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count.1-2 光の指環

 中央には、2本の巨大な樹木の間に、真っ白い柱の建つ神殿。

 左右に流れる水の周りには、緑の葉と小花が揺れ、シンメトリーの白亜の城が佇んでいる。

 "魔法"の世界なのだから、その仕組みなどを追及しても仕方がない。虹色の小さな光が舞っているのは、光の妖精たちだろうか。

 "天国"のような美しい世界。だが、ここでもアリアが思ったのは。

(……なんか、結婚式場みたい……)

 これで中央の神殿を教会(チャペル)にしたら、"白亜の城での結婚式!"をウリにした"あちらの世界"の結婚式場みたいだと、アリアは相変わらずのゴテゴテ設定に心の中で乾いた笑みを溢す。

 こちらの世界にも"教会"はあるにはあるが、"あちらの世界"のように結婚式場というものがあるわけではない為、披露宴会場とセットになっているようなことはもちろんない。

 "製作者"の趣味が詰め込まれたこの世界は、その辺りの感覚もごちゃまぜで、礼拝堂とチャペルを兼ねているような教会もある為、庶民はそこで"挙式"だけをするケースも多いという。だが、もしアリアとシオンが結婚するようなことになれば、貴族への"御披露目"も兼ねて邸宅で大々的な披露宴をすることになるだろう。

 とはいえ、婚姻届の提出先は"教会"となっているから、"役所"としての役割は大きいものがあった。

 そう考えると段々とチャペルにしか見えなくなってきたその場所には、透明なフラワースタンドのようなものがあり、そこには他の聖域の神殿と同じく、"聖獣"を(かたど)った置物が乗せられていた。

「……ユニコーン? ペガサス?」

 透明な為に遠目で見た時にはそこになにかが置かれていることに気づかなかったが、近づいてみれば、確かにそこには角と羽の生えた馬のような像が在る。

 そしてその額部分。角の付け根にはこれまた透明な指環がかかっており、アリアは今まで見てきた指環とは異なるその色に、驚いたように目を見張る。

「……この指環……」

 今までは、全て錆びついたような鉛色をした指環ばかりだった。

「……あぁ。他の五つの聖域の魔力が満ちた時に、な」

 この指環も少し前までは他の指環と同じように鉛色をしていたと言って、レイモンドは細めた()を落とす。

「だが、これも本来の輝きとは別物だ」

 真白な世界だった光の聖域に水が満ち、風が吹き、火が灯り、緑が芽を出した。その変化と時を同じくして少しずつ透き通っていった指環。透明な指環は、光を受ければガラスのような輝きを放つ。これでも充分美しいというのに、本来の輝きはどれほどのものなのだろうか。

「ここは、"生命の神"に一番近い場所だと言われている」

 妖精界を照らす、太陽のような白い光。遥か上空に輝く光を見上げ、レイモンドは口にした。

「"神"が存在するとでも?」

「……さぁな。少なくとも私は見たことはない」

 元々そんなものを信じていないシオンの嘲笑に、レイモンドもまた淡白な視線を返す。

 "精霊王"は、その聖域を治める王であって、神に仕える存在などではない。そう言った意味では現実主義なのであろうレイモンドは、ただ"現実"だけを言葉にする。

「とはいえ、存在していても可笑しな話ではないだろう」

 見たことがないからといって、存在していないとは限らない。だが、もし存在していたとしても。

「だとしても、"神"はそこに在るだけの傍観者だ。なにをしてくれるわけでもない」

「……そうかもしれないな」

 そこだけは同じ意見らしいシオンとレイモンドは、"神"などいてもいなくとも世界はなにも変わらないという結論を導き出す。

(……この世界の"神"って……)

 それが"創世主"のことを示すのであれば、それは"制作会社"になってしまうのだろうかと、アリアは複雑な気持ちになる。

 確かに"制作会社"はこの世界を作った"創世主"かもしれないが、それとはまた別に"神"なる存在を"設定"していたとしても不思議はない。そんな"裏設定"など、"制作者"たちくらいしか知らないことだろうけれど。

