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count.4-2 火の指環

「……普通に死ぬな」

「死にますね」

 目の前には、あちらこちらに小さな(ほのお)が燃え盛る噴火口。

 真っ赤に煮えたぎるマグマの湖を覗き込み、ギルバートとルークが呟き合う。

 水、土、風、火、の四大要素の中で、火は一番恐ろしく狂暴だ。

「おいおい、お前ら。打倒魔王を掲げておいて、この程度で尻込みしてんじゃねーよ」

 涼しい顔で火口壁に立ったイシュムが、そんな2人に大袈裟な態度で嘆息する。

「……確かに、それはそうッスけど」

「それはそれ、これはこれ、だ」

 "火の指環"が納められている神殿は、マグマに満たされた噴火口の中央。岩でできたような小さな島の上にある祠の中にあるというのだが、そこに無事に着地する以前の問題で、飛び降りる途中で(ほのお)に呑まれて燃え尽きてしまいかねない恐ろしさがあった。

「大体、聖域(さと)もそうだが、本来この炎はこんなもんじゃねーぞ?」

 そう告げるイシュムは、ギルバートとルークをからかうような態度を取りながら、その表情はどこか寂しげな色を浮かばせていた。

 火の聖域にある"城"は、今までの水や風のものとは違い、とても"城"と呼べるようなものではなかった。少し考えればわかることだが、この地はとても生き物が生息できるような環境にない。一般的な素材を持ち込めば、全て炭と化してしまうだろう。その為、ここに来る途中でアリアたちが見かけた"建物"らしき建築物は、全て天然の岩を繰り貫いたような仕様になっていた。それは何処か、"トルコ"の"カッパドキア"を思い起こさせる。

「……まぁ、オレたちは今回見学者だしな」

 生身(・・)であることを前面に押し出すギルバートに、ルークも苦笑を溢しながら同意する。

 元より、2人が同行する為の条件は、「本当に見ているだけ、に留まること」というものなのだから、そこに返す言葉はなにもない。

「アンタもオレらと一緒に見物してた方がいいんじゃねぇ? こっち来いよ」

 と、不意にギルバートに手招かれ、アリアの眉が困ったように引き下がる。

「ギル……」

 確かに火属性とは相性の悪いアリアがこの場にいても、あまり役に立てるとも思えない。だが、それでも魔力量だけであれば、補助(サポート)的なことはできるかもしれなかった。

「コイツはオレの傍にいた方が安全だ」

 そんなアリアの葛藤を知ってか知らずか、ぐいっと肩を引き寄せられ、アリアはシオンを仰ぎ見る。

「シオン……」

「はいはい」

 危険地帯だからこそ、自分から離れるべきではないと苛立たしげな瞳を向けてくるシオンへと、ギルバートは相変わらずだと呆れた様子で肩を落とす。

 それから噴火口の中央へと睨むような視線を投げ、シオンやセオドアたちの方を窺っていた。

「で? どうすんだ?」

 だが、それに答えたのはシオンでもセオドアでもなく、ニッ、と強気に笑ったイシュムだった。

「か弱い乙女をあそこに連れていくのは気が引けるからな。指環だけならココに呼び寄せてやるよ」

 "か弱い乙女"というのはアリアのことだろうか。

 挑発的な態度を取っていたわりには気さくに言って、イシュムはまるで鷹を操る鷹匠(たかじょう)のように前へと腕を突き出した。

 確かに指環は自らの意思を持っているようではあるが、「呼び寄せる」とはどういうことかと首を捻りながら見守るアリアの前で、祠の中からなにか飛んでくるものが目に入る。

不死鳥(フェニックス)……?」

 それは、まさに火から生まれた鳥のようだった。

 死んでも蘇ることで永遠の時を生きるといわれる伝説上の生き物。寿命を迎えると、自ら薪から燃え上がる炎に飛び込んで死に、だが、再び蘇るとされる不死の鳥。

「……その(くちばし)に咥えているのが火の指環、か?」

 その鳥がイシュムの腕に止まれば、まるでその腕そのものが燃えるように炎が上がるが、火の精霊王である彼にとっては別段驚くことでもなんでもないことのようで、燃え盛る火の鳥をセオドアの方へと差し出してくる。

「そうだ」

 今までであれば指環に触れることができたが、この状況ではそれは叶わない。

 まるで炎の中で熱せられている鉄のように赤黒く光る指環を受け取れば、掌ごと溶けてしまいそうだ。

「……どうにかなりそう?」

「……初めての経験だからな。やってみなくちゃわからないが……」

 レイモンドの魔法によって守られていなければ、とてもこの場に立ってはいられないであろう熱風に煽られながら問いかければ、セオドアは小さく肩を竦めて苦笑を溢していた。

 それから、

「お前らができたんだ。負けられないな」

 くすっ、とセオドアにしては珍しい、酷薄な笑みを浮かべて呟かれたそのセリフに、アリアは目を丸くする。

 アリアには天才(・・)魔法師団長であるルーカスが付いていたことを踏まえると、それは過分にシオンへの対抗意識に違いない。今更ながら2人が"ライバル設定"であることを思い出せば、反応に困る笑みが零れてしまう。

 けれど、改めて火の鳥をまじまじと観察すれば、羽の一つ一つから燃え盛るかのような獰猛なその炎に、自然、アリアの身体はふるりと震えてしまっていた。

「……怖いか?」

「……ちょっとだけ、ね」

 真夜中にお化けを怖がる妹を宥めるかのような瞳を向けてくるセオドアへと、アリアは仄かな笑みを返す。

「火を恐れるのは命あるものの当然の摂理だからな」

 かつて人間は、火を焚くことによって獣を寄せ付けないようにした。人間(ひと)にとって火はなくてはならないものだが、それと同時に恐怖の対象でもある。

「……でも、セオドアは違うんでしょう?」

 火の系譜を辿るセオドアにとっては、アリアの水に対する想いと同じように、愛し愛される存在。

 そのはずが。

「俺だって怖い」

「え?」

 くす、と小さく笑われて、アリアは瞳を瞬かせる。

「全てを燃え付くして失くしてしまうことのできる力だ」

 人間界における五大魔力の中で、最も攻撃力と破壊力に秀でた力。穏やかで優しいセオドアが操るには、そういった意味ではとても不似合いな魔力(ちから)かもしれない。

 だから、その魔力(ちから)をセオドアは恐れ、それと同時に。

「にも関わらず、この聖域(くうかん)を心地よいと思う自分がいることが恐ろしい」

 とても生命が生きてはいけない灼熱の世界。

 そこだけ切り取れば地獄のようにも見える景色を美しいと感じてしまうことに、セオドアはぐっと拳を握り込む。

 火が恐ろしいのではなく、恐ろしさを感じない自分が恐ろしい。

「……全力で向き合ってみせる」

 挑むように顔を上げたセオドアの瞳へ、燃えるような赤色が輝いた。

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