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count.1-3 光の指環

 レイモンドの許可を得たリオが聖獣の角にかけられた指環を手にした瞬間、ユニコーンともペガサスとも見えるその像は、ガラスが粉々に弾け跳ぶように、宙へとキラキラとした輝きを舞わせながら空気の中へと溶けて消えた。

「……ユーリ」

 はい。と差し出された指環に、ユーリは一呼吸ついてから手を伸ばす。

 その掌へと、そっと託された光の指環。

 輝きを与えるべき最後の指環に、ユーリは一度手を握り込むと祈るような形で目を閉じる。

「……」

 その沈黙で、ユーリが指環へとなにを語りかけていたのかはわからない。

 その数秒後。目を開けたユーリは、自分を囲むようにして立つ面々へとこくりと頷き、強い瞳を向けていた。

「……始めるよ」

「はい」

 リオの声に、一気にその場の空気が引き締まる。

 重ねられたユーリの両掌の上に乗った指環へと、リオがそれを包み込むように手を重ね、シャノンはその上空で指環の意思を()みとるべく同じように手を(かざ)す。

 ルイスが闇の指環を。アリア、シオン、セオドア、ルークが、各々(それぞれ)の借り受けている指環を手に、三人を囲うようにして立ち、目を閉じる。

 そこから一歩引いた場所で親友・シャノンを見守るアラスターもまた、そっと(まぶた)を落としていた。

(……光よ……。水よ……)

 目を閉じ、祈るように手を組めば、傍でさらさらと流れる水の気配を感じた。

 柔らかな風がアリアの長い髪を撫で、緑を揺らし、篝火(かがりび)もまたゆうらりと揺らめいた。

 誰もがきっと、同じことを思い、同じものを感じている。

 当たり前に生きている世界だが、普段アリアたちが暮らす王都でも、自然の営みを感じることはできる。雨の音、そよぐ風、土の匂いに火の暖かさ。太陽が昇れば光を感じ、沈めば夜の闇がやってくる。

 光は、人々に未来を与える希望。心にも身体にも癒しを与える偉大な魔力(ちから)

 だから。

 ――この先、何年も先の未来を、みんなで笑い合いたい。

 それだけを希求し、祈りを捧げて。

「……アリアッ」

 ふいにかけられたシャノンの声に、一瞬びくりと肩を震わせ、顔を上げる。

「水と光の魔力を指環に……っ」

「――っ」

 シャノンの指示は絶対だ。

 指環がそれを求めているのなら、アリアはそれに応えるだけ。

 ふわり、と金色の髪が舞い、水飛沫が光に輝くような光景と共に、アリアの中の水と光の魔力が指環へと吸い込まれていく。

 ――生命の産みの母である水の力。

「地……っ!」

 シャノンの最初の指示を聞けば、その後の流れは自然と知れる。

 こくりと息を呑んだルークが、身体の横でぐっと拳を握り締め、額へと意識を集中させる。

 ――生命を育て、慈しむ地の力。

 ほんの少しだけ足元が揺れる気配があり、ぽわぽわとシャボン玉のような光が浮き上がり、指環へと向かっていく。

「風……!」

 シオンの左手へと力がこもり、アリアたちの周りを円を描くように風が舞った。

 ――風は季節を運び、世界の多くの現象を呼び起こす。

 雨は風によって運ばれ、大地に降り注ぎ、大地は生命(いのち)を育て、光によってその生命(いのち)は息吹いていく。

 シオンの呼んだ風の魔力(ちから)は、キラキラと輝く光を伴って、アリアたちの服や髪を(なび)かせながら指環に向かって流れていった。

「火!」

 シャノンの言葉とほぼ同時に、前へと差し出したセオドアの手の上へと、ボ……ッ!と炎が上がる。だが、それはすぐに光の中へと消えていき、火と光の混じった魔力(ちから)が、煙のように指環へと吸収されていく。

 ――火は、命あるものにとって、畏れの対象であると同時に欠かせないもの。

「空は(ヒカリ)へ繋いで……!」

 五芒星の頂点に描かれる空の紋様は、四つの魔力を天へと繋ぐ架け橋。特殊な魔力である空の役目は、全ての魔力を光へ届けること。

「っ、無茶な要求を……!」

 ルイスが得意とする魔法は、基本的には雷電を操るような攻撃魔法だ。確かに「光」と通じる「空」の魔力(ちから)は、雷という名の光を(・・)大地に落とす(・・・)が、地にあるものを(ヒカリ)昇らせる(・・・・)というような逆の魔法を使ったことはない。

 ――アリアにしてみれば、「雷」は「電力」であり、「光」とは性質がまた異なるのだけれど。

「でも、君ならできるだろう?」

 仕える(リオ)からくす、と絶対的な信用を向けられて、ルイスは悔しげに唇を噛み締める。

「……っ仰せのままに」

 やったことはなくてもできるはず、と言われてしまえば、それに「否」は返せない。

「……く……っ」

 いつもとは真逆の発想。大地から立ち上る水と風と火の魔力(ちから)を纏め上げ、光の中へと交えて溶かす。元々光に混じった四つの魔力を、さらに境界線を失くして一つに融合する。

