chit chat 1
ここ最近、リオの計らいで王宮へはほぼ顔パス状態になっているアリアは、中庭の立ち入り禁止区域――つまりは、妖精たちが出没する、異空間への扉近くの庭園だ――で、ピクニック気分を味わっていた。
メンバーは、シオンとユーリ、そして約束もなく突然遊びに来たギルバート。
週末の度に妖精界へと行っていた為、なかなか彼らと約束した焼き菓子を持ってくることができなかった。こうして順調に指環を集めることができているのも、可愛らしい妖精たちの協力があったからこそ。そのお礼も兼ねて山ほどバスケットに詰めてきた焼き菓子も、あっという間に空になりかけていた。
『アリア、アリア』
「なぁに?」
アリアの膝の上にちょこんと腰かけた妖精が、ほぼ身体の大きさと同じくらいのクッキーを抱えながら、顔を上げて話しかけてくる。
その小さな身体の何処に入るのかはわからないが、すでにクッキーは四分の一ほどが齧られた状態だ。近くにはもぐもぐと頬を膨らませて食べる妖精もいれば、かじかじと凄い勢いで飲み込んでいく妖精もいる。
個性溢れる彼らだが、共通して言えることは"甘い焼き菓子が大好き"ということで、サンドイッチやおにぎりといった昼食を食べ終わった今、アリアたちはそんな彼らの姿をのんびりと眺めていた。
『……王様、来る』
「王様、って……」
彼らの言う"王様"とは、もちろん精霊王のことだろう。
レイモンドが来るのかと驚いた顔になるアリアへと、また別の妖精が悪戯っぽい目を向けてくる。
『僕らの王様』
「……"僕らの"……?」
僕らの、と言われても、彼らがどの精霊王の元にいるのかわからない。ただ、それを口にした妖精の羽根の色は黒かった。
つまりは……。
「は、ぁ、い」
扉が光ったかと思えばハートマーク付きの声色で姿を現した人物に、アリアの瞳が大きく見開かれる。
「! ネロ様!?」
そこには、相変わらずとても男性には思えない、見目麗しい闇の精霊王、ネロの姿。
「どうして人間界に……」
「ん~? アンタたちが近くにいる気配がしたから」
人間界に出没する妖精たちと精霊王は、精神的なもので繋がっているらしい。アリアたちがここにいることを知ってやってきたのだと言って、ネロは初対面のユーリに気づくと手を振ってにっこりと微笑みかける。
「……もしかして」
「そのもしかして、だ」
やや潜めた声色で顔を寄せ合うユーリとシオンの遣り取りに、アリアは思わず歓喜の悲鳴を上げそうになるのを呑み込みながら、ユーリがネロへと挨拶する姿を見守った。
各々の精霊王たちの特徴を聞いてはいても、実際に目にすると多少は気負ってしまうのだろう。一言二言ネロと言葉を交わすユーリは、珍しくも若干緊張の色を滲ませていた。
「……オレたちになにか用か」
相変わらずギルバートの精霊王に対する態度は素っ気ない。
あからさまになにしに来たのだという態度を押し出すギルバートに、ネロは全く気分を害した様子もなくにこりと笑う。
「次はアタシのところに来るんでしょう? それまでに友好を深めておこうかと思って」
指環を手に入れるためには、その属性の魔力と触れ合い、仲良くなることが大切だとアリアは個人的に思っている。特殊な条件下でなければ手に入らない闇の魔力は、ルーカスかギルバートしか扱えない。つまりは、次に手に入れようとしている闇の指環と接触するのはギルバートの役目になるのだろう。
光の魔力も特殊だが、闇は未知の魔力である分、その特殊性は更に上を行く。確かにネロの言う通り、今から闇の魔力に触れておいた方がいいのかもしれないけれど。
「……大丈夫なんですか?」
今までの精霊王たちの遣り取りから、まだ不安定な妖精界で、精霊王が自分の聖域を離れることはあまり良くなさそうな印象を受けているアリアは、おずおずとネロに問いかける。
と、その意味を理解したらしいネロは、ころころと楽しそうな笑みを溢していた。
