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裏側の事件 4

「……っ」

 隠れる場所などあるはずもない部屋の中。どうしたらいいのだろうと焦りに息を呑むアリアの一方で、サイラスは冷静に開いたトランクを元に戻すと、アリアの耳元へと口を寄せていた。

「……設定変更(・・・・)だ」

「え?」

 言われた意味がわからず大きな瞳を上げたアリアに、サイラスは不敵な表情でくすりと笑う。

「今からアンタはオレの恋人(・・)だ」

「……ぇ……?」

「不審に思われたくなかったら協力しろ」

「どういう……」

 戸惑いにアリアの瞳が揺らめくが、詳しい話をしている余裕などはない。

 カチャリ、とドアノブが捻られる音が響き。

「……って……、きゃぁ……っ!?」

 サイラスの意図を理解するまでもなく、アリアは背後のベッドへと押し倒され、思わず小さな悲鳴を上げていた。

 トサリ……ッ、とベッドへ身体が沈み、すぐにサイラスの脱いだ上着が上半身へとかけられる。

「その上着で体を隠して静かに顔を反らしてろ」

「……っ」

 なにがなんだかわからないままも、この場を切り抜けるなんらかの打開策を持っているらしいサイラスに全てを任せるより他はない。

 アリアは上半身にかけられた上着をぎゅっ、と握り締め――……。


「……こんなところでなにしてる」


「彼女が人に酔ってしまったようなので、休める場所を探していたらこんなところに」

 それは、目をつけた女性を別室へ連れ込む為の、明らかに嘘だとわかる言い訳だ。もちろんサイラスは意図してその言い訳を選んでいるわけで、その思惑通り、男はベッドの上で恥ずかしそうに身を縮ませている少女の姿を見て取ると、ニヤリと口元を緩ませる。

「……なるほどな」

 男から顔を反らし、かけられた上着をぎゅっと握り締めているその下の様子は窺えない。だが、恐らく男からしてみれば、その上着ははだけて覗く白い肌を隠す為にかけられたものだと思えるに違いない。

「だが、ここは立ち入り禁止だ。今すぐ出ていってくれ」

 どうやら一定の理解(・・)はしてくれたらしい男だが、それでも当然、侵入者(・・・)へと退出を促してくる。

「そうですね。彼女の具合もだいぶ良くなったようなので」

「そうかぁ? まだ休んでいた方がよけりゃ、別の休憩室に案内してやるが」

 向けられる不躾な視線から恋人(・・)を隠すように動くサイラスへ、男は親切(・・)にもニヤニヤとからかうような含み笑いを浮かばせる。

 ここは、"王道設定"満載の"ゲーム"世界。アリアも、知識(・・)としては知っている。こういったパーティーの中には、始めからそういうこと(・・・・・・)を目的としたものがあったり、そうでなくても、気を遣ってそういう(・・・・)休憩室が用意されているケースがあったりすることを。

「いえ、お気遣いありがとうございます」

「そりゃ残念だな」

 サイラスが男とそんなやり取りをしている間にも、チラリとその視線に促され、アリアはその背に隠れる仕草で大きすぎる上着をしっかり着込む。

「寛大なご配慮、感謝します」

「いや、いいってことよ」

 どうやら気はいいらしい男は、完全に勘違いをしたまま、恋人(・・)の肩を抱くサイラスを見送ってくれる。きっと、施錠されていた鍵を開けて侵入したなど、欠片も疑っていないのだろう。

 宝石詐欺の一味には違いないが、こちらこそ相手を騙しているというところにどことなく申し訳なさを覚えながら、アリアは姿を庇うように肩を抱いて歩くサイラスに促されるまま、その部屋を後にしていた。

「……さすがサイラスね」

 突然のピンチにも冷静に対応する処理能力はさすが"策士設定"の"攻略対象者"だと思いながら、アリアはちらりとその顔を窺った。

 あの男にとってのアリアとサイラスは、完全にイチャイチャしたかった恋人同士であって、自分達の悪事へと探りを入れてきた()だとは全く認識していないだろう。

「……ホントにアンタに関わると(ろく)なことがない」

 しばらく歩いたところでアリアの肩から腕を外し、やれやれと大きく嘆息したサイラスへと、アリアは身を小さくする。

「……ご、ごめんなさい……」

 それは、今回のこの件だけに限らず、きっと前回の妖精界のことや魔王封印に関してのことも含まれているのだろう。

 そう思えばいくら"ゲーム"の"ストーリー"だからと、勝手に巻き込んでしまったことが改めて申し訳なくなってくる。

 以前、それほど迷惑に思っていないような態度を取ってくれていたが、それも名を売るチャンスと思ってのことだ。踏み台にもならない余計なことは、サイラスにとってただ面倒なだけだろう。