 指環の中で、全ての魔力が溶けて虹色の輝きを見せ始めた時――。

「最後は光の魔力を……!」

 リオとユーリが顔を合わせて頷き合い、指環へと最大限の光の魔力を注ぎ込む。

 全ての魔力(ちから)を受け取った指環は光輝き、溢れんばかりの煌めきで周囲を照らし出す。

「……っ」

 リオとユーリの顔へと苦悩の色が浮かび、ぐっと奥歯に力がこもる。

 願い、祈り、魔力を注ぎながら語りかけても、受け入れてくれはするが、応えが返ってくる様子はない。

「っだめだ……っ! 足りない……っ」

 と。ふいに苦しげな表情でシャノンが焦った声を上げ、更なる深層を探るように唇を噛み締める。

「"なにか"が……!」

「ッシャノン……! 無理はするな……!」

 ぐっとシャノンの額に力がこもったのに、アラスターがこれ以上の無理はさせられないと声を上げる。

 けれどシャノンはその制止の声に首を振り、益々(ますます)奥深くへともぐり込んでいく。

「っあと少し……っ、あと少しで……っ!」

 "なにか"が足りないのだ。

 その、"なにか"さえわかれば。

「!」

 そこでハッと顔を上げ、シャノンは少し離れた位置で傍観者となっている人物へと鋭い目を向ける。

「……精霊王。足りないのは貴方です」

「――!?」

 挑むような目を向けられて、レイモンドの瞳が僅かに驚いたように見開かれる。

 そうして、シャノンは。

 こくり、と。なにかを決意するかのように喉の奥へと唾を飲み込んで、苦しげに表情(かお)を歪めていた。


「…………"マグノリア"って、誰ですか?」


「――っ! なぜ、その名前を……っ」

 今度こそ本気で大きく見開かれた瞳に、アリアたちも無言のまま息を止めるようにして驚愕し、固唾を呑んで二人のやり取りへと耳を傾ける。

「……指環が」

 シャノンの視線の先には、"光の指環"ではなく。

「"仮初めの指環"が泣いてるから……」

 リオの指に嵌められた鉛色の指環をみつめ、シャノンはそっと口を開く。

「……『私のせいでごめんなさい』って……」

 それは、指環に託された"誰か"の想い。

 指環に宿った、遥か昔の強い残留思念。

 そこに遺された想いをここで告げてしまっていいのかと悩みながら、シャノンは視てしまった"誰か"の心を代弁する。

「『こんなことになったのは自分のせいだ』って、泣いてます」

「――!」

 シャノンにはその言葉の意味がわかなくても、レイモンドにははっきりと伝わったのだろう。

「……違う……っ、それは、私の罪だ……っ」

 途端、苦しげに洩らされた感情の吐露に、シャノンの厳しい双眸が向けられる。

「俺には、貴方の事情なんてどうでもいい」

 なにかに苦しんでいるらしいレイモンドには申し訳ないと思うものの、今、シャノンがそれに付き合っている余裕はない。

 光の指環よりも遥かに強く"なにか"を主張していた仮初め指環の想いを()んだのは、それが光の指環へと魔力(ちから)を与える道筋を作ってくれると思ったから。

 今、自分達に必要なことは。

「ただ、過去を後悔しているというのなら」

 光の指環へ、真の輝きを与える為に必要なものは。

「貴方も、祈りを。力を、貸して下さい」

 今までの精霊王たちは、直接魔力(ちから)を貸すことはなくとも、傍で見守り、心の中で祈っていた。だが、レイモンドは、なぜかいつも一歩距離を置いた位置に立っている。

 きっと、理由はあるのだろう。

 その、原因は。

「っマグノリア……ッ」

 答えとなりそうな女性の名を呼び、レイモンドの表情(かお)が苦しげに歪められた。

「……そこに、()るのか……?」

 指環に遺された、過去の残像。

「……遠く、君と同じ血を引く少女だ……」

 切なげに細められた瞳が指環をみつめ、そっとその瞳が閉じられる。

「……私も、祈ろう」


 ――の瞬間。


 ほんの一瞬、世界から光が失われ、闇の世界が広がった。

 それは、「夜」の訪れ。「朝の光」へと繋がる一瞬の夜の世界は、満天の星空のような輝きが上空へと舞い上がり、心奪われるほどに美しい。

 流れ星のような光が天空で弾け、刹那、世界へと真昼の光が戻ってくる。

 神殿中が虹色に輝き、水面も草原も、七色のシャボン玉のような光が浮かび上がる。

 光の三原色が生み出す無限の色。

 ――光には、無限の可能性が秘められている。

 世界中へ(まばゆ)い光が降り注ぎ、世界はキラキラと輝いた。

 この、美しい世界が。きっと、妖精界の真の姿。

 取り戻した美しい姿を眩しげにみつめ、レイモンドは指環に向かって語りかける。

「……お前も、この光景を喜んでいるのか……?」

 その問いかけに、仮初めの指環は頷くようにキラリと瞬いた。

「……そうだな……。彼女(・・)が好きだった世界だ……」

 何処か懐かしげな瞳で世界を見回して、レイモンドは聞こえるか聞こえないかの言葉を洩らす。

「! 指環が……っ!」

 その時、ユーリの手の中で真白な光を放つ光の指環の輝きに浄化されるかのように、鉛色だった"仮初めの指環"が七色の光に塗り替えられていった。

 光の指環が放つ清浄な輝きとは違う、七色の光。

「……七つ目の指環だ」

 ぽつり、とレイモンドが呟いた。

「かつて、私達(・・)が手にすることのできなかった新たな指環」

 その言葉の意味はわからない。

「……マグノリア……」

 遠い何処かをみつめる、レイモンドの切なげな瞳。

 今は、それを聞くべき時ではないのだろうと思い、誰もが口を閉ざしていた。

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