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count.4-3 火の指環

 魔法の存在しない、アリアのもう一つの記憶の中にある知識。

 人類が最初に手にした火は、自然火災によってもたらされたものだと考えられている。山火事のような自然発火か、落雷による森林火災か。

 どのようにして火を手に入れたのかはわからないが、そうして人々は火と共に生活することを覚えた。

 まだ自分たちで火を起こすことのできなかった人々は、夜が来る度に獣から身を守り、身体を温めてくれる火を大切にし、その火を絶やさぬように番をして守り続けたことだろう。

 やがて、偶然、風で擦れ合う木の枝から発火する様子を見た者でもいたのか、そんな自然の現象から学び取り、人間は発火の術を手に入れた。

 渇いた木に別の木を垂直に当てて擦り続け、摩擦によって火を起こす方法は、アリアの中にいる彼女(・・)の記憶にある。

 魔法の存在するこの世界において、発火の起源はアリアにはわからない。ただ、どちらの世界においても共通して言えることは、火という存在は、夜闇を照らす光と熱を与えてくれたということ。古来から、火は、照明、調理、暖房、合図のために用いられており、あちらの世界(・・・・・・)では"火力発電"を始めとした動力源としても利用されてきた。

 だが、それと同時に今でも火は恐怖の対象としても存在する。火災によって被る被害は甚大で、持つ物全て……、時には命さえ容赦なくその業火の中へ奪っていく。

 火傷は小さなものでも痛みが伴い、燃えさかる炎へは、本能的な畏怖いふが沸く。

 そんな、なくてはならない恐怖の象徴を――、燃え上がる火の鳥をみつめ、セオドアが右手を前へと差し出した。

 空に向けた掌に、ぼわ……っ!と炎が巻き上がる。

 と、その炎に惹き付けられるかのように火の鳥がセオドアの元へと舞い上がり、手の上で燃え盛る羽を広げていた。

「――っ」

 掌に火の鳥を乗せたセオドアの姿を間近でみつめ、アリアの肩が反射的にびくりと震えた。

 大丈夫だとわかっていても、そのままセオドアが火に巻かれてしまうのではないかと恐怖に駆られてしまう。

「大丈夫だ」

「……うん。わかってる」

 動揺の欠片もないシオンの瞳に見下ろされ、アリアはこくりと頷き返す。

 後はただ、セオドアを信じ、アリアはできる限りの補助(サポート)をするだけ。

「…………」

 掌に炎を生み出したセオドアが一言二言何事かを火の鳥へと語りかけて目を閉じた。

 今までも"敵"と対峙した戦闘の場において、攻撃力に秀でたセオドアが強烈な炎を放つ姿は目にしてきたが、こんな風にじっくりと火を燃やし続けるところは見たことがない。

 レイモンドの魔力によって守られているせいか、これほどの至近距離にいてもその熱さを感じることはなく、美しい炎の姿に魅了されたかのように目を奪われてしまう。

(……綺麗……)

 恐ろしくもあり、なくてはならない存在。

 まさに不死鳥そのものの幻の生き物が大きく羽根を広げている美しさに魅入られる。

 その間にも、マグマ溜まりはボコボコという音を立てながら灼熱を湧き上げていた。

「……っ……」

 目を閉じたセオドアの蟀谷(こめかみ)に、熱からではない汗が浮かび、ぐっと奥歯に力が入る。

 それを見たシオンの目も閉じられて、聖域に流れる魔力に精神が研ぎ澄まされていくのを肌を感じた。

 火属性の魔力とはあまり相性のよくないアリアは、それでも祈るように指を組み、額へと神経を集中させていた。

(お願い……!)

 火の魔力は強く、狂暴だ。セオドアがどれほど有能だとしても、一人でその激しさを宥めるには少しばかり手に余る。

 灼熱が吹き上がり、熱風が空を舞う。暴れかけるその風を押さえ込んでいるのはシオンだろうか。セオドアほどではないけれど、シオンも火の魔力は強い。

 セオドアの呼びかけに応えようとしているのか、大地から燃え上がる炎が勢いを増し、噴火口からはマグマが吹き荒れる。

 シオンが手にした指環が光り、セオドアの手の上で燃える火の鳥が音にならない鳴き声を放った。

 直後。

「きゃぁ……っ!?」

 ゴゴゴゴゴ……ッ!と地鳴りが響き、足元が揺れ動く。

 地震のようなその揺れに、思わず悲鳴を上げかけたアリアは、咄嗟にシオンの腕を掴んでしまっていた。だが、さすがに意識を一点集中させているシオンは微動だにすることはなく、目は閉じられたままだった。

「……く……っ」

 セオドアの口から、噛み締めるような声が洩れる。

 大地の揺れは激しさを増し、噴火口のマグマが迫り上がってくるのを感じた。

「――――っ!!」

 火の鳥が無音の咆哮を上げ、赤く燃える羽根を大きく広げて飛び立った。

 ドォーン……ッ!!という凄まじい音と共に、噴火口から激しい熱が吹き上がる。

 ――大噴火。

 空高くまでマグマが立ち上り、直後、雨のように真っ赤な炎が落ちてくる。

「これは……っ?」

驚愕に満ちたイシュムの声。

(水よ……!)