「褒めてるつもりだぞ? 退屈せずに済む」

 だが、サイラスはくすりと笑い、悪そうな表情(かお)をアリアへ向けてくる。

「……まぁ、限度ってものはあるが」

 そうして呟くように付け足して肩を落としたサイラスへ、アリアも微妙な面持ちを浮かばせる。

「……サイラスが楽しんでくれているならなによりだわ」

 "ゲーム"の中のサイラスは、とにかく人生がつまらないという性格(スタンス)だった。"ゲーム"の中でそれを変えたのはシャノンだが、この現実でもその価値観を変えることができているなら嬉しいと思う。

「アンタ、人の話聞いてたか? 限度はある、って言っただろう」

 と、呆れたような眼差しで見下ろされ、アリアは思わず反論してしまっていた。

「……だって、なんだかすごく生き生きした表情(かお)してるから……」

 出会った頃のサイラスと違い、今のサイラスは前向きな野心に満ちていて、なにかをやり遂げてやろうという意欲が見て取れる。それは何処か楽しそうで、不謹慎だとは思いつつ、ついそんな発言をしてしまう。

 そんな風に、申し訳なさそうな表情(かお)をしながらも、それでも仄かな笑みを含んだ苦笑を洩らすアリアへと、サイラスは苦々しい表情を貼り付けていた。

「……アンタといると調子が狂う」

(…………? なんだ、っけ……?)

 疲れたような吐息と共に吐き出されるそのセリフに、アリアは「ん?」と心の中で首を捻る。

(……これ、何処かで……?)

 どことなく、記憶(・・)に引っ掛かるこの場面(シーン)は。


『全く。お前らと関わるようになってから(ろく)なことがないな』

 肩を落としたサイラスが、溜め息混じりに口にした。

 ここで言う"お前ら"とは、ギルバートやシャノンたち"怪盗団"のことだ。

『お前といると調子が狂う』

 それは、シャノンに向けてサイラスが告げる、"ゲーム"の中の1シーン。


『俺の前で取り繕ったって無意味だろ』

 "ゲーム"の中で、シャノンは呆れたように口にした。

 精神感応能力を持つシャノンには、嘘も虚勢も通じない。

『……お前の前だとオレは仮面を剥ぎ取られる』

 苦々しくそう言ったサイラスは、それでも何処か清々しそうだった。

『もう何年も取り繕って生きてきたのに』


「……アンタの前では自分を取り繕わずに済む」

 目の前にいるサイラスに見下ろされ、アリアはハッと現実へと戻ってくる。

「……ずっと、ソルダード家の三男、を演じてきたのに」

 そう口にするサイラスは、やはり苦々しい表情を浮かべながら、口調はとても穏やかだった。

「……オレの好みは自立した年上の女だ」

「……?」

 それから、唐突に口にされたその告白に、アリアはきょとんと小首を傾げて瞳を瞬かせる。

 そんな無防備な少女の反応に、サイラスは益々(ますます)苦笑を深めていた。

「こっちの手を(わずら)わせることのない、面倒くさくない女」

 だから、こんな面倒事ばかり運んでくる女などお呼びじゃない。

 こんな、目が離せなくなるような、厄介な性格をした女なんて。

 ……それなのに。

「だが、結婚相手はまた別だ」

 つい、そんなことを口にしてしまう。

 面倒くさくない女が好きなのは、何事にも無関心な"ソルダード家の三男"だ。愛情なんて必要ないと思うから、なにも見返りを求めてこない、冷めた関係でいられる女の方が都合がいい。

