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count.3-2 地の指環

 緑の木々が輝く大地の中央には蒼い湖。その水辺に隣接するように建っているのは、"トルコ"の"アヤソフィア"や"トプカプ宮殿"を思わせる色合いをした、水色の屋根と白い壁の宮殿。

 だが、それよりもアリアの記憶(・・)に引っかかるのは……。

(……"夢の国"の"アラビアンアトラクション"……!)

 の、建物だ。

 アラビアンを思わせる服装をしているのは火の精霊王・イシュムだが、建物に関しては地の宮殿らしい。

 とにかく"制作スタッフ"の趣味を詰め込めるだけ詰め込んだ世界観は、実に「禁プリ」らしくて、いっそ感心してしまう。

 その美しい建物の姿は、目の前の湖に映り込み、さらに神秘的な雰囲気を醸し出していた。

「こっちだ」

 だが、宮殿に向かうのではなく、そのまま横の道へと逸れていくティエラに、アリアは慌てて付いていく。

 彼女(・・)は世界遺産を巡る海外旅行が好きだったから、ついついそれらをモデルにした建築物などはじっくり見て回りたくなってしまう。ゆったりと見学している場合ではないことはわかりつつ、この機会を逃せばもうここへ来ることはないかもしれないと思えば、どうしても残念な気持ちになってしまっていた。

「地の指環はここに納められている」

 そうしてしばらく歩いた先。振り返ったティエラが指し示した場所は、足元に美しい草花が生い茂り、細い若木に囲まれた緑豊かな空間だった。

「……元々は、大木に囲まれた場所だったんだがな」

 中央に建つ4本の白い柱の元へと歩いていきながら、ティエラが周りの自然を見回した。

 恐らくは、他の聖域と同じように、一度この地は枯れ果ててしまったのだろう。だから、芽吹いたばかりの草木はあっても、樹齢を重ねた大木は見当たらない。

「だが、充分美しいだろう?」

「……はい」

 眩しげに目を細めたティエラへと、アリアは微かな微笑みを浮かべながら頷いた。

 年月を重ねた木々の迫力はなかったとしても、艶めく草の新緑や色取り取りに咲き誇る花、空に向かって力強く伸びていく若木のコントラストは、とても綺麗で美しいものだった。

「この短い時間で、ここまで戻った。アンタたちには本当に感謝してる」

「ティエラ様……」

 そう言ってアリアをみつめてくる瞳は柔らかく、じんわりとした感動が胸を満たしていく。

 完全に元の姿を取り戻すまでにはまだ時間がかかるかもしれないが、この美しい世界を救えたのだと、こんな時に実感する。

 と。

『アリアだ、アリア!』

『いらっしゃーい!』

 感動に浸っている時間はなく、草木の間からパタパタと飛んできた小さな生き物に、アリアは瞳を瞬かせる。

『お花、あげる!』

 まるで空を飛ぶようにして目の前に現れた小さなブーケ。

 そこには小さな妖精が花の中に埋もれるようにしてパタパタと一生懸命羽を動かしていて、アリアはティエラへと窺うような目を向ける。

「……え、と……?」

 可愛らしく纏められた小さな花束はとても素敵だが、これを貰ってしまっていいのだろうか。

「お(ひー)さんは本当に妖精たちに好かれているな」

 小花の咲く緑の絨毯に佇んで、妖精たちに囲まれた少女はまるで天使のようで、ティエラは朗らかに笑う。

「貰ってやってくれ。人間界の土に移植するとどうなるのかはわからないが……」

 別段持ち出しは禁止されていない。だが、それは初めての試みで、魔力のない人間界の空気の中でも咲き続けるのかどうかまではわからない。

「……はい」

 促され、小さな花束に手を伸ばしたアリアは、その香りを楽しむように顔を近づけると嬉しそうな笑顔を向ける。

「嬉しいわ。ありがとう。大切にするわね」

『今度はアリアのお家に遊びに行かせてね!』

『飾って飾ってー!』

 妖精たちはとても無邪気だ。

 そんな妖精たちとアリアの遣り取りを見守って、ティエラは白い石碑の前で足を止める。

「これが地の指環だ」

 そうしてティエラが触れた平らな石碑の上には。

「蛇……?」

 粘土細工のような、造りだけを見れば"スフィンクス"を彷彿とさせる土の(オブジェ)があって、アリアはまじまじとした目を向ける。

 確かに蛇は地を這う生き物ではあるものの、"楽園(エデン)"の話のように、あまりいいイメージはない。

「似てはいるが正しくは違う。大地に潜っているとされる聖獣だ」

 まるで海から龍が顔を覗かせるように、砂漠の砂の中に潜って宙さえ跳び跳ねる生き物だと言って、ティエラは聖獣を(かたど)った蛇に似た尻尾から地の指輪を抜き取った。

「これに魔力(ちから)を与えてくれ」

 差し出された指環は、相変わらず鉛のような鈍い色をしていた。

 刹那、神獣の像がさらさらと土に還り、ティエラの掌に乗った指環にルークがこくりと喉を鳴らす。

「本気でアンタたちの望みを叶えてやりたいと思っているのに、その為にアンタたちの力を借りなくちゃならないなんて、情けないことこの上ないが」

「そんなことは……、ないッス」

 明らかに緊張をしているルークにティエラが悔しげに語りかけてくるのに、それでもしっかりとした声が返される。

「アンタたちの力になりたい」

 母なる大地を司る精霊王。その力強い言葉を前にして、ルークの瞳にも鋭い光が宿っていく。

「こんな可愛い()を魔王の元に行かせるなんて、できやしないよ」

 まるで娘をみつめる母のような眼差しをアリアへ向けて、それからティエラは自嘲気味に苦笑する。

「これが贖罪になるとも思えないが……。なによりもギルバートの願いだからな」

 自分たちの犯した罪を思えば、この程度のことが罪滅ぼしになるとは思えない。それでも全てを奪われる原因を作った自分たちに、彼は真っ直ぐな瞳を向けて言ったというから。

「……ギル、が……」

「アンタのことが本当に大切なんだな」

 こうして改めて少女と向き合うと、彼がこの少女を大切に思う気持ちがわかる気がした。

「償いなんてできるはずもないのに」

 その、できるはずのない罪を。あっさりと全て水に流すと言い切ったのだと、レイモンドは言っていた。

 過去に起こってしまったことなど、もうどうでもいいと。彼女を救ってくれるのならば、むしろ、感謝するとまで。

 幼い子供がどれ程の絶望へ突き落とされたか計り知れないと言うのに、それを忘れてしまえるほど大切に思える存在とはどんなものなのか。

 ならば、全力で守りたい。

 その想いに応えたい。

 その為に、再び力を借りなければならないことを悔しくは思うけれど。

「……まずは、頼んだよ」

 指環には、意思がある。

 きっとティエラ自身の思いも受け取ってくれるだろうと、鈍く光る指環をみつめていた。

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