口に触れた。
間近で見るネロの顔は女性のように綺麗だが、それでもよくよく見れば男性的な美しさが見て取れた。
「……ぇ……っ、と……?」
背中には、硬質な椅子の感触。ネロの背中越しには、ガゼボの天井。
「……ネロ、様……?」
さらり、と金色の髪を撫でられて、アリアの表情は一瞬の硬直から困惑へと変化する。
「……それって、どぅいう……」
言われた言葉の意味が、よくわからない、というのもある。そして、この状況も。
「…………アンタの彼氏たちの危惧は正しかった、ってことかしらねぇ?」
アリアの頬の感触を確かめように指先を滑らせながら、ネロはくすりとした笑みを洩らす。
――『百歩譲ってそうだとして、世の中には男色家だっているんだから、女が女、のパターンだってあるだろ?』
――『男だろうが女だろうが関係ない』
だから近寄るなと言い聞かせていた、ギルバートとシオンのお説教。
本当に、彼らは愛しいこの少女のことをよくわかっているのだろうと思う。
「アタシとイイコトしてみない?」
「……ぇ……」
にっこりと微笑まれ、アリアはネロを見上げたまま再度固まった。
「啼かせてみたくなるのよ」
柔らかな頬の感触を楽しんでいた手がぴたりと止まり、至近距離から真剣な瞳がアリアの瞳を覗き込んでくる。
「自分の手で乱れる姿が見たくなるの」
「…………」
固まって、驚きに見張られていた瞳がさらに大きくなっていき、アリアはしばしの沈黙の後、心の中で絶叫した。
(……っえぇぇぇ!?)
そうして。
「っネ、ネロ様は女の方ですよね……!?」
やっとのことで状況を理解したアリアは、驚きで声を裏返しながら慌てて確認する。
「……身体は男だけど?」
「いえ……っ、そうではなくて……!」
きょとん、と返された疑問符付きの答えに、そんなことは知っていると思ってしまう。
身体は男で心は女。それが、闇の精霊・ネロの"設定"。
つまりは。
「男の人が好きなんですよね……!?」
焦った様子で再確認され、ネロは呆気に取られたかのように目を丸くする。
「……まぁ、そうね」
「私……っ、女です……!」
真剣に訴えられたその言葉に、ネロは思わず沈黙する。
「…………」
ネロは、確かに心とその見た目は女性的かもしれないが、身体的特徴としては"男"。この状況で口にすべきはそこなのかと、ネロは華奢な身体を押し倒したまま呆れたように口を開く。
「……ホント、変な子ねぇ?」
だが、その瞳は楽しそうな笑みを浮かばせると、するり、とアリアの脇腹辺りに掌が滑り降りていく。
「……ぁ……っ!?」
びく、と反射的に身体を震わせたアリアへ、ネロは「そういえば」とにこりと笑う。
「……美容法、だったかしら?」
先日会った時、帰り際に問われた肌艶の美容法。
「キモチイイコトをして汗を流すことは、美容効果に繋がるわよ?」
「――っ」
ここにきてやっと危機を感じたのか、アリアはその場から抜け出そうとするかのようにもがき出す。
「……ネ、ネロさ……っ、ん……っ」
だが、元々腕力的なもので見れば、男と女の差があった。
する……っ、と脇腹を撫で上げればびくりと肩が跳ね、そんなアリアの反応に、ネロはくす、と仄かな笑みを口元に刻み付けていた。
「かわいい」
妙に優しげな瞳を向けられ、アリアの思考回路は「意味不明」の四文字で困惑に埋め尽くされていく。
(なんで……!?)
この続編は、"R18"指定はかかっていなかったはずだった。つまりは、そういう展開になることはないというわけで。
もしかしたら、売れ行き次第で改めて"18禁版"を売り出すつもりでいたのかもしれないけれど。
(その可能性は、確かに充分あり得る、けど……!)
だからと言って、アリアの知る限り――リヒトの情報の中でさえ――まだそれは実現していない。
(待って待って待って……!)
どうしてこんなことになってしまっているのだろうと、アリアの思考はショート寸前だった。
「本当にアタシが"病気"なんだとしたら、アンタならそれを治せるかもしれない」
くすり、と愉しげな笑みを洩らし、ネロの身体がアリアへと覆い被さってくる。
「……ぁ……っ!?」
ちゅ、と耳元を吸い上げられた感触に思わず赤くなって身を震わせれば、ネロはくすくすと囁きかけてくる。
「……可愛い子」
ぺろり、と、妖艶に自分の唇を舐め取ったネロから滲む空気は、何処か獰猛な肉食獣を思わせるような"雄"の匂いがした。
「ネロさ……」
「食べちゃいたい」
手首を拘束され、アリアの顔へと影が差す。
「待……っ!」
口元へとかかる、自分のものでも、シオンのものでもない吐息。
キスをされそうになっているのだと、アリアが思わずぎゅ……っと目を閉ざした時。
「! なにしてんだよ……!」
少しだけ高い少年の声が聞こえ、ネロはぴたりと動きを止めていた。