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寄り道

 今さらすぎる話ではあるが、この"ゲーム"の中における"中世ヨーロッパ"風身分制度は、階級がわかりやすいようにその名を借りた程度の、とても緩いものだ。

 王家とそれに次ぐ五大公爵家は絶大な権力(ちから)を誇るが、それでもこの世界における超有名人のアリアが王都の街中で受ける扱いは、"超人気芸能人"的なもの。とはいえ、"テレビ"や"カメラ"、"携帯電話"などは当然ない為、一歩生活圏内から外れれば、アクア公爵家の令嬢だとすぐに気づかれることもない。"新聞"のような情報誌は流通しているが、出回るのは姿絵程度のもの。

 アリアの持つ"あちらの世界"の感覚で言えば、侯爵家が国会議員、伯爵家が県知事、子爵家が市長、男爵家が地方議員や地元有力者、といったところだろうか。

 王家と公爵家が権力(ちから)を持つという意味では中央集権なのかもしれないが、地方の統治は地方に任せている部分もあるから、地方分権のイイトコ取りをしているような感覚もする。

 歴史を遡れば、天下統一が成される前の小国の王族たちが、そのまま当時の帝国に吸収される形で地方を治めるようになったというから、一般的に王族に嫁ぐことができるのは伯爵家の血筋まで、となっているのはこの辺りから来ているのかもしれない。だが、その線引きはとても曖昧だ。子爵家の血筋も、元を辿れば小国の貴族の流れを汲んでいる。

 とはいえ、貴族たちはなによりも魔法力を維持することに重きを置く為、魔力さえ高ければ、身分の壁などないも同然になるというのが現実だ。

 王家や公爵家が揺るぎない権力(ちから)を持っているのは、その魔力が絶大なものだからだ。よって、魔力を維持する為にも、高位貴族が高位貴族同士で婚姻を結びたがるのは当然の流れであり、幼い頃に政略的な婚約を成立させる結果になっているのだろう。

 そういった意味では、平民出身とはいえ、ユーリは引く手数多な存在だ。どこかの貴族の家から婚約を打診されたというような話は聞いたことがないものの、是非とも婿に迎えたいという高位貴族は多いに違いない。

 魔法があるという絶対的な違いはあるものの、国の在り方としてはアリアの知る"あちらの世界"と似たようなもの。その為、伯爵家の人間は王都に"出張"に来る機会も多く、貴族の子息子女は地方ではなく王都の魔法学園に通う割合が高くなっている。

 地方はもちろんのこと、王都や近隣地域にも、数多くの子爵家や男爵家が存在する。ギルバートやシャノン、アラスターも、王都にほど近いところに屋敷を持つ子爵家の一つだろう。


 ――サイラスが、さすがの情報力で覚えがあると語っていた、モルガン男爵家も、恐らくは。





 モルガン男爵家からは"懇意にしている知り合いを助けてくれた"ことへの丁寧なお礼状と品物が届けられていた。

 貴族の礼儀としてお手本のように卒なく届けられた贈り物は、むしろ形式的すぎてアリアには違和感しか感じられないものだった。

 自惚れではないけれど、アリアは国の頂点に立つ公爵家の令嬢だ。なにかと理由をつけて懇意になりたいと考えている貴族たちは数え切れないほどいても、距離を置きたいと思う者などまずいないに違いない。普通であれば、"知り合い"を助けてくれたという御礼にかこつけて、これ幸いと近づいてくるのが一般的な貴族の振る舞いだ。

 つまりは、もし、あえて公爵家とは疎遠でいたいと考えているのだとしたならば、それは後ろ黒い"なにか"があり、露見しては困ると考えている為、という憶測が湧いてくる。


 ――『……本当に落ちたんだと思うか?』


 きっと、サイラスの洞察力に間違いはないだろう。ただ……。

(……本当に……?)

