事件のその後
それからほどなくして、この事件へと繋がる全ての始まりとなった、ジェシカの父親であり、ミアの兄でもある男の行方は判明した。
全てを放棄して逃げ出した男は、逃げた先でも散財癖が治ることはなく。最終的には、酒に酔った勢いで悪い仲間と喧嘩を起こし、そのまま道の端で眠ってしまい、挙げ句の果てにはそこで冷たくなっていたという。
酔っぱらい同士の喧嘩を止める者などいるはずもなく、アルコールの匂いをさせて眠る男を心配する者ももちろんいない。泥酔しすぎて致命傷に近い怪我を負ったことに、男本人も気がつかずにいたのだろうというのが、最期を看取った医者の見解だった。
この世界でも、借金はあくまで本人のものだ。それを身内が代わりに返す返さないというのは、家族間の問題になってくる。しかも、本人が亡くなってしまったともなれば、それはなおのこと拒否する権利は大きくなる。
それでも、借りたものは返さなければと考えているミアは、その借金先であるモルガンの逮捕とサイラスからの説得を受け、最終的には"元金のみを返す"という結論に至ったらしかった。
であるならば、今まで返した分を計算した時、そう遠くない未来に無理なく完済できるだろうというのがサイラスからの報告だった。
「なにからなにまで、本当にありがとう」
「この"貸し"は大きいからな?」
覚えとけよ?と口元を引き上げ、サイラスはコーヒーカップを傾ける。アリアは紅茶派だが、最近ジャレッドの職場にはコーヒー豆が入荷されていた。
「もちろん、わかっているわ」
そんなサイラスに特に気分を害することもなくにこりと微笑めば、横からシオンが気に入らないとばかりに顔を顰めて口を開く。
「手柄は全部お前のものになっているんだ。それで充分だろう」
そう――。今回の"詐欺集団"の捕縛劇は、全てサイラスの手柄として貴族界でも噂になっている。騎士たちを動かしたのはシオンだが、そこに至るまでの計画を組み立てたのはサイラスの能力によるものだ。アリアなど、ただ隣にいてパーティーに参加していただけ。
「その程度じゃ足りないな」
だが、相手を煽るように向けられた口元の笑みに、シオンの蟀谷がぴくりと反応する。
「サ、サイラス……ッ、シオン……ッ」
その間に入ったアリアは、慌てたように二人を見遣るが、微妙な睨み合いはしばし続き……。
「まぁまぁ、"弱きを助け、悪を挫く"、で、結果オーライ、ってことで」
「アラスター」
茶目っ気たっぷりの明るい声が差し込まれ、アリアはそちらの方へと振り返る。
そこには、ギルバートとシリルと共にトランプに興じるアラスターの姿。
「今回のことは、俺らの耳にも届いてるし」
なぁ?と、相変わらず隣で見学者に徹している親友に同意を求めれば、シャノンは軽い吐息と共に小さく肩を竦めていた。
「……まぁな。これでかなりお前の名前は売れたと思うぞ?」
それこそ今回の事件は、ターゲットが一般人だったこともあり、世間にもかなり認知される結果となっていた。
「……仕方ない。今のところはこれで満足しておくか」
やれやれ、と嘆息して引き下がる様子を見せるサイラスだったが、それでもアリアは再度声をかけていた。
「ちゃんと、御礼はするから」
「アリア」
少しばかり苛立たし気にかけられた咎める声は、未だに"恋人設定"を演じていたサイラスを許せていないらしい。
「……まぁ、あまり期待せずに待っててやるよ」
一方、シオンのそんな態度を特に気にすることもなく、サイラスは話はこれで終わりだとばかりにぞんざいな仕草で手を振ってくる。
そこでアリアはもう一人の報労者へとにこりと微笑みかけていた。
「シリルも。協力してくれてありがとう」
「いえ、僕は特になにも」
一瞬驚いたように目を丸くしたシリルは、次に柔らかく笑うと首を横に振る。
「みな様のお役に立てたなら光栄です」
使えるモノは使う、というのがサイラスの主義であろうから、きっと同じ男爵家同士、どこかで繋がりがないかと問われたに違いない。
そこでしっかりと伝を見つけてくる辺り、シリルの有能さが窺える。それはウェントゥス家の傘下としてシオンの父親に鍛えられているからかもしれないが、元々"ゲーム"の中でも復讐の為にいろいろと画策していたことを思えば、才能は充分あるのだろう。
「それより、残すは最後の光の指環だろ?」
「人選は?」
トランプ片手に、悪友同士、ギルバートとアラスターがふと顔を向けてくる。
「……"光"だから……。リオ様とユーリと……」
"光魔法"ともなれば、国内随一の魔力を持つのはこの二人だろう。
そして当然アリアとシオンと、リオが行くとなればルイスの同行は必須となり。
順調に手に入れることのできた、水、風、火、地、闇の指環と、"仮初めの指環"。全部で六つの指環が手元にあることから、基本的な定員は六人だ。残る一人は、単純に光の魔力の強さを考えた時にはセオドアが最有力候補となっている。
地の指環を預けられているルークは、ユーリに喜んで指環を貸すに違いない。
「……俺は?」
そこでふいに顔を上げたシャノンから真っ直ぐな目を向けられて、アリアは僅かに目を見張る。
「付いていくだけなら構わないだろ?」
「シャノン……」
そう尋ねてくるシャノンの瞳も声色も真剣そのもので、アリアも真摯にその疑問符を受け止める。
「確かに、シャノンの存在は心強いけど……」
「だったら、構わないだろ?」
本来の"続編ゲーム"の"主人公"。前回の"闇の指環"入手の時のことを考えても、指環の魔力を導くシャノンの能力はとても大きいものがある。
