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"チート能力"

 街中の中央で憩いの場となっている広場には、ワゴン売りをしている"タピオカ"に酷似した飲み物があった。

「へぇー。さすが「禁プリ」"オタク"。よく観察してんな」

 ベンチに座ったアリアの後ろで背中だけを預けながら、リヒトが空になったカップを放り投げると、それは見事に近くのゴミ箱へと収まっていた。

「"オタク"、って……」

「違うのかよ」

「……否定はしないけど」

 くすりと可笑しそうに笑われて、アリアは複雑な気持ちになる。

 こんな状況にも関わらず、初めて"ゲーム"をする時のような気分で少しだけ楽しくなってしまっていたことに、今更ながらちょっとした罪悪感に襲われる。

 ここは"ゲーム"の中の世界かもしれないけれど、この世界に生きている者たちにとっては"現実"だ。"楽しむ"なんてこと、不謹慎であることは自覚している。

「順調みたいでなによりだ。これなら"バッドエンド"は回避できるんじゃねぇ?」

「また他人事な……」

 視線を落とし、膝の上でまだ半分くらい残ったカップを握り込む。

「他人事だしな」

 非常に苦しい状況ではあるものの、"万が一"の時には"他人のふり"を決め込むつもりだからなのか、少しずれた背中合わせ状態のアリアには、その表情は窺えない。けれどその声色にはからかいの色が濃く見えて、アリアは思わず眉間に力を入れてしまっていた。

「嘘だよ。万が一の時は、オレが助けてやるから」

「……それこそどうやってよ」

 ちら、と投げられた視線に、拗ねたような瞳で軽くその綺麗な顔を睨み上げる。

 かけられた言葉は立派だが、その軟派な態度には真剣さがまるで見られない。どこまで本気で言っているのかと疑いの目を向ければ、リヒトは可笑しそうな苦笑を洩らしていた。

「オレを誰だと思ってんだよ。「3」の"メインヒーロー"だぜ? 世界が違うからって舐めんなよ? 魔王の一人や二人、"異世界チート(・・・・・・)"で……」

「え! なにかあるの!?」

「……」

 "異世界チート"とは一体どういうことかと、勢いよく顔を上げたアリアへと、リヒトは期待に満ちたその瞳をみつめて沈黙する。

「……ちょっと。そこは嘘でもなにかそれっぽい能力を考えておいてよ」

 リヒトのその反応に、その台詞が完全にノリから出たものだと気づいたアリアは、恨めがましい目を向ける。

 だが、リヒトはそんなアリアに、ニヤリとからかうような笑みを返していた。

「"18禁ゲー"の"チート"なんて、そっち系(・・・・)ばっかに決まってんだろ」

「……っ!」

 悲しいかな、そこまで純真無垢ではないアリアは、リヒトのその言葉の意味を理解してしまって瞬時にして顔を赤らめる。頭の中ではユーリやシャノンのあれこれを妄想してはいても、それを他人の口から指摘されると恥ずかしくて堪らない。"腐女子"同士の"萌えトーク"とは違い、いくら同じ"ゲームオタク"だとしても、相手が異性ともなればその羞恥心は倍増する。

 そうして、アリアのその反応に、リヒトは益々(ますます)意地悪気で愉しそうな瞳を浮かべていた。

「あ。もしかして心当たりあるわけ? どうなんだよ、その辺。アンタの彼氏、「1」の"メインヒーロー"だもんな。やっぱすげーの?」

「っリヒト……!」

 興味津々の目を向けられて、思わず大きな声が出てしまう。

 確かにシオンの"強引"設定はそのままではあったけれど、"ゲーム"とは違い、無理矢理どうこうはしてこない。行為そのものに関していえば……。

「今度オレとも試してみる?」

「っなに言ってるのよ……っ!」

 と、からかうような声色で距離を詰められ、アリアの顔は益々(ますます)赤くなる。

「冗談だよ、冗談」

「っリヒト……!」

 おもしれー。と腹を抱えて笑うその綺麗な顔を睨むように見上げれば、リヒトはひとしきり笑い終えた後、笑いすぎて溢れた涙を拭い、ふと真面目な顔で小さく肩を落としていた。