「……この指環に、魔力(ちから)を……?」

 指環に触れることはなく、そっとその周りを掬うように手を差し出したリオがまじまじと呟いた。

「シャノン」

 その横で、同じように指環を見つめていたユーリが、傍へと招くようにシャノンを呼んだ。

 無言で指環の元へ来て目を閉じたシャノンは、その意思を探るように沈黙し、それからそっと目を開ける。

「……凄いな。こんな清廉な気配、触れたことがない。……けど」

「けど?」

 なぜか苦笑のような仄かな笑みを洩らしたシャノンへと、ユーリの丸い目が向けられる。

「……やっぱり、"光魔法"はこれに準じた魔力(ちから)だからか?」

 光の指環の持つ気配は、光魔法に近いものがあるのだろうかと独り言のような呟きを洩らし、けれどシャノンはそれをすぐに否定する。

「……いや、違うか」

「シャノン?」

 なにやら一人で考え、答えを導き出そうとしているシャノンにユーリが瞳を瞬かせれば、シャノンはふとリオの方へと顔を上げ、それからユーリ、そして最後にアリアの顔をじっと見つめていた。

「アンタたちから感じる空気に似てる」

 それがただ"光の魔力が強いから"という理由だけなのであれば、今ここにいる他の五大公爵家の人間たちはみな該当することになる。

 けれどそうではないのであれば、その理由はまた別のところにある。

「……すげー綺麗」

「っ!」

 指環から感じるという清廉な空気に酔ったのか、最後にアリアへ向けた視線は移すことなく、どこかうっとりと見惚れるような瞳を向けられて、つい自分に言われているような錯覚に陥って思わず赤くなってしまう。

「相性がいいのはわかるから怖がる必要はない。あとは……」

 きっと指環も呼びかけに応えてくれると言って、シャノンは目を凝らす。

「願いと感謝と祈りと……、導きか」

 問題は、その先。アリアたちを受け入れ、共鳴してくれるのか。その為には。

「水、風、火、地、に、光を交えた導き。空は光に続く道」

 光魔法に連なる、妖精界の四大要素。妖精界にはないらしい空と太陽の概念だが、人間界では、空は太陽(ヒカリ)へと続くもの。

 つまりは、光以外にも各々(それぞれ)五つの魔力の導きが必要だと告げるシャノンに、その意味を理解したらしいセオドアがこくりと息を呑む。

「……だとしたら」

 今、手元にある指環は全部で六つ。こちらは、五大公爵家の人間五名と、光属性のリオとユーリ。

 ――指環の数が、一つ足りない計算になる。

(……私がいるから……っ!?)

 "ゲーム"ではどんな人選が行われていたのかわからない。ただ間違いなく言えることは、「1」の"サブキャラクター"でしかないアリアは、本来ここにいるはずのない人間だということだ。

 だが、それでは"ゲーム"の中で、水魔法を導く役目は誰が担っていたのだろうという疑問も浮かぶ。属性が水以外だからといって水の魔力がないわけではないから、もしかしたから少しずつみんなで協力し合ったのかもしれないし、それこそ光の魔力はユーリに任せて、リオ辺りが水の魔力の導きに専念したのかもしれない。

 考えても答えが出るはずもなく、例えその"答え"がわかったところで、この"現実"ではそれが正解かもわからない。

 つまりは。

「だったら、オレはいい」

 ユーリが、指環を引き抜きながらルークの方へと顔を上げる。

「元々はルークが預けられた指環だ。オレはなくていい」

「ユーリ!?」

 差し出された指環を前に、ルークは大きく目を見張り、アリアもまた慌ててユーリの元へと駆け寄った。

「でも……っ、ユーリ……ッ」

 それなら私が……っ。と言いかけた言葉は、ユーリの強い瞳を前に呑み込まれる。

「いいから」

「でも……っ」

 本来の"ゲーム"では、アリアはここにいないはずの人間だ。ならば自分が辞退するのが正当で、アリアはふるふると首を横に振る。けれど一度決めたことをユーリが譲るはずもなく、アリアは大きく強い瞳の光に、しっかりと制されてしまっていた。

