闇の精霊王
ギルバートが同行を名乗り出ると、ルークも手を上げていた。
地を司るソルム家の次男であるルークは、始めこそ妖精界に行くのであれば長兄の方が相応しいのではないかと悩んでいたようではあるものの、ユーリからの後押しもあってか、最終的には自ら出向くことを決めてくれていた。
ルークは、アルカナを共に討伐したメンバーの一人であり、妖精たちからも慕われている。そんなルークこそ妖精界に行くべきだと主張したユーリもまた、指環のないまま2人が同行することを決めれば、自分も行くと言い出していた。
だが、さすがにそこまでの大所帯は認められないとシオンに説得され、次回は必ずという約束を取り付けた上で、ユーリは渋々と引き下がっていた。
そうして、水の指環を持つアリアと、風の指環を持つシオン。仮初めの指環を借りることになるセオドアに、ギルバートとルークが同行し、"火の指環"へ魔力を与えるべく、妖精界への扉を開いていた。
眩い光のトンネルを抜けると、そこではレイモンドがアリアたちを出迎えるように待っていた。
レイモンドから再び"仮初めの指環"を借りたこの後は、これまでと同じように、"火の聖域"の出入口付近までレイモンドの瞬間移動で一足飛びすることになるのだが。
「はぁ~い」
そこで、語尾にハートマークでもついていそうな、明るい低音に振り返った。
そこには。
「「――――っ!?」」
(! なに、この人……っ!?)
シオン、セオドア、ギルバート、ルークの4人は、ぎょっとしたように目を見張り、アリアもまた大きく目を見開いた。
レイモンドを含む、六人の方へと向かって歩いてくる人物は、恐らく地は黒髪だろう長髪に虹色が輝く、派手な装いをしていた。
「……ネロ」
レイモンドがその人物のものだろう名前を口にして、不快そうに眉を寄せる。
「……なにしに来た」
「なに、って……。可愛い闇の子が来る、って耳にしたから、挨拶だけでも、と思って」
そう言って、ロングスカートのような衣装を身に纏った一見性別不詳の人物は、片目を瞑ってアリアたちへとウィンクを投げてくる。
「…………」
レイモンドの眉間に益々皺が寄って無言になる。
(っ! これ、絶対に"不仲設定"――!)
どこからどう見ても"生真面目""厳格"を人の形にしたようなレイモンドは、チャラチャラした雰囲気を持つ彼――恐らくは男だと思われる――のことを快くは思っていないだろう。
ある意味融通の効かない性格は、ふざけた存在を認められないに違いない。
仲が悪い、というよりも、レイモンドが一方的に拒否反応を示しているか、もしくは彼の方も快くは思っていないながら大人の対応を取っているだけなのか。
どちらにせよ、微妙な空気で対峙する二人からは、"ゲームスタッフ"が考えそうな"不仲設定"がありありと垣間見えていて、アリアはドキドキしてしまっていた。
「……アナタ、は……?」
未だ無言でいる男性陣四人に代わって、アリアはおずおずとその顔を窺った。
すると。
「アタシは闇の精霊王、ネロよ」
よろしくね。とにっこりと微笑まれ、生真面目なセオドアなどは突然の事態についていけずに完全に固まってしまっていた。
(っ! まさかの"オネェキャラ"……!)
続編で登場する精霊王たちは随分と"キャラ"が立っているとは思っていたが、濃すぎる設定にアリアは心の中で叫んでしまう。
(しかも、闇、って……!)
よりによって闇の精霊王が"オネェ"などとは、「禁プリ」の"制作スタッフ"には脱帽するばかりだ。
確かに、光を司るレイモンドとは真逆の"キャラ"だが、正当にいけば、"闇キャラ"といえば黒髪長髪の孤独そうなイメージを抱く"腐女子"が多いのではなかろうか。
地毛は黒髪かもしれないが、全体的に虹色の"ド派手キャラ"は、全く闇らしくない。
記憶があれば心構えもできるものだが、この初対面は衝撃だ。
ついつい楽しくなってしまうことを、心の底から申し訳ないと謝罪する。
「……えぇ、と……?」
そんなことを思いつつ、少しだけ冷静になって思考を廻らせる。
声は確かに女性にしては低いけれど、男性にしては高め……、かもしれない。見た目は完全に"おねぇ様"。
一応、女性である可能性も捨てきれない。
「なにかしら?」
「……男の人……、ですよね?」
付け睫毛だろうか。やはり派手で長い睫毛をパチパチと瞬かせる闇の精霊王――、ネロへと窺うような目を向ければ、
「そうよ?」
あっさりと肯定されて、アリアは衝撃に身を震わせる。
("オネェ"確定……!)