「……なんかオレ、魔法が一切受け付けないみたいなんだよな」

「? どういうこと?」

 言っていることの意味がわからずに眉を寄せれば、リヒトはベンチの背の裏側に身体を預ける体勢に戻って、空に向かって独り言のように口を開く。

「元々が魔法がない"現代世界"設定のせいか知らねぇけど、魔力が皆無なのはまぁ仕方ないとして、魔法そのものが効かないみたいで」

「"効かない"?」

「もしオレが怪我をしたとしても、治癒魔法で治せないって意味」

 そう苦笑するリヒトのそれは、少しばかり自嘲気味の色が滲む。

「……それって……」

「ある意味、"無効化チート"ってヤツ? なんの役に立つのかは知らねぇけど」

 この世界には"治癒魔法"がある。だから、よほど大きな怪我か、中傷でも傍に治癒魔法を使える者がいないという不運が起こらない限り、怪我を原因として命を落とすようなことはほとんどない。

 けれど、その魔法が無効化されてしまうというのなら、リヒトに限っては中傷以上の怪我をすることは命取りになるということだ。

「そんなことが……」

「無効化の範囲は広くねぇけど、少なくとも今、アンタに関して魔法は拒絶されてる状態だ」

 それが本当のことならば、だからリヒトは万一の時はアリアを守ってくれると言ったのだろうか。全ての魔法が効かないと言うのなら、リヒトの傍にいる限り、アリアに害を成す魔法は一切届かないということになる。

「それって……」

「!」

 つまりはそういうことなのかと確認しかけたアリアは、突然リヒトが険しい表情で顔を上げたのに動揺する。

「な、なに?」

「……どうやらお迎えが来たみたいだぜ? 今日はここまでだな」

 大きな溜め息を吐き出して、リヒトがベンチから離れようとするのに、アリアは虚を突かれたように瞳を瞬かせる。

「アンタの彼氏、マジ恐ぇな」

 やれやれ、と肩を落とすリヒトに、なにを言っているのかと困惑する。

「こっからは他人のふりだ」

 だが、リヒトは対してなんの説明もすることなく、「また連絡する」と後ろ手に手を振って離れていく。

「じゃあな」

「……ぁ……っ」

 まだ話し足りないことも、聞きたいこともあったというのに。

 さっさと離れていく後ろ姿を茫然と見送って、その姿が死角へと消えた時。

「……アリア」

 不意にかけられた低い声に、アリアはびくりと反応するとその声の主の方へと振り返っていた。

「シオン……!?」

 彼氏、だの、お迎え、だの、リヒトの言っていたことはこういうことだったのかと納得する。

「……一人、か?」

「そう、だけど……」

 軽く辺りを見回しながら探るような目を向けられて、アリアは内心びくびくと冷や汗を掻きながら返答する。

 決してそんなつもりではないけれど、なんとなく"浮気"を誤魔化しているような感じで胸がもやもやしてしまう。

 とはいえ、シオンの気配を察して姿を消したのだろうリヒトのことを思えば、アリアもまた"ゲームの記憶"を口にする勇気はまだ沸かず、真実を呑み込むように唾を喉の奥へ送っていた。

「こんなところでなにしてる」

「なにしてる、って……。買い物? の帰り?」

 未だ疑いの晴れない瞳に、アリアは困ったように首を傾ける。それは真実そのままで、何処にも嘘は入っていない。

 元々アリアは買い物をする為に街へ出て、家に帰ろうとしていたところにリヒトに会ったのだから。

「今流行りのジュースが売っていたから、喉も乾いたし飲んでから帰ろうと思って」

 今、王都では"タピオカ"に酷似したジュースが流行っている為、それも全くの嘘ではない。"日本"でも"タピオカブーム"があったことを思えば、やはりかなり影響されているのだろう。