「オレは確かに光の魔力は強いかもしれないけど、リオ様がいるし」

 だいぶコントロールが効くようにはなったけれど、まだまだ繊細な魔力の組み上げは苦手だと言って、ユーリはルークとアリアの顔を見る。

「絶対に無理はしないから」

 真剣な瞳が二人を射貫(いぬ)き、次にはにこりと和やかに笑う。

「オレには、その指環を持たせてくれる?」

 その指環、とユーリが視線で示したのは、"光の指環"。

 最近益々(ますます)"男前"に輪がかかったようなユーリの逞しい表情(かお)に、アリアの瞳が揺れ動く。

「……ユーリ……」

 と。

「……絶対だな?」

 隣に立った気配に顔を上げれば、そこにはユーリをみつめるシオンの横顔があり、アリアは"親友同士"の会話に緊張の面持ちで耳を傾けていた。

「もちろん」

 正面からシオンの視線を受け止めて、ユーリはこくりと頷いた。

「アリアを泣かせるようなことはしないよ」

「なら、いい」

 ユーリの光魔法は絶大だが、それゆえに自分でも気づかずに魔力を枯渇させてしまうほど放出してしまえば、大変なことになる。そうなった時に一番悲しむのは守りたいはずの少女で、それさえわかっていれば大丈夫だと端的に許可を出すシオンへと、アリアはそれでも不安気な目を向ける。

「シオン……」

「大丈夫だ。心配するな」

 だが、そこからもう一つの頼れる声が聞こえ、アリアはそちらへも振り返る。

「シャノン」

 一歩前へと進み出たシャノンに、ユーリがニッ、と不敵な笑みを刻む。

「信じてるから。指示してくれ」

「……了解」

 小さく肩を落としながらも苦笑を返したシャノンは、完全にユーリと意志を通わせていた。

 この世界の二人の"主人公"。くす、と笑い合う二人は思わず息を呑んでしまうほど様になりすぎていて、頼りがいのありすぎるその姿に、アリアは思わず頬を染めてしまう。

 美少女にも見間違う二人だが、どうしてこれほどカッコいいのか。

「お前もあんま無理すんなよ?」

 そこへ、やれやれ、と呆れた吐息で肩を落とすアラスターがやってきて、シャノンは淡々とした様子で口を開く。

「倒れたら頼んだ」

「お前なぁ……」

 あまりにもあっさりと告げられ、アラスターの口元には苦笑いが浮かぶ。それはシャノンが限界まで諦めるつもりはないという意思表示でもあり、例え意識を手離してもなにも心配していないという信用の現れでもあった。

 親友から全面的に傾けられる信頼には、もはや全力で応えるより他はない。

「シャノン……」

「オレはめちゃくちゃ疲れるだけで生命力を削ったりできない(・・・・)から安心しろよ」

 動揺と心配で揺れるアリアの瞳に、シャノンは小さく肩を落とす。

「めちゃくちゃ疲れるけどな」

 二度同じセリフを繰り返したのはもちろんわざとだ。

 精神感応能力の酷使は、精神が疲弊するだけ。頭が疲れて強制睡眠に入るだけで、体力も魔力も削られたりはしない。

「ユーリの様子も()ておくから」

「……シャノン……」

 なにかを察しているらしいそれらのセリフは、さすがシャノンというところだろう。

 アリアが最も恐れていることに気づいていて、その不安を取り払ってくれる。

「倒れるくらいは許せよ。大切なものを守れるなら、それくらいどうってことはない」

 なんの迷いもない真っ直ぐな瞳を向けられて、アリアはきゅっと唇を噛み締める。

「アンタだってオレの立場ならそうだろ? お互い様だ」

 強い意志の光るその瞳に、返す言葉など見つからない。

 "主人公"二人の潔さには惚れ惚れしてしまう。

「……やるか」

「だな」

 指環へと、挑むような目を向けたシャノンにユーリも頷く。

「……行こう」

 リオが伸ばしたその手の先で、指環が応えるようにキラリと輝いた。

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