 どうしても頭に掠めてしまうのは、"ゲーム"のステラの設定だ。

「2」の中で、すでに"虐待をされている悲劇の少女"としては、ステラがその役を担っている。にも関わらず、その続編でまた"DVネタ"を入れてくるというのはどうなのだろうと思うのだ。

(……まぁ、ステラの場合は、虐待よりも二重人格設定がフォーカスされていたけれど……)

 いくら"あるある""王道"パターン満載の"ゲーム"とはいえ、こんな"ネタ被り"はあるのだろうか。

 けれどそこで、アリアは思わず(かぶり)を振る。

(ダメダメ……! すぐに"ゲーム"脳になっちゃう……!)

 そもそも、これが"ゲーム"の中に盛り込まれている話なのかと考えた時には、恐らくは違うような気がしてくる。

 続編の"メインキャラクター"は精霊王たちであって、「2」の"攻略対象者"であるサイラス一人が活躍する"ルート"があるのはおかしな話だ。

 だからこれは"現実"で。"ゲーム"の流れとは全く関係のない、"ゲーム"外で起こっていた出来事なのだろう。

 "現実"であれば「"ネタ"が被る」などという理由は存在しない。認めたくないことではあるが、この世界にだって他の存在を虐待する人間は数多くいるのだろうから。



「次は"地の指環"か。順調だな」

 シオンから話を聞き終えたシャノンが呟くのに、アリアはハッと現実へと引き戻されていた。

「2」のメンバーたちにとっては、すっかり溜まり場となってしまったジャレッドの事務所。いつの間にかアリアにとっても居心地のいい場所となっていて、ここ最近では来られるメンバーが来られる時に来る、というようなスタイルになってしまっている。

 仮にも人様の仕事場にこう頻繁に押し掛けるのは……、と遠慮する気持ちがないこともないのだが、時折シャノンの突っ込みが入る程度で、ギルバートやノアを筆頭に、誰も気にする様子がない。ジャレッド本人でさえもう慣れてしまったようで、こちらに構わず事務仕事をしていたり席を外したりと完全放置状態だ。

 それでも必ずこの場にいる唯一の人間として、ジャレッドはいたりいなかったりするメンバーへの伝達役になっている。そんなジャレッドを見るにつけ、"ゲーム"内でのジャレッドの立ち位置は、魔王封印に直接関わるわけではなく、こういった役目を担っていたのだろうと考えられた。

「年上美人さんだと大歓迎だな」

 精霊王たちの話も聞いているアラスターは、次に会うであろう地の精霊王へと、期待に満ちた声色で思いを馳せる。

「……お前は相変わらず……」

「だったらお前らは野郎ばっかでいいのかよ」

 シャノンはそんな親友の願望に呆れたような溜め息を吐き出して、アラスターは本気でそれだけは勘弁だという眼差しを返していた。

「まぁ、それは確かにな」

 対し、それに同意を示したのは、"悪友"の立場を確立しつつあるギルバートだ。

 ギルバートとアラスターは、元々どちらかと言えば"女好きキャラ"だから、その願い事は切実なものかもしれない。そう考えると、"ゲーム"の中でそんな2人を堕としてしまったシャノンはさすがの一言に尽きるだろう。「2」の"主人公"であるシャノンは、それほどまでに魅力的だ。

「あ。アリアはもういいわけ?」

 そこで、妙に弾んだ声を差し込んだのはノアだった。

 嬉しそうにさっさと他の女の元に行けと訴えてくるノアの悪戯っぽい眼差しに、ギルバートは相変わらず軟派な態度でニヤリと笑う。

「それはそれ。これはこれ」

 アリアの記憶が正しければ、残る最後の精霊王は、アラスターとギルバートの希望通り、"女性キャラ"のはずだけれども。

「……ノア……、ギル……」

「お前はもう、奴らの話に耳を傾けるな」

 相変わらずの先輩後輩コンビの遣り取りを聞きながら、困ったように眉を下げるアリアへと、その場から遠ざけようとする腕があった。

「……シオン……」

 そのまま数歩離れた椅子へと座り直されると、一人傍観者を決め込んでいたサイラスがそっと近くに寄ってくる。

「……なに考えてた」

「っ、サイラス」

 まさに先程までアリアの頭を占めていたのは、サイラスに一任する形となっているモルガン男爵家のことで、完全に見透かされていることがわかって、アリアは言葉を詰まらせる。

