count.4-1 火の指環
「あちぃ……!」
手を団扇代わりに扇ぎながら、ギルバートが耐え切れず声を上げていた。
「"火の宝玉"を手に入れた時もそうだったけど、マグマ溜まりとかなんだよコレ……!」
灼熱地獄の再来。まるで雨上がりの水溜まりのように、地面のあちらこちらにマグマが溜まっているのに、ギルバートは同行するタイミングを間違えたと愚痴を溢す。
「……セオドア先輩は熱くないんスか……?」
額の汗を拭いながら、ルークが涼しい顔をしたセオドアの方を窺った。
「……そうだな。俺は、まぁ……」
苦笑するセオドアは、何処か心地よさそうな眼差しで辺りの様子を眺め遣る。
「さすがはセオドアね」
遠くにはもくもくとした煙が上がる、煮えたぎるような真っ赤な湖まで見えたが、"火"を司るイグニス家次期当主のセオドアにとっては、恐れるようなものではないのだろう。
じっとりとした汗が滲んでくるこの暑さの中で、平然としているセオドアのことが少しばかり羨ましくなってしまう。
"火の宝玉"を手に入れた時のように、魔法で涼風を作り出そうかとも思ったが、できる限り魔力の温存はしておきたい。
「心頭滅却すれば火も亦涼し……?」
一方、いつもと変わらず無表情のシオンを見遣り、アリアは思わずそんな言葉を呟いてしまっていた。
「なんスか、それ」
「……えーと……、無念無想の境地に至れば、火も熱くは感じなくなる? という意味?」
ぐったりとしたルークの疑問の目に、アリアは過去の記憶の知識を口にする。
――どんな苦難にあっても、それを超越した境地に至れば、苦しいとは感じなくなるものである。
詳しいところまでは覚えていないが、"あちらの世界"の歴史上の誰かが、"織田信長"に攻められて火をかけられた時に発したという有名な言葉だった……はず。
「……知るかよ、そんなもの」
当然この世界にそんな歴史はないはずで……。投げ遣りに返してくるギルバートへと、アリアは苦笑いを浮かべてしまう。
「まさかこの先、更に暑くなったりするんスか……?」
ここはまだ、火の聖域に入ったばかりの場所だ。歩を進めるにつれて気温の上がっていく状況にげんなりとした表情になってしまったルークに、無言で先行していたレイモンドがふと後方へと手を翳していた。
「人間には些かキツイか」
ふわりとした魔力の気配があって、肺を満たしていた熱い空気が抜けていく。
どんな魔法なのかはわかないが、茹だるような暑い感覚が消え、アリアは前方を歩くレイモンドの背中へと柔らかく微笑みかけていた。
「ありがとうございます」
と。
数メートル先にあった大きな岩影から人の姿が現れて、行く手を阻むように立ち塞がっていた。
「この程度で根を上げてるようじゃ、とてもこの先には進めないぜ?」
にやり、と挑発的な笑みを湛えた人物は、燃えるような赤い髪をしていた。胸元からはしっかりと腹筋の割れた褐色の肌が覗き、アラビアンを思わせる服装は、白いパンツに、黒を基調とした金色の刺繍が光るもの。
まるで"アラブの若き石油王"を思わせるような精悍な美青年は。
「……イシュム」
この流れからすれば、レイモンドが「イシュム」と呼んだ彼が何者かなど、説明されなくてもすぐにわかる。
「迎えに来てやった」
腰に手を置き、イシュムと呼ばれた青年は、アリアたち5人の姿をぐるりと見回した。
「いつ来るかと待ってたぜ? オレは火の精霊王、イシュムだ」
よろしくな。と口角を引き上げた唇からは白い歯が覗く。
それからまじまじと上から下までセオドアを眺め遣り、一方的な握手を交わしていた。
「おー! お前が火の継承者? っぽくねぇけどヨロシクな!」
「え……、は、はい……」
ぶんぶんと上下に手を振られ、その勢いに押されてか、セオドアの伊達眼鏡が定位置から少しだけ下へとずれる。
それに満足すると軽い足取りでギルバートの方へ向き直り、ニカッと白い歯を光らせる。
「んで? よく来たな、ギルバート!!」
ずっと御礼が言いたかったのだと豪快に笑い、今度はその肩を嬉しそうにバシバシ叩く。
「……いや、オレは……」
「会いたかったぜ~!」
精霊王にまだ心を開いていないギルバートが距離を置いた態度を示しても、イシュムがそれを気にする様子はない。
浅黒で体格のいいその容姿から、ぱっと見の印象は男気溢れるタイプなのかと思ったけれど。
("気さくなお兄ちゃんキャラ"……!?)
"軟派系"は「1」で言えばルーカスで、「2」であればギルバートとアラスターがそのカテゴリに入るだろうが、イシュムはまたそれとは少し異なる部類になるだろうか。
「で、アンタがアリアか!」
「は、初めまして」
今度は興味がこちらに向いて、アリアは気圧され気味で頭を下げる。
「へー……?」
アリアもまたギルバートと共に妖精界を救う為に奔走した功労者だ。その視線が興味深気に全身を見下ろしてくるのに、アリアは戸惑いの瞳を返す。
「な、なにか……?」
「いや? 妖精たちがアンタに懐くのもわかると思って」
アリアが小さく可愛らしい存在を餌付けしている話は、すっかり浸透してしまっているらしい。
嫌味のない笑顔を向けられ、困ったような微笑みを返したアリアへと、イシュムはニッと口の端を引き上げる。
「綺麗で可愛い」
「!」
それは単純な容姿に限ったものではなく、精神から来ているものだと語るイシュムの言葉に、アリアは一瞬赤くなる。
社交界などでその種のお世辞には慣れているアリアだが、さすがにこれは不意打ちだ。
「無駄話をしている暇があったらさっさと案内して貰おうか」
そこへ、ぴくりと蟀谷を反応させたシオンが横から割って入ってくる。
「っ! シオン! いや~、これは妖精たちに嫌われるな!」
話は、そんなところまで届いているらしい。
カラカラと楽しそうに笑うイシュムへと、シオンの顔が不快そうに顰められる。
「……余計なお世話だ」
別段シオンは、妖精などに好かれたいとは全くもって思っていない。
ただ、それが不利に働くならば――、と考えかけ、それでも今さら機嫌を取るような真似ができるはずもない。
愛しの少女が異様に懐かれているのは気に入らないが、嬉しそうなその笑顔が見られるならば、仕方がないと諦めるより他はない。
アリアが妖精たちに好かれていれば、シオンとしては自分のことなどどうでもいい。
「まぁ、確かに時間は惜しいからな」
やれやれ、と肩を落とし、イシュムはくるりと踵を返す。
「こっちだ。付いてこい」
堂々とした態度で歩いていくその姿は、当然熱さなど全く感じていないらしく、汗の一つもかいてはいなかった。
裏話。
「心頭滅却すれば~」についてですが、それっぽい歴史は実はこの"ゲーム"の中でも存在しております(笑)。
シオンはわかっていて黙っている感じでしょうか。リオ辺りなら解説してくれたかもしれませんが……。
この"ゲーム"の中での"織田信長"的存在は、何度か名前が出てきているシオン王です(笑)。
そのうちSSでも書けたらなぁ~、なんて。