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裏側の事件 1

 サイラスから例の件で話があると呼び出された場所は、とある格式高いレストランの特別室だった。

 天井にはシャンデリアが輝き、部屋の真ん中には四人がけの丸テーブルと椅子が置かれている。

 隠れ個室であるその部屋は、人の目を忍ぶ為に当然窓などはなかったが、観葉植物なども置かれ、圧迫感などを感じることはない。

 そんな、完全に外の世界から遮断された一室で、アリアはシオンとユーリと共に夕食を囲うことになっていた。

「結論から言うと、あの女性と子供は親子ではなく、モルガンとも赤の他人だ」

 前菜が置かれ、給仕の者が下がったタイミングを見計らい、サイラスは話を切り出した。

 いくら爵位が下だからとはいえ、外では必ず敬称をつけるサイラスがモルガン男爵(・・)のことをあっさりと呼び捨てたのは、もはやアリアたち相手に取り繕うことを完全に止めた証拠だろう。

「……どういうこと?」

「ジェシカとかいう少女は、あの女性――ミア・バーンズという名前らしいが……、の兄の子、つまりは姪だ」

 目で食事を取ることを促しながら、サイラスは食前酒の入ったグラスを片手に口を開く。

「この兄がとんでもない浪費癖があったらしく、膨大な借金を膨らませた挙げ句に娘を置いて姿をくらましたらしい」

 始まりは、事故で突然この世を去った両親の死から。その時に手に入れた慰安金や相続した財産をあっという間に使い果たした男は、それだけに止まらず、生活が困窮するほどの散財を始めた。なけなしの貯金などすぐに底を尽き、明日の食べ物にも困る始末。その頃から借金を抱え始め、妻は借金返済と生活の為に朝から晩まで働き詰めるようになり、最終的には身体を壊して呆気なくこの世を去ってしまった。

 後に残されたものは、莫大に膨らんだ借金と娘のジェシカのみ。そうして男は、妻の喪が明けるのを待つこともなく、娘のジェシカを置いて姿を消していた。

「この兄の行方は今探させているから、そのうち報告が来るとは思うが」

 ただの失踪で済めばいいがな。と肩を落とすサイラスは、十二分に最悪の事態を想定してもいるのだろう。

 優秀なサイラスのことだ。その男の足取りなどすぐに掴んでしまうに違いない。

「その、兄が借金をした相手の一人がモルガンだったらしい」

 あちらこちらから借金をし、まさに"自転車操業"だった男は、高利貸しをしていたモルガンからも多額の負債を作っていた。

 当時のモルガンは亡くなった親から爵位と事業を引き継いだばかりで、まだ金銭的にも余裕があったらしい。高利貸しなどを始めとした新たな事業に手を出し――、結果的に失敗した。

「モルガン自身も金に困り、その後ジェシカを引き取ったミアの元へ、兄の代わりに借金を返済しろと迫ったみたいだな」

 事業に失敗し、火の車となったモルガンは、まずは貸したものを回収するところから手をつけた。

「……まぁ、借したものを返せ、っていうのは当然といえば当然なんだろうけど……」

 それは当たり前の流れだと一応の納得の色を見せながら、ユーリはサイラスへと目で続きを促した。

「兄のした借金とはいえ、関係ありませんと突っぱねることもできないしな。だが、先立つものはなにもない」

 きちんとした借用書がある上での借金の取り立て。自分が抱えた借金ではないものの、それでもミアはそれなりに返す姿勢と努力を見せたらしかった。けれど、貯金も底をついていたミアには、毎月の利息分を返すだけでも生活は苦しくなっていく。

「そこでモルガンが出した条件が、自分の妻になること、だ」

 借金を帳消しにする為に独身であるモルガンが提示したのは、ミアと自分との婚姻だった。

 "夫婦"となってしまえば財産はある意味共同だ。そうすれば借金を返す理由はなくなるのだと。

 一回り以上年の離れた男性との結婚とはいえ、貴族社会ではそう珍しいことでもない。

 けれどそれは。

「……それは、その……」

 確かにあの女性は、思い起こせば綺麗な顔立ちをしていたように思う。

 借金を盾に結婚を迫るという行為自体は許せないものもあるが、その根底には歪んではいても"一目惚れ"的な愛情があるのかと戸惑いを見せるアリアへと、けれどサイラスは皮肉気にくすりと笑う。