「特には、なにも……」

 サイラスはとても有能で優秀だ。アリアがでしゃばらずとも、きっといい方に解決してくれるに違いない。

 だから大丈夫だと、必死に自分に言い聞かせているアリアの苦悩を見て取ったのか、そこでサイラスはやれやれと深い吐息を吐き出していた。

「……今度、モルガン男爵が付き合いの深い家で、ちょっとしたパーティーが開かれる。ツテを辿ってそこに参加しようかと思っているんだが……。アンタも来るか?」

「え……っ?」

 思いもかけない誘いかけに、アリアの瞳が大きな丸になる。

 サイラスにとっては目障りでお荷物にしかならない自分の同行を許すなど、本当にいいのかと思ってしまう。

「……なんの話だ」

 だが、すぐさま不審な空気を察したシオンがぴくりと蟀谷(こめかみ)を反応させ、サイラスとアリアへ厳しい目を向けていた。

「……いくらなんでも、公爵家の超有名婚約者同士での参加は無理があるぞ?」

 深々とした溜め息混じりに、サイラスが呆れた様子で口を開く。

 そこには、付いてくるのは構わないが、来るならば身分を隠して来いという妥協がありありと浮かび上がっていた。

 ほとんど縁も所縁(ゆかり)もない家のパーティーへ、公爵家の人間が2人も現れたなら何事かと警戒されてしまうに違いない。公爵家の人間を自分の家のパーティーに呼ぶことができるという名誉は、己の権力(ちから)を見せつけるという意味において、主催者には一も二もなく喜ばれるだろうが、アリアもシオンもそんな利用のされ方をするのは本意ではない。できることならば、モルガン男爵からは気づかれないように参加したいところだ。アリアはともかく、シオンは人目を惹いて憚れないオーラを滲み出しているのだから。

「……アリア」

「シオンに隠れて行動するつもりはないから安心して」

 またなにを考えているのかと咎めるように見下ろしてくるシオンへと、アリアは小さく苦笑する。

 モルガン男爵については恐らくユーリから聞いてはいるのだろうが、改めてアリアはやましいことをするつもりはないと口にする。

「……隠し事うんぬんの前に、多少の自由行動は認められるべきだとは思うがな。……アンタ、案外束縛されたいタイプなのか?」

 そこで、少しばかりうんざりとした様子のサイラスがアリアへと問いかけてくるのに、シオンの眉根がぴくりと不快そうに反応する。

 アリアはアリアで動揺に瞳を揺らめかせ、固まりかけた唇をゆっくりと動かしていた。

「なに言って……」

「こんな独占欲丸出しのヤツが婚約者じゃ、息が詰まるだろうって話だ」

 やれやれ、と大袈裟な仕草で肩を竦めたサイラスへ、ピンポイントでその言葉を耳にしたギルバートとノアが身体ごと顔を向けてくる。

「おー、サイラス、よく言った!」

「本当だよね。さっさと婚約解消したら?」

 こんな時だけはあっさりとタッグを組んだ先輩後輩コンビが次々と口にするのに、シオンから醸し出される空気が益々(ますます)不機嫌なものになっていく。

 だが。

「……今日も平和だなぁ……」

「……だな」

 そんな中、遠い何処かをみつめてしみじみと呟いたジャレッドとアラスターに。

「……お前らの目は節穴か」

 シャノンの疲れた突っ込みが入れられていた。

ものすごく今さら過ぎる(汗)、身分制度に関する裏話的世界観設定でした(滝汗)。

……いつかどこかでと思いつつ、今まで説明する機会がなく、ずるずるとこんなところまで……。

分かり難いようでしたら申し訳ありません。矛盾はないように考えているつもりですが、考えが至らない部分がありましたら優しくアドバイスを頂ければと思います。


この国の礎を築いたのは、全て伝説のシオン王です。「ムーンライト」様の方になってしまいますが、いつかこの辺りの話も書きたいです……。

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