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count.3-3 地の指環

「ルーク」

 はっきりと呼ばれた自分の名に振り返ったルークは、強い光を湛えるユーリの瞳と目を合わせ、ゆっくりと頷いた。

 差し出された指環を受け取って、そっと手の平に乗せる。

「……やってみせる」

「うん。頑張れ!」

 拳を握ったユーリに勇気づけられ、その後ろに立つシオンに視線を向ければ、無言で小さく頷くような素振りを見せる。

「……手伝うから」

 アリアからも真摯な瞳を向けられて、ルークは再び指環へと目を落とす。

 ――母なる大地。

 その言葉通り、大地は"女性"に例えられ、男が出てくることはまずないだろう。きっと、大地に呼びかけるならば、男であるルークよりも女性のアリアの方が相応しい。

 それでもルークは、地を司るソルム家の人間だ。

 生まれた時から自然に囲まれた世界で育ってきた。草木や食物を育てる土の香りは、ルークへ安心感をもたらしてくる。

 大地が母であるならば、その()である自分たちを拒否するはずはない。そう、心から信じられる。

 だから。

「……力を、貸してくれ」

 指環を手に、足元の大地へと語りかける。

 生命を育て、慈しむ大地であれば。決して少女を見棄てたりはしないだろう。

 目を閉じ、大地の存在を全身で感じ取る。

 生命は海から生まれたが、その生命を育てたのは大地だ。

 大地は植物を芽生えさせ、育み、いつしかまた土に還す。

 土は、空気や水と同じように、生命ある者にとってなくてはならないものだ。土がなければ生物は生きてはいけない。

 少しくらいの雨で洪水が起こらないのは、大地が雨水を吸収してくれるから。土に染み込んだ汚れた水は、細かいゴミを残して浄化される。

 土は栄養の宝庫であり、棲み家にもなっている。

 植物は土の中の養分を吸って生長し、動物の糞や死骸、枯れた植物などは土中の微生物によって分解され、土の栄養となって次世代の植物を育てていく。

 自然界の循環に大きな役割を果たしている大地の存在。

 人類の長い歴史の中で、土は人々の生活に取り入れられ、利用されてきた。その最たるものが陶器だろう。

 土を水で捏ねて焼き、皿や茶碗、食べ物を保存する壺などを作ってきた。レンガを焼き、家を作った。

 母のように生きとし生きるものを包み込む大地。

 優しく、そこに在る存在(もの)

「応えてくれ……!」

 花が枯れ、そこからポトリと種が落ちる映像が頭に浮かぶ。枯れた葉はそのまま種を覆い隠し、養分となるだろう。そうして種からは芽が顔を出し、空に向かって伸びていく。満開の花は人々の目を楽しませ……、また枯れて大地へ還るのだ。

 生命の循環。

 小さな花が揺れる野原に、風にそよぐ草原。鳥の飛び立つ様の見える湿地帯。沼地では蓮の花が咲く。

 緑のない砂漠もまた大地だ。

 きっと、ルーク自身は"母"のような無償な愛を与えることはできない。けれど、"大地()"を愛し、呼びかけることならばできるかもしれない。

「……だめ、か……?」

 無反応の指環に目を落とし、ルークは苦し気な表情(かお)になる。

「いや、大丈夫だ」

 なにを感じ取ったのか、はっきりとそう宣言し、ルークの肩にポン!と手を置いたのはユーリだ。

「ルークは強いよ。自分を信じろ!」

 その言葉にルークが再び額へと意識を集中させたその直後。

 大地から湯気のような魔力が沸き上がったのを感じた。

「――っ!」

 一瞬にしてその場に緊張の空気が走り、全員の目が閉じられる。ルークに向かって――正しくはルークが手にした指環にだろうが――津波のように押し寄せてくる魔力の波に、押し潰されることのないよう地を踏みしめる足に力を込める。

「……く……っ」

 奥歯を噛み締めたルークから衝撃に耐えるような声が漏れ、蟀谷(こめかみ)へと汗が滲む。

 アリアたちは、ルークが集めた強大な魔力が暴走することがないよう、それを慎重に優しく包み込む。

「緑が……!」

 ティエラの叫びが聞こえた気がしたが、目を開けて確認している余裕はない。

 ただ、閉じた(まぶた)の奥で、草木が魔力を吸い取られるようにして力を失くし、みるみると萎んでいく様が見えた。青い葉は水分を失い、枯れ果てた草木が大地へ落ちて土に還った。

 それらの魔力は、全て指環へと吸収され――。

「――っ!?」

 刹那、(まばゆ)い光を放った指環に、そっと目を開けたルークの瞳が驚いたように見張られた。

「これって……!?」

 この現象を初めて目にするユーリは、光輝く指環と枯れ果てた大地を交互にみつめて息を呑む。

「……うわぁ……っ!?」

 そうして、突如として溢れ出した(まばゆ)い光に、ルークは指環を手にしたまま仰け反るように後ずさる。

 まるで噴火のように天に登った煌めきが空に広がり、雨のように大地へ降り注ぐ。

「こ、れは……?」

 形のない光の雫に、ティエラが空に向けた掌を不思議そうにみつめた。

 視界の先、土から顔を覗かせたばかりの若葉が見えた。そのまま茎が伸び、葉が生える。それは生長を止めることなく小さな若木となり、さらに大きくなっていく。

 若木が空に向かってぐんぐんと育っていく様は、某子供向け"映画"の1場面(シーン)をアリアに思い起こさせた。

「すっげー……」

 すっかり大木となった木々に囲まれて、ぐるりと視界を一周させたユーリが感動の声を洩らす。この様子では、神殿の周りに伸びていた木々も大きく生長しているに違いない。

「……」

「ルーク!」

 何処か茫然と辺りに視線を彷徨わせているルークへと、「やったな!」と嬉しそうにユーリが飛びついていく。

「ユ、ユーリ……ッ」

「さすがルーク! 頼りになる!!」

 後ろからがっしりとその首に腕を回すユーリの顔は純真無垢な満面の笑顔だが、体重をかけられ、後方に体を仰け反らせるような格好になったルークは、その体勢の苦しさからか羞恥からか顔が赤く染まっていく。