「……」

 隠していることはあるけれど、決して嘘をついているわけではないから、極々普通の調子で返される答えに、シオンは少しだけ考え込むかのように沈黙する。

「……どうか……、したの?」

 だから、むしろそんなシオンの態度の方が気になっておずおずとした視線を上げれば、シオンは小さな吐息を洩らしていた。

「……いや……、なんでもない」

 釈然としない様子を見せるシオンに、アリアもまた不思議そうな目を向ける。

「シオンこそ、どうしてここに?」

 アリアのいる位置は、常にシオンに筒抜けだ。まるで"GPS"のような機能を持つネックレスを、それでもアリアが外そうと思ったことはない。

 別段居場所を知られたからといって困るようなことはなにもない。あっさりとそんなことを思ってしまうアリアは、なにか急ぎで自分に伝えなければならない"なにか"でも起こっているのかと、少しだけ不安を覚えさせられていた。

「……少し、心配になっただけだ」

「……過保護すぎるわよ」

 だが、傍までやってきたシオンが金色の長い髪へと触れながらくすりと小さな笑みを溢したのに、困ったように苦笑する。

 確かに今のアリアはこの世界にとって最重要人物ではあるけれど、アリアは逃げも隠れもするつもりはない。シオンに居場所をオープンにしている以上、そこまでの心配は不要だろう。

「……そうかもな。悪かった」

 優しい瞳で見下ろされ、髪を掬ったままさらりと頬へと手を伸ばされるとくすぐったくなってくる。

 思わず猫のように肩をすくませて、それからアリアは柔らかな微笑みを浮かべていた。

「せっかくだから、一緒に飲む? いろいろな種類が売ってて目移りしちゃうわよ?」

 手に持った、まだ半分入ったカップを上げながら近くのワゴンへ視線を投げれば、シオンはそのままアリアの横に腰かけてくる。

「いや、オレはいい」

「そう?」

 シオンと"タピオカジュース"!の構図を思うと少しばかり"萌え"心がくすぐられてしまう気もするが、あっさりと笑いかけたアリアは、まだ残ったジュースのカップを傾ける。

 と。

「……これでいい」

「――っ!」

 アリアの手ごと、シオンの口元へと運ばれて、そのまま飲み下されていくカップの中身に、瞬時にして顔へと熱が伝っていく。

「っシオン……ッ」

 そっと身体を引き寄せられれば、途端薫ったシオンの匂いにくらくらする。

「……しばらくしていない」

「っ!」

 潜めた真摯な囁きに、すぐにその意味を理解して肩が跳ねた。

「抱きたい」

「……シ、シオン……ッ」

 するりとアリアの頬を滑った掌が、口づけの角度へと顎を持ち上げてこようとするのに必死で手を突っ張ねる。

「だ、だめ……っ!」

 こんな、人目のある公衆の面前で。空には煌々と太陽が光る下でなにをするつもりなのかと動揺する。

 決して、シオンを拒絶するつもりはない。

 シオンが、それを望むなら。

「……し、したいなら、部屋に行くから」

 真っ赤な顔で俯いて、消え入りそうな声色で告げた言葉は、シオンの耳にはきちんと届いたらしかった。

「……」

 素直に応じたアリアのその返答に少しだけ驚いたように沈黙し、シオンはそっと華奢な身体を解放する。

「……早く飲んで帰るぞ」

 とりあえずは、今は"公園デート"に付き合ってくれるらしい。

「~~っ」

 だが、たった今してしまったこの後の"約束"を思い、アリアは顔を赤く染めていた。

……あれ!? R18の予定なかったんですけど!?(汗)

R18話は明後日更新予定です。(こちらはお休みです)

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