「少しくらい平気よぉ。レイモンドだって来てるじゃない」
これはアリアの勝手な感覚だけれど、レイモンドは精霊王代表としての立場や自責の念から、責任を感じて動いているのであって、個人的には一歩引いた位置にいるように思われる。その理由がなんなのかはわからないけれど、ネロがこうして勝手に人間界に足を運ぶことを、レイモンドは快くは思わないような気がした。
だから、お互い様だとあっさり笑ったネロの言葉に、アリアはレイモンドはそうは思わないのではないかという一抹の不安を覚えさせられていた。
「……? なぁに?」
仄かに曇らせた表情で曖昧な笑みを返してくるアリアへと、ネロは不思議そうに綺麗な睫毛の乗った瞳を瞬かせる。
「い、いえ……」
そのことを。
アリアが感じているものを、ストレートに口にしてしまっていいものだろうか。
「アタシの顔になにかついてる?」
「……い、いえ、そうではなくて」
頬に手をやり、首を傾げるネロの優雅な動作に、アリアはふるふると首を横に振る。
光と闇。正反対に位置する2つの力。"あるある"すぎる"設定"は「禁プリ」たるもので、アリアの中で生まれた彼らの"不仲説"はもはや確信に近いものがある。
ただ、極めてプライベートな領域に、アリアが突っ込んでしまってもいいものか。
「……その……、レイモンド様とは……。……その……、あまり仲が良くなかったりするんですか……?」
だが、結局は確認したい気持ちに勝てずにしどろもどろになりながら問いかければ、上目遣いのその瞳と見つめ合ったネロの目は、驚いたようにゆっくりと丸くなっていった。
けれど。
「痛……っ!」
急に後頭部に小さな痛みが走り、髪を引っ張られたようなその痛覚に、アリアは一体なにがあったのかときょろきょろと辺りを見回した。
「な、なに……?」
自分の身に起こったことがわからずにいるアリアの傍で、シオンは小悪魔の笑顔で宙を飛んでいく一匹の妖精を掴み取る。
『なにすんだよ!』
「それはこっちの台詞だ。このまま鍋の中にでも入れてやろうか」
指先でつまみ上げればバタバタ暴れ、睨み付けてくる妖精へとシオンの腹立たしげな低音が落とされる。
「シオン……ッ!」
突然の痛みの原因を知ったアリアが、それでもそれはないだろうと咎めの声を上げる中、もう1つ飄々した声が加わってくる。
「……煮ても焼いてもマズそうだぞ?」
「ギルまで……!」
ほんの出来心だとしても、少女へ手を出した事実を許せるはずもなく、こんな時ばかりは息の合ってしまう2人に、アリアは焦りを募らせる。
さすがに料理にまではしなくても、相応の処罰をしなければ溜飲は下がらないに違いない。
『は、な、せぇ~~!』
「反省したらな」
ジタバタ暴れる妖精を摘まんだまま腕を上げ、シオンはどうしたものかと眉間に皺を寄せる。
『……もう……っ! お菓子抜きにするわよ……!』
と、おしゃまな妖精が横から飛んできて、腰に手を当てる仕草で頬を膨らませるとお説教を口にする。
「……なるほど、そういう罰し方が有効なのか」
なおもぎゃあぎゃあと暴れる妖精に冷静な目を向ければ、直後、その悪戯妖精はべー!と舌を出していた。
『ふん……っ!』
「あっ」
そうしてパッと姿を消した妖精に、ユーリの口がしばしの間空いたままになる。
精霊界へと戻ったのか……というところまではわからないが、なんの感覚もなくなった指先に軽い舌打ちを溢し、シオンはその手を下げていた。
「ごめんなさいね。うちは変わった子が多くて。悪気はないんだけれど……」
苦笑しながら代わりに謝罪の言葉を口にして、頬へと手を添えながら困ったように顔を傾けるネロへと、シオンからは冷たい視線が送られる。
「い、いえ……」
だが、それにアリアは首を横に振り、ネロもまた気を取り直したように先程の会話へと思考を戻していた。
「それより、なんだったかしら? レイモンドとの仲?」
少し長くなってしまった為、一度切らせて頂きましたm(_ _)m