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花爛漫 ~シオン・ガルシア~

「アリア!」

 心配そうにその名を繰り返す声に呼び起こされて、「アリア」と呼ばれた少女は目を開けた。

 横たえられたベッドの上。声の方へと視線を廻らせれば、目の前には見慣れたはずの"両親"の心配そうな顔があった。

「……ここ、は……?」

「……よかった!目が覚めて!」

 突然倒れたと聞いて心臓か止まるかと思ったよ。と、ほっと胸を撫で下ろしながら向けられたその顔は、不安と安堵の入り交じった、心から娘を思う親のそれだった。

「……私……?」

 ……わたしは、だれ……?

 まるでそう言いたげにゆらりと揺れる瞳は、よもや倒れた際に頭でも打って記憶障害でも起こしたかと、その場にいる誰もを不安に煽る。

「……アリアちゃん……、……ここはウェントゥス公爵のお屋敷よ?」

「……お前は、庭園で倒れたんだ」

 覚えていないかい……?

 心配そうにそう問いかける両親を見つめ、なにかを振り切るように頭を振った仕草に、少女の柔らかな金色の髪が揺れた。そうして少女――アリアはその綺麗な瞳を静かに上げて小さく微笑んだ。

「心配かけてごめんなさい。……お父様、お母様」

 もう大丈夫です。

 静かにそう微笑(わら)いながら身を起こす娘へと慌てた様子で手を差し伸べながら、隣の椅子に腰かけていた両親の表情は晴れることはない。

 念のため医者を呼んだアリアの体の方は確かに言葉の通り問題はなさそうではあったものの、その大きな瞳は今にも零れ落ちそうなほど不安定に揺れていた。

「……私……、……?」

 けれど、記憶を探るように額へと手をやってしばらく俯いた後、アリアはハッとしたように両親の後方に佇む人物へと目を向ける。

「私……!」

 ごめんなさい!

 白いシーツをぎゅっと掴み、アリアは心底申し訳なさそうに頭を下げる。

 両親から少し離れた後方でこちらの様子を伺っていた人物二人は、今日紹介されるはずだった、婚約者となる少年の両親だった。

「……それよりも、本当に大丈夫?」

 いいのよ、そんなこと。と優しく言い置いて、ほっそりとした静かな佇まいが印象的な、正に「貴婦人」の名が相応しい女性がベッドサイドまで近づいてアリアの顔を覗き込む。

「大丈夫です」

 ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません、と恐縮したように謝る少女を見て、貴婦人はダークブラウンの髪をふるふると横へと静かに揺らした。

「……アイツは一体なにをしている」

 と、今までその場を静観していた男性の低い声が苛立たし気に洩らされる。

 その姿は彼の息子であるシオン・ガルシアを思い起こさせる、黒髪に端正な美貌を兼ね備えていたものの、遣り手と評判なだけあって厳しく冷たい印象を周りへと与えるものだった。

「アナタ……」

「全く、アイツは……!」

 気遣うように向けられた妻の視線に、厭きれと怒りが綯交(ないま)ぜになった呟きが漏れる。

 彼の息子であるシオンは、親の言うことはもちろんのこと、基本的に全ての物事に興味を示さない冷めた性格をしている為、婚約に関するこの顔合わせの場からも、気づけば姿を消していた。

「ごめんなさいね……」

 それぞれ違う方向で難しい性格をしている夫と息子に代わり、婦人の顔が申し訳なさげにアリアの方へと向けられる。

「いえ……」

 それには、シオンのキャラクター設定を知るアリアからすれば、曖昧な微笑を返す他なかった。

 ――全く関心のない婚約に、欠片たりとも興味の沸かない婚約者。

「無関心」の文字そのままに、彼は自分の婚約そのものも、その相手に誰が選ばれるかも気にしない。

 つまりは、ようするにどうでもいい。

 気にするだけ無駄なだけだと、反論するのも時間の無駄だと、両親の勝手にさせている。

 曲がりなりにも想う相手が存在してさえ、自分の婚約でそれがどうにかなるとは思っていない。

 貴族は政略結婚が当たり前――と、そんなことすら思っていない。

 シオンの思考回路は全く真逆。

 婚約者がいようといまいと、自分の行動は変わらない――。

 つまりは、そういうことだ。

「……一体アイツは何をしている」

「……恐らく、自室にいるかと思いますが」

「今すぐアイツを呼びに行かせろ」

 嘆息し、キツイ口調で命じる言葉に、婦人は「ただいま」と応えて部屋の片隅に控える使用人へと声をかける。

 すると扉の向こうからパタパタと急ぐ小さな足音が遠のいていき、邸のどこかへと消えていった。

「仮にも倒れた婚約者の傍を離れるとは、本当に不出来な息子で申し訳ない」

「とんでもない。婚約者になるとはいえ、今日初めてお会いした身。寝ている娘の姿を見てはとのお心遣いでしょう」

 謝罪する姿があまり似合わない腰を折り、頭を下げてみせたウェントゥス公爵に、アリアの父は萎縮したように首を振る。

 確かにその言葉通り、貴族令嬢が異性に寝顔を見せるなど、よほどのことがない限りとんでもない事態であるのだから。

「アリアちゃん……っ」

 と、父親のその言葉にハッとなり、アリアは今の自分の姿を見下ろして、慌ててベッドから抜け出そうと白いシーツに手を掛ける。

 けれど、そんなに突然動いては、と、こちらも慌てた声色で発せられたその声に、ウェントゥス公爵はそれを制するように静かな目を向けていた。

「アリア様、そのままで」

 お気になさらず、と言われても、今日初めて会った異性にベッドの中から挨拶するのも如何なものかとアリアも思う。

 しかも、先ほどの出逢いは「会った」とも言えない、ただ「見かけた」程度のものだ。

 いくら自分がどんな振る舞いをしようとも関心のない相手といえど、身分ある令嬢として羞恥が勝る。

 が。

 ――ココン……ッ

 扉の向こうから響いたその音に、「入れ」と命じた、不機嫌が滲み出た低い声。

 対して「失礼します」と、思いの外丁寧に返された、低くなりきれていない少年のその声に、アリアは充分な身だしなみを整えきれぬまま、現れたその人物へと姿勢を正していた。

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