 けれど、一度その仮面を剥ぎ取ってしまえば、価値観はがらりと変わる。

「跡継ぎを生むことを考えたら、できれば年下で、色気よりも健康で、将来的に少しでも有益になる女――、身分の高い令嬢の方がいい」

 それは、言い訳だろうか。

 ソルダード家を継ぐ為の確固たる地盤を作る為の、政略的な恋愛ごっこだと。

 サイラスが求めるソルダード家の将来像を形にする為の、結婚相手に求める理想像。

 それはきっと。

「……アンタみたいな、な」

「――――っ!?」

 くす、と苦笑したサイラスに髪を掬われ、アリアは目を大きく見開いた。

 そんなようなセリフは――、公爵令嬢であるアリアを手に入れることでできる戦略的なメリットについては、前にも言われた記憶がある。

 だから、サイラスのそのセリフには、それ以上の深い意味などなくて。

「……なんて、いくら条件がよくてもな。こんな精神年齢お子様で面倒な女」

 僅かな動揺を見せる大きな瞳の反応を見て取ったのか、完全にからかうようにやれやれと溜め息を溢されて、アリアは瞬時に羞恥と怒りで赤くなる。

「! どうせ私に色気は皆無よ……っ」

 ぷいっ、と。これでは本当にサイラスの言う"子供"のようだと思いながらもいじけたように顔を背ければ、サイラスは益々(ますます)楽しそうな含み笑いを洩らしていた。

「なくはないんじゃないか? でなけりゃあの婚約者もここまで執着しないだろ」

「……っなに言って……」

 言外で、アリアとシオンに身体の関係があることを匂わされ、アリアは顔を赤くしたまま言葉に詰まる。

 シオンは別に、アリアに色気など求めていないだろう。それでも求められるのは、アリアのことを本気で愛してくれているからに違いない。

「興味あるな。乱れるアンタの姿」

 だが、サイラスは可笑しそうに口の端を引き上げると、アリアの眼前へと迫ってくる。

「せっかくだから、もっとソレ(・・)っぽいことしてみるか?」

「!? ……ちょ……っ」

 思わず一歩後ずされば、こつん、と壁面に踵が当たる感触があって、アリアは焦ったように顔を上げる。

「……アリア」

「――っ!」

 顔の横。壁へと手をついたサイラスが耳元で囁きかけてくる、滅多に口にされることのない己の名に、アリアはびくりと肩を震わせる。

 俗に言う"壁ドン"というものだが、機嫌を損ねたサイラスにこんな風に迫られるのは何度目のことだろうか。――否、今のサイラスは、機嫌は悪くないように思えるけれど。

「サイラス……!」

 さすが「2」の"攻略対象者"として整った顔をしたサイラスに迫られて、思わず顔を赤らめてしまったアリアへと、直後、サイラスはらしくもなく、くっ、と軽く吹き出していた。

「青くなったり赤くなったり、マジで面白いな、アンタ」

「――っ!」

 くつくつと肩を震わせるその反応に、完全にからかわれていたのだと悟り、アリアは憤りからさらに顔を赤くする。

 恥ずかしいやら腹立たしいやら、目元を赤く染めて睨み上げてくるアリアへと、サイラスは肩を竦めて口を開く。

「……悪かった」

 その態度は、とても申し訳なさそうなものではなかったが、サイラスの口から謝罪の言葉を聞くことができただけで一歩前進かもしれなかった。

「……さすがにそろそろ戻らないとな」

 そうして本来の目的へと気持ちを切り替えるサイラスに、アリアもまた姿勢を正すとパーティー会場へ続く廊下の方へと向き直る。

「本番はこれからだ」

「……そうね」

 僅かな緊張を滲ませながら、2人並んで歩き出す。

 人の気配と会話のざわめきが戻ってきた扉の前。

「……?」

 その扉を開く寸前。一瞬手を止めたサイラスに、アリアの不思議そうな目が向けられた。

「……アンタが傍にいれば一生退屈しなそうだ、ってのは本当だぞ?」

 隣の少女に視線を投げ、サイラスはくすりという小さな笑みを溢す。

「……え?」

 きょとん、と瞬いた瞳に答えることなく、開いた扉の向こうへと一歩足を踏み出した。


 ――これくらいの意地悪は許されるだろう。


 つまらなかった人生が色づいた。

 それは、悔しいかな、目の前の少女が原因だ。

 手に入れられれば……、とは思っても、それが叶うことはない。


「……アンタには感謝してる」


 その呟きが届かないことはわかりつつ、サイラスは口元に仄かな笑みを浮かべていた。

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