そうなれば、次から次に気になることが出てきてしまう。
「なぁに?」
頬に手をやり、上品な仕草で首を傾けるネロへと、アリアはドキドキしながら口を開く。
「…………それって……、心も……、ですか?」
ネロの綺麗な瞳が、その質問に驚いたようにまん丸くなる。
「…………そうねぇ……? 心は女、かしら……?」
少しだけ考える仕草を見せたネロは、綺麗な顔を益々横に倒してそう言った。
(っこんなところでBL!?)
続編は恋愛要素がないと聞いていたけれど、こんなところにこんなオイシイオチが待っていようとは。
ただし、心が女というのは果たして"ボーイズ・ラブ"と言えるのだろうかという疑問も浮かぶ。――定義がどんな風に決められているのかと問われればわからないけれど。
(え。それじゃあ、"受け"ってこと?? 性的思考としては男の人が好きってことでいいのよね??)
心が女性なのであれば、恋愛対象は当然男性、ということになる。
「……え、と……」
もの凄く聞きたいけれど、直球ど真ん中で質問を投げ掛けるわけにもいかず、アリアは不審なことこの上ない態度でオドオドとしてしまう。
「? なにかしら?」
綺麗な顔に、綺麗に光る上品な唇。
「……え、と……、その……」
同じ女性としても思わずドキリとしてしまうその魅力に、アリアは泳がせていた目をなんとかネロへと固定する。
「……それって、つまり……」
ズバリ、聞いてしまっていいのだろうか。
遠慮はありつつ、強い好奇心にはどうしても逆らえず、アリアはドキドキと心臓を高鳴らせながら口を開く。
「……お、男の人が好き、ってこと、です、か……?」
「…………」
大きく見開かれ、まん丸になった瞳のまま固まって、ネロは一瞬沈黙する。
そうしてかなりの間があった後、ネロはゆっくりと口を開いていた。
「…………そうねぇ? そうなるのかしら……?」
(お姉さま……!?)
こんなところにBLが転がっているのかと、アリアは一瞬驚きつつも、狂喜乱舞しかけてしまう。
(……でも、心は女性……? でもでもでも……っ)
完全なるBLとは言い難い。
見た目だけで言えばネロは女性で、男性と並んだ時の絵面は完璧にノーマルだ。"腐女子"の気持ちは複雑なことこの上ない。
ユーリやシャノンの"女装"姿は"萌え"なのに、なにが違うかと言われれば……。嫌々渋々着ているところがいいわけで……。
(好みは……!?)
例えばこの中で言えば誰が好みなのか是非聞いてみたい。
けれどそこまでの勇気はさすがにない。
「…………」
旧友であろうレイモンド以外の男性陣が完全に引き気味に沈黙を守る中、ネロは面白そうににっこり笑う。
「……なぁに? 気色悪くなっちゃった?」
だが、そんな中でもなぜだか目の前の少女だけはあっさりとした態度で手を横に振ってくる。
「え? いえ、まさか」
「……」
そんなことがあるはずない。とばかりにさらりと向けられる大きな瞳に、ネロは再度沈黙する。
アリアとしては、やっと望んだ展開が……!と、"制作スタッフ"に感謝を捧げたいほどなのに。
「……変な子ねぇ……?」
「……アリア」
しみじみと呟いて目の前の少女を上から下まで眺め遣るネロの視線に、不意に事態を理解したシオンが、少しだけ焦った様子でアリアをそこから引き離す。
「コイツが変なヤツなのは認める。だが、アンタも大概人のことは言えない気がす……」
「! ギルバート! 会いたかったわ……っ」
と。こちらもやはりアリアを隠すように一歩前へと踏み出したギルバートの姿を認め、ネロは音符マークを飛ばしながら腕を広げ……、
「それ以上近づくな……っ。オレは男に触られて喜ぶ趣味はないっ」
ひょいっ、とその感動の抱擁を避けた素早い影へと、腰に手を当てて唇を尖らせていた。
「もぅ……っ、つれないわねっ」
誰のおかげで闇魔法が使えると思って……。と、ネロはぶつぶつと文句を口にする。
その一方で。
「……でも、ギル。ネロ様は身体が男なだけで女の方……」
「って、アンタはどうしてそう変に順応性が高いんだよ……っ! アレはどう見ても男だろ……!」
