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count.5-2 風の指環

 風の聖域(さと)の一角に、大きく深い穴が空いていた。

 何処かに風が通る道が空いているのかどうかはわからないが、下からは緩やかな風が巻き上がる。

 その崖の淵から穴の中を覗き込み、底の見えない恐怖に、アリアはシオンに抱かれた肩をふるりと震わせていた。

「……この下に、神殿が……?」

 ゼフィロスの話によると、ここから少し降下したところに横穴が空いており、その祠の奥に指環は納められているらしい。

 風の精霊王であるゼフィロスはもちろんのこと、シオンも涼しい顔でそこに立っている。思いの外早く顔を出したレイモンドは、少し下がった位置からアリアたち3人の遣り取りを静かに見守っていた。

「……本来は、天に届くほどの風が吹き上がっているんだけどね」

 その風を操って、何処までも高く()けていくことができるような。それはアリアにとっては怖いと思わせるようなことでも、何処か寂しそうにそう語るゼフィロスにとっては、夢のような空の旅(景色)なのかもしれない。

「……君たちが、本当に指環の輝きを取り戻すことができるというのなら……」

 ぽつり、と言葉を洩らしたゼフィロスは、そこでハッとしたように顔を上げる。それから大胆不敵な態度を取り戻し、

「さっき、あれほどの啖呵を切ったんだ。是非やって貰おうじゃないか……!」

 バッ、と片手を広げていた。

(っ! どうしよう……! ツボに入っちゃう……!)

 苦々し気に眉を寄せるシオンの横で、アリアは今にも緩んでしまいそうになる口元を引き締めるのに必死になる。

 上から目線の"嫌味キャラ"が、ふと見せる寂しそうな一瞬は、"王道"すぎて腹が立つどころか、"腐女子"思考のアリアにしてみればドキドキワクワクでしかない。

(これ、普通は嫌われるところなのに……!)

 最初はなんて嫌なヤツだと思ったけれど、途中からは、ね……? というパターンが丸わかりで、もはやアリアの胸には期待しか湧いて来ない。

(さすが「禁プリ」……! "王道"もど真ん中……!)

 自分の生命(いのち)すらかかっているというのに、不謹慎にも楽しくなってしまうのは、本当に申し訳ないと心の中で深々と頭を下げるより他はない。

 鬱々としているよりも、どうせなら楽しんだ方がいいだろうと、前向きに開き直ることにする。

「レイモンド。お前も来るのか?」

 振り返り、そう問いかけたゼフィロスへと、レイモンドは(しか)めた顔で頷いた。

「……そうだな。見届ける義務はあると思っている」

 妖精界の責任者として、ここでアリアたちを放り出すわけにもいかないと語るレイモンドへ、ゼフィロスは「ふっ」と鼻を鳴らしていた。

「くれぐれも落ちて心中なんてやめてくれよ?」

 アリアの肩を抱くシオンの方へと顔を向け、ゼフィロスはそうなっても助ける気はないと言い放つ。

「ボクについて来れるかな?」

 そうしてニヤリと口の端を引き上げると、大袈裟なパフォーマンスと共に空へと飛び上がっていた。





 *****





 ごうごうと風が鳴る。

 アリアたちのいる、岩肌をくり貫いたような祠の中は無風だが、外は止むことのない上昇気流が舞い上がっていた。

 これでも風の力としては弱すぎるというのだから、本来の姿を取り戻したならば、どれほどの強風が吹き荒れるのだろうかと、アリアなどは怖くもなってしまうが、風を愛するゼフィロスたちにとっては、とても心地のよい世界なのだろう。

「……指環が……、浮いてる……?」

 シオンの腕に抱かれる形で穴の中へと飛び降りたアリアは、地に足を下ろすと、最奥に飾られた龍の彫刻のようなものを目に留めて、瞳を大きく見開いた。

 天空(そら)に向かって咆哮を上げているような姿を取った架空の生き物の口からは、小さくも強烈な竜巻のようなものが舞い上がり、その中央で鉛色の指環がくるくると輪を描いて飛んでいた。

「君たちは、指環(アレ)魔力(ちから)を与えられるっていうのかい?」

 水の聖域(さと)が魔力に満たされた在るべき姿へ戻ったことを、ゼフィロスも知っているのだろう。

 なるべく期待をしないようにしながらも、それでも希望を捨て切れずに向けられる突き放すような物言いに、アリアは困ったように微笑する。

「……やってみなければわからないですが、そうできればと願ってます」

「随分と弱気な発言だね」

 今回、この試練に挑むのはアリアではなくシオンだ。勝手な発言をするわけにもいかずに告げたアリアに、ゼフィロスからはそんな意気込みで大丈夫なのかという嘲笑が向けられる。

「必ず、やり遂げてみせる」

 引き寄せられ、ぎゅっと抱かれた細い肩。

「……シオン」

 安心感のある匂いに包まれて、アリアは横にあるシオンの真剣な顔を仰ぎ見る。

「風の魔力(ちから)を使役して、あの指環に注ぎ込めばいいんだろう?」

「君なんかに、狂暴な風を支配できるとは思えないけどね」

 ルーカスから一通りの流れを聞いたシオンが言うのに、ゼフィロスは肩を竦めて小馬鹿にするような息を吐く。

 同じ風の魔力を持つ者同士だというにも関わらず、どうにも相容れない2人が不穏な気配を滲み出すのに、アリアは小さいながらもはっきりとした声色で口を開いていた。

「……それは違います」

 宝物をみつめるような瞳で小指で光る蒼色を撫でれば、それに応えるように指環はほんの少しだけ瞬いた。

「アリア?」

支配(・・)なんて必要ありません。愛せば、愛し返してくれますから。お願い、するんです」

 窺うようにこちらを見下ろしてくるシオンの視線を感じながら、アリアはゼフィロスへと真っ直ぐな瞳を向ける。

 アリアは、水を支配しようとしたことなんて一度もない。生命の源である大きな存在を、自分の支配下に置けるなどという大それた考えを抱いたこともない。

 ただ、アリアは愛しただけ。

 幼い頃から当たり前のように感じていた水の存在を、ありがとうと感謝を込めて、助けて欲しいと願っただけ。

 水はただ、そんなアリアの想いに応えてくれただけのこと。

「シオンだって、この聖域に溢れる風の流れはとても心地がいいんでしょう?」

 アリアが少し恐怖を感じてしまうほどの風の流れの中でも、シオンは顔