「勘違いするなよ? モルガンは別にミアに惚れたわけじゃない」

 なんだかんだとアリアは世間知らずな"お姫様"だ。そんな甘い"乙女思考"を垣間見せたアリアに、サイラスは淡々と現実を突き付ける。

「身体を売らせる為だ」

 それが、サイラスがモルガンの周りを探らせて得た情報から導き出した答え。

「…………え……?」

 案の定時を止めるアリアへと、サイラスは小さく嘆息する。

「もちろんそんなことは違法だ。だが、あくまでそれが夫婦間の特殊性癖からくるプレイ(・・・)の一貫だと言われてしまえば太刀打ちできない」

 この国では色を売ることは禁止されている。だが、どんなに厳しく取り締まっても、秘密裏で行われている売春行為を撲滅させることは現状できていない上、探せば抜け道などいくらでもあるのが現実だ。

 "あちらの世界"では広く認められている"DV行為"だが、この世界では"夫婦間の強姦"を裁くことは難しい。夫となった者が、自分の妻を他人に抱かせて楽しむ趣味嗜好があり、同意の上だと言われてしまえばそれに口を挟む余地はない。

「自分の妻にすることで、合法的に身体を売らせ、借金返済を迫ることはもちろんのこと、商談を有利にする為の接待(・・)にも使える」

 "借金返済"を名目に形だけの妻に身体を売らせ、時には取引相手に()を貸し出し、自分へ有利となるように事を運んでもらう。

 自身も財産難となったモルガンがまだ若く美しいミアを前にして考えたのは、彼女の下衆な利用方法だった。

「とはいえ、そんな結婚に首を縦に振るはずもない。結果的に借金返済を求めて暴力を振るわれるようになったわけだ」

 ミアは真っ直ぐな性格なのだろう。

 現実的に借金をしている以上、返済を求めて暴力行為を受けようがただの被害者ではいられない。貸したものの返済を求めることは当然の権利だ。求められれば逃げ隠れするわけにはいかなかった。

 少しずつでも返していくから、ということで、あの日(・・・)はなけなしのお金を渡していたらしかった。そして、なんらかの争い事が起き、ジェシカに手を出した結果、階段を滑り落ちるという事件に繋がったのだと思われた。

「……その……、ミアさん、は……?」

 あれからそれなりの日数はたっている。

 今もなおモルガンに結婚という名の身体を売る行為を迫られ、暴力を振るわれ続けているのかと、アリアは動揺に瞳を揺らめかせる。

「それなら安心しろ。少し手を回して今は保護してる」

「……ありがとう」

 けれど、あくまで"仕方なく"のスタンスで嘆息したサイラスへと、アリアはほっとした表情で笑みを浮かべる。

 この件は引き取る、と言ったアリアとの約束通り、きちんと動いてくれていることが純粋に嬉しかった。

「だが、歴とした借用書がある以上、なかったことにはできない。まさかアンタが肩代わりしてやろうなんていうんじゃないだろうな?」

「そんなことは……」

 サイラスの言うことはもっともだ。

 仮にも公爵家の令嬢であり、シオンの手により成功した事業の分配金を得ているアリアは、確かにそれくらいの借金を肩代わりできてしまうほどの財力を持ち合わせてはいるけれど、どんな理由があれ、たった一人を特別扱いすることは許されないだろう。