"基本設定"としては遊び人なギルバートにとって、"男"に抱きつかれることはとてもおぞましいものらしい。見た目がどんなに美しい女性でも、本能のようなものが拒否を示し、ふるりと鳥肌を立たせていた。
「え? 私には素敵な"お姉様"に見えるけど……」
アリアの目に映るネロの姿は、性別不詳の迫力美人に他ならない。
けれどそこで、アリアははたと先ほど耳に届いた言葉の意味を理解して、「ん?」と首を捻ってネロを見遣る。
「闇魔法??」
先ほどネロは、なんと言ったか。
契約相手であるアルカナを失ってなお、何故か使い続けることができているギルバートの闇魔法。
「そうよぉ。アタシが力を貸してるから、その魔力を失わずに済んでるんじゃない」
感謝して、なんて言うつもりはないけど。と、少しばかり拗ねた様子を見せるネロは、口元に人差し指を当てたまま、ちゅ……、と軽いリップ音を鳴らす。
「……え……」
レイモンドは以前、人間界の魔族の"闇"と妖精界の"闇"とは似て非なるものだと言っていた。元々アルカナが妖精界の存在であることを考えれば、どういう原理かはわからないが、ギルバートへと闇の力を与える役目をネロが引き継いだということだろうか。
――それは、もしかしたら、ネロなりの贖罪のようなものなのかもしれない。
「…………」
驚きの真実を告げられて、一瞬目を見張ったギルバートだが、すぐにその表情はとても複雑なものになる。
幼い頃からずっと付き合っている闇の魔力を失わずにいたことは、単純に喜ばしいことだった。だが、その感謝を向ける相手が過去の因縁を拭うことのできない精霊王の一人であり――、それがまたこんなふざけた存在かと思えば、とても素直に感謝を口にできるはずもないことだった。
そして、そんなギルバートの心中を理解しているのであろうネロは、それ以上のことを口にすることなく、シオンとセオドアとルークとを交互に見遣ると、にっこりとした笑みを刻んでいた。
「こっちの彼らも素敵ねぇ……」
流し目で残る3人を眺めるネロのうっとりとした声色に、アリアは再びまじまじとした目を向ける。
(肉食系女子……!?)
心は女と言いつつも、醸し出される雰囲気はどうにも捕食者のそれだった。
好みの男性がいればガツガツ迫るタイプなのかと思えば、さすがのアリアもどうしようかと思ってしまう。"腐女子"の"BL萌え"はとても繊細で複雑だ。同性から迫られて、戸惑いつつも受け入れていく過程をとても"美味しく"頂いている生き物だ。――あくまでも、"彼女"の嗜好としては、だけれど。
……と。
「……こんなところで呑気に時間を潰していていいのか?」
現実に戻ってきたのか、それともこの現実から早く逃れたいと思ったのか、冷静なセオドアのその指摘に一同はハッとなる。
1分1秒でも惜しまなくてはならないこの世界。急を要する話以外で悠長に時間を使っている場合ではない。
「……そうね。今日はちょっと挨拶したかっただけだから。また改めてお話しましょ」
優雅な仕草で指先を口元に押し当てながら、ネロはウィンクを投げてくる。
「また会うのを楽しみにしてるわ」
それから、ちゅ……っ、とリップ音を立てて色っぽい投げキッスまで。
「……」
微妙な沈黙を返す男性陣と。
「はい……っ。是非……っ」
ふわふわとした笑顔を返すアリア。
「……えーと……、アリア……?」
「…………お前は、また…………」
「……さすがアリア嬢……」
「……マジでなんなんだよ、アンタは」
セオドア、シオン、ルーク、ギルバートから順々になんとも微妙な視線を向けられて、アリアはコトリと首を傾げて瞳を瞬かせる。
「……な、なに?」
後には、深々とした溜め息と複雑な沈黙が落ちていた。
一話、大体3000~5000文字を心がけています。
その為、一場面が長くなると切っているのですが……。
6500文字くらいになってしまった時に、一度切るかどうか非常に悩みます。長くてもあまり気にはならないですか……?
読みやすさを重視するなら、やはり3000~5000文字くらいでしょうか??