最難関とも言える"光の指環"入手の"イベント"。五大公爵家の子息がほぼ揃っていることを考えると、本来の"ゲーム"では、そこにいないのは「1」の"攻略対象者"であるルークではなく、アリアだったのではないかと思う。
「1」のメンバーと、"主人公"であるシャノン。"正解"なんてわからないけれど。
「足手まといにならないなら連れていってくれ」
「そんなこと、あるはずないわ」
向けられる瞳に、柔らかな微笑みを返す。
シャノンの持つ特別な能力は頼りになりすぎて、むしろ無理をさせてしまうのではないかと心配になってしまうほど。
正義感の強いシャノンは、クールな性格に見えて、割りと無茶をする熱い面がある。
「……ギル、は……」
シャノンが来るというのなら、アラスターもだろうか。なかなかの大所帯になりそうだと思いながらギルバートの方を窺えば、ギルバートは肩をすくめて嘆息する。
「光魔法はオレの苦手部類だからな。留守番しててやるよ」
時折ギルバートの瞳の奥に覗く光の色。遠く王家の血を継ぐギルバートは、光魔法を無意識に発動させているのだろう。本人が思っているほど相性は悪くないはずなのだが、そう苦笑するギルバートへと、強く出ることもできずにアリアは頷き返す。
「うん……」
精霊王たちとギルバートの間にある深い溝。それはギルバートにとってはもう"どうでもいい"ことになってしまったようだけれど、それでも消えない過去の確執を埋めるためには、実際に会って互いを知っていくことが大切だと思う。罪悪感のある精霊王たちは、どことなくギルバートに対して遠慮がちであるのがアリアには見て取れるし、ギルバートもまたそんな彼らにわざわざ近づいていこうとはしない。例えゆっくりだとしても、互いに歩み寄れたらと思う。それは、全てが終わった後、少しずつでも構わないから。
そうして一通りの報告とこれからの指針を確認したところで、なぜか突然シャノンの顔がぎょっとなる。
「…………ペン、ギン……?」
「……え?」
"ペンギン"。それは、この世界でも寒い場所に生息する鳥類の動物だ。"あちらの世界"ほどそういった施設が整っていないこの世界では、"動物園"でその姿を見るような機会はない為、アリアも知識として知っている程度で現物を見たことはない。
その"ペンギン"が。確かにそう聞こえたような気がする動物が一体どうしたのかと、アリアはぱちぱちと瞳を瞬かせながら、放心状態のシャノンをみつめる。
「……アンタの守護聖獣、どうなってんだよ……」
「えぇ?」
頭痛ぇ。と、なぜか額を抑えて脱力するシャノンへと、アリアは思わず大丈夫かとおろおろしてしまう。
どうなっている、と言われても、シャノンにしか視えない幻の聖獣なのだから理解できるはずがない。ついつい辺りをきょろきょろと見回してしまっても、そこにはいつもとなんら変わりない光景があるばかりだ。
「……いつの間にかペンギンになって歩いてる……」
「……え? えぇぇ??」
「……俺をからかってんのか?」
見たくないものを見るように、じとりと上げられたシャノンの視線の先。アリアにはただ木目調の床が見えるだけだが、その目はペタペタと歩く謎の動物を視ているようだった。
「……ほ、ほらっ! 元々私たちには見えない精神世界の生き物みたいなものだから……っ! 定まった形とかはないんじゃない?」
「……だとしても、ソイツ以外はいつも同じだぞ……?」
相変わらずシオンの肩には取り澄ました顔の鷲のような鳥が乗っていて、この度仲間入りを果たした闇の指環の聖獣は蛇のような生き物だと言って、シャノンは信じがたいものを見るような目付きになる。
まるでマフラーのように首元に纏わりつく大蛇は、黒地に金の模様が浮かび、あのネロにはさぞ似合いだろうと思う。
だが。
「……うぇ。オレ、蛇に巻きつかれてんの?」
「……まぁ、そうなるな」
勘弁してくれとでも言うかのように、見えない蛇を払う仕草をするギルバートの言動に、シャノンは言わない方が良かったかと苦い表情をする。
「お前は実害があるわけじゃないんだからいいだろ」
その隣で、あっさりとギルバートにそう言ったのはアラスターだ。
なにも感じないことは当然として、視えない以上、そこになにがあったとしても関係ない。問題は、たった一人で視えてしまうシャノンだ。
ちなみに、シャノン曰く、地は蠍で火は狐のようだというのだから、もはや意味がわからない。とはいえ、視えているのはシャノンだけの為、自らの意思を持つという指環自身の精神的なものが具現化しているだけなのかもしれないけれど。
「……すげぇ試されてる気がする……」
相変わらずシャノンの目には、アリアから離れてその周りを手をパタパタ振りながら歩き回るペンギンのようなものが視えているという。
どうやら水の指環は、わんぱくざかりの幼い少年のイメージらしいけれど。
「……ちょっと視てみたい、っていうのは不謹慎かしら……?」
ついつい興味が沸いてしまうアリアに、
「……俺も今ほど自分の能力が他の人間にもあればいいも思ったことはねぇよ……」
酷く疲れた様子のシャノンの呟きが洩らされていた。
ペンギンさんは、『エヴァ○ゲリオン』のペンペンのイメージで!
なぜか降って沸いてきたこのシーンなのでした……。
シャノンではないですが、本当になぜ……?(汗)
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