「本人が負ったものではないとはいえ、借金は正当なものだ。高利貸しと言っても、こちらも法の範囲内で叩けるところはない」

 その辺りのことはすでに調査済みなのだろう。すらすらとアリアの疑問を先読みするかのように告げられる言葉に、けれどアリアは悪戯っぽい()を向ける。

「でも、なにかあるんでしょう?」

「……」

 それにサイラスは嫌そうに顔を顰め、ユーリはきょとん、と口を開く。

「どういうこと?」

 隣からシオンの溜め息も聞こえてくる辺り、二人が思っていることは似たり寄ったりなのかもしれない。

「……アンタは本当に最悪だな」

「……っ、ご、ごめんなさい……。でも……っ」

 ジロリと睨まれ、慌てて謝罪を口にするアリアへと、サイラスは苦々しい顔つきのままカチリと眼鏡を押し上げた。

「……元々商才もないのにいろいろと事業を広げすぎた結果だな。モルガンも相当参ってはいるんだろう。最近は、どうやら宝石類に手を出し始めたらしい」

 様々な業種の事業に手を出し、(ことごと)く失敗してきたというにも関わらず、懲りることなくモルガンが今度こそはと始めたのは宝石業だった。

 しかも、それは。

「貴族相手ではなく、主に庶民をターゲットにした安価な宝石だ」

「? それがどうかしたの?」

 大きなお金を動かしたいのなら、商売の相手は高位貴族の方がいいだろう。だが、アクア家(アリア)もそうだが、貴族は爵位が上になればなるほど、もう決まった取引先というものがある。そこに後から参入することはなかなかに難しい。

 そう考えれば"庶民相手"というのは悪くない選択肢だと、アリアは小首を捻ってサイラスを見遣る。

「……恐らくは、偽物だ」

「え……」

 そうして益々(ますます)眉間に皺を寄せたサイラスへ、アリアは大きく見張った目を向ける。

「貴族相手ではなく、あえてターゲット層を庶民にする辺りは考えているな」

 商才はないくせに、悪事を考えることに関してだけはよく頭が回るものだとサイラスは嘲笑する。

 それなりに宝石の知識もあり、目の肥えた貴族を相手にするのではなく、その価値のわからない庶民に特別価格だと紛い物を売りつける。

 この世界の一般家庭事情は、"あちらの世界"とほぼ同じようなものだ。婚約指輪や結婚指輪はもちろんのこと、記念日の贈り物などには宝石の(たぐい)を選ぶ機会も多い。だから、もし他よりも安価で手に入れることができるのならば、購入する者は多いだろう。

「だから、そこを叩く」

 偽物を売りつけることは立派な犯罪行為だ。

 他人への暴力行為程度では捕まえることはできないが、こちらに関してはしっかりとした実刑になることは間違いない。

 まだ尻尾を掴んだ程度で更なる背後関係を洗う必要があると告げてくるサイラスは、これから手に入るであろう大きな"手柄"を前にして、ニヤリと悪い笑みを浮かべていた。

「捕まったからといって借金をしているという事実は消えないが、それでも取り立ての恐怖からは解放される」

 相手が犯罪者だからといって、正当な手続きをした借金が消えてなくなるわけではない。だが、モルガンが捕まれば、身を売るようなことをさせられることはなくなるだろう。

「失踪した兄が見つかればいいが……。もしミアが兄の代わりに借金を返す意思を見せるなら、もっと良心的な金貸しを紹介してやるつもりだ」

 ここまで話を聞く限り、ミアという女性はとても真面目な性格をしているように思う。自分の負債ではないとはいえ、身内が借りたものはきちんと返さなければと考えているのならば、きっとその道を選ぶのだろう。

 顔の広いサイラスのことだ。ソルダード家の傘下や周りにはしっかりとした金貸し業者もいるだろうから、今のうちにそちらに乗り換えた方がいいというサイラスの意見は最もなことだった。

「……サイラス……」

 この短い期間でここまでの手回しをしてくれたのかと感嘆の声を洩らすアリアへと、サイラスは肩を竦めて見せただけであっさりと無視をする。

「……それで? 結局どうするつもりなんだ?」

 そこで、シオンの冷静な瞳が向けられて、サイラスもまた真面目な表情(かお)を貼り付けていた。

「今度のパーティーで、その詐欺集団(・・・・)が集まり、恐らくはその場で商談会をするつもりだろう」

「なるほどな。そこで一網打尽にするつもりか」

「あぁ」

 今度催されるというパーティーは、男爵家以下、平民でも富裕層ではなく、付き合いのある中流階級の人々が招かれているのだという。その中で偽物の宝石を売りつけようとしているのだろうと推測され、サイラスはモルガンだけでなく、関わっている人間すべてを捕まえてみせると宣言する。

「それで、どうするんだ? アンタは本当に付いてくるつもりか?」

 そうして最後に、サイラスはアリアへと、呆れたような問いかけの目を向けていた。

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