 咄嗟に祈れば、アリアの手に在る指環が輝き、大きなドーム状の水の防御壁が現れた。それに気づいたシオンが冷風を掛け合わせ、水は強固で厚い氷の壁となって固まった。

 そうしてレイモンドとイシュムの手が上空へと翳されて、氷の壁は溶けることなく、アリアたちを守り抜いていた。

「……すげー光景……」

 上空へとマグマのようなものが立ち上ぼり、ほんの一瞬、大地から全ての炎が消えたものの、それはすぐに激しい音を立てて降り注いだ。

 とてもではないが、すぐに氷の壁から出ることはできない灼熱の世界に、ギルバートの口から感嘆とは似つかない吐息が洩れる。

「だが、これが火の聖域(さと)の本来の姿だ」

 淡々と告げられたレイモンドの言葉に、誰からともなくこくりと喉の鳴る音が聞こえた気がした。

 噴火口の下の方に溜まっていたマグマはもはや溢れ出さんばかりになり、大地のあちらこちらから焔が上がる。

 考えようによっては地獄絵図のようでもあるが、それでも真っ赤な焔が上がるその様は、遠くから眺める分には美しい光景(もの)でもあった。

「指環が……!」

 上空を旋回する火の鳥をみつめていたセオドアの口から声が上がる。

 その(くちばし)の先に嵌められていた指環が燃えるように真っ赤に輝き、セオドアの上へと落ちてくる。

 それはジュワリと音を立てながら氷の壁を素通りし、炎に熱せられた鉄が冷やされるかのように煌めいて、セオドアの手の中へ収まっていた。

「……お前ら、マジですげーな」

 火の鳥が、もはやマグマの中へと埋まってしまった神殿へと姿を消すのに、イシュムの口から感嘆の吐息が洩れる。

 水の聖域(さと)、風の聖域(さと)に続き、本来の姿を取り戻した火の聖域の強烈な光景は、イシュムの身体を身震いさせる。

 指環に魔力(ちから)を与えるだけでなく、聖域(さと)に満ちる魔力さえ息吹かせてしまうなど、か弱い人間の何処にそんな力があるのかと思ってしまう。

 ――否、そんな風に脆弱な生命だからこそ、その想いが生み出す願いは強いのかもしれないが。

「セオドア……ッ!」

 喜びに潤みかけた瞳を向けたアリアをチラリと見遣ったセオドアは、その隣で平然と佇むシオンへ視線を投げると、くすっ、と小さな笑みを洩らす。

「……余計な真似を」

「それは悪かったな」

 対して僅かに口の端を引き上げたシオンも、微かな笑みを浮かべているのがわかって、アリアは思わずそんな2人の会話に狂喜乱舞してしまう。

(きゃぁぁぁぁ!?)

 さすがに拳と拳を合わせるようなことにまでは及ばないが、大きな目標を共に成し遂げたライバル同士のほんの短い遣り取りは、"腐女子"の心を鷲掴みにしてくれる。

 シオンとギルバートの共闘もときめくが、やはり"初代ライバル同士"のこの構図は別格だ。

(これよ……! これ……!)

 "腐女子"の記憶を持つアリアにしてみれば、彼らのこういう姿を間近で見る権利を得る為にずっと頑張ってきたのだと言っても過言ではない。

 公爵令嬢としてきっちりと淑女教育を受けさせられているアリアは、表面上は柔らかく微笑みながら、心の中ではバンバンと地面を叩きながら見悶える。

 こういう時には、それなりに厳しい淑女教育は役に立つ。

「……そろそろいいだろう」

 相変わらずあちらこちらで焔が舞ってはいるものの、とりあえずは落ち着いた火の勢いに、レイモンドがぐるりと周りを見回した。

「その指環、失くすなよ?」

 冗談めかしてイシュムが笑えば、セオドアは苦笑しながら頷いた。

「……ありがとうございます」

 その手の中では、ルビーのような燃える赤色が輝いていた。

火の歴史については、「東邦大学メディアネットセンター」様を参考にさせて頂きましたm(_ _)m


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