「ユ、ユーリ……ッ、ちょ……っ、離れ……っ」

「? っあ! ごめん……!」

 ぐらりと後方に傾きかけるルークの身体に、その意味を理解したらしいユーリが慌てて抱きついていた腕を離す。

「……みんなのおかげだよ」

 胸を撫で下ろすように大きな吐息を一つつき、気を取り直したようにルークが仄かな笑みを浮かべた。

「それは、ルークが頑張ったからだ」

 対し、ユーリが邪気のない笑みでニッ、と笑う。

「……そうね。ユーリの言う通りだわ」

「ユーリ……。アリア嬢……」

 本当に、ユーリはその場にいるだけで明るい雰囲気を作ってくれると思いながら微笑めば、ルークは照れ臭そうに鼻の頭を掻く。

「オレなんてまだまだッスけど、こうしてお役に立ててすごく嬉しいです」

「ルークは充分凄いから!」

「そうよ。こうして地の指環に魔力(ちから)を与えたんだから」

 さすがは「1」の"ヒーロー"の一人だと感心しながらユーリの主張に同意すれば、そんな3人の足元に陰が差す。

「その通りだ」

「……ティエラ様」

 力強い言葉に顔を上げれば、そこにはアリアたちをみつめるティエラが立っていて、少しだけ自嘲気味な笑みを溢す。

「他の3つの聖域に魔力(ちから)が満ちたことは聞いていた。だから、正直……、アンタたちに期待してしまっていた」

 水、風、火、と。次から次へと元の姿を取り戻していったという聖域。だから、この大地にも、魔力(ちから)が満ちるのではないかと。

 それがどんなに厚かましい願いかはわかりつつ、それでも期待する気持ちは捨てられなかった。

「……それが、本当に……。こんな……、一瞬で真の姿を取り戻せるなんて……」

 目を細め、ティエラは大木となった木々の葉を眩しそうに見上げた。

「……アンタたちには助けられてばかりだ」

 助けたいと願っている相手に助けられてばかりいる。それは悔しくもあり……、と同時に嬉しくもあった。

 自分たちが彼ら人間たちの味方をすることは、間違っていないのだと。永きに渡り断絶してきた関係を修復していっていいのだと。

 そんな、安心感があった。

「お前もそう思うか?」

 ルークの掌でキラキラと輝く指環に向かい、ティエラが悪戯っぽく話しかける。

「うわぁ!?」

 そうすれば、指環はまるで頷くかのように小さく震え、ルークを驚かせていた。

 指環に己の意思があることを聞いてはいても、実際それを目の辺りするのとは別物だ。

「どうやら指環も浮かれているようだな」

「浮かれ……」

 それはどういうことかとまじまじと手の上の指環をみつめるルークは、本当に真っ直ぐな性格をしている。まるで、今にも指環に話しかけそうな気配すらある。

「あ……っ、指環……」

 そうして思い出したかのように指環を返そうとするルークへ、ティエラは真摯な()を向ける。

「このまま持っていてくれて構わない。聖域に本来の魔力(ちから)が満ちた今、指環がなくともなんとかなる」

 その分精霊王であるティエラは聖域から出にくくはなるのだが、そんなことはもはや今更だ。もうずっと永い間、"自由"などなかったことを思えば充分すぎるものだった。

 むしろ。

「今度は、我々がアンタたちを助ける番だ」

 本気で魔王に立ち向かうのであれば、その前には少し聖域での"充電"ならぬ"充魔"は必要になるだろうが、それまではしっかりと持っていてくれと告げてくるティエラに、ルークは絶対に失くすことのできないプレッシャーからか、ごくりと小さく喉を鳴らす。

 そんなルークに可笑しげな笑みを溢し、ティエラは力強く宣言する。

「全力で味方しよう」

 この恩を、返す為に。

 2度と同じ哀しみを味合わせることのないように。

「……さて。これ以上の長居は無用だ。すぐに送って行こう」

 目的が果たされたなら時間が惜しいと言って、ティエラはくるりと衣装の裾を翻す。

 そこへ。

『アリア、アリア』

『また来る?』

『お花、飾ってね』

 パタパタと蝶のように妖精が辺りを舞い、可愛らしく声をかけてくる。

「……妖精たちも、お(ひー)さんが大好きだからな」

 そんな妖精を見守るティエラの瞳はとても優しい。

 妖精たちが、これほど警戒することなく人間に懐くなど、(にわか)には信じられないものでもあった。

 ただ、それは自分たち精霊王たちにこそ言えることでもあるから、世界の在り方が変わる時が来たのだと思う。

『また会いに行くね!』

『クッキー!』

 そのおねだりに一瞬目を丸くしたアリアは、やっぱり餌付けのようだと困った顔になってしまう。

「……あまり甘やかさないでやってくれ」

 次々と焼き菓子の名前を上げていく妖精たちの姿にがっくりと額を覆い、ティエラはアリアへ苦笑を向ける。

「! はい」

 それにくすくすと頷けば妖精たちからは不満の声が上がり、ティエラは益々困ったように頭を抱えていた。

大変申し訳ありません……。投稿予約日を間違えました……!(さっき気づきました)

……誰も待ってないから大丈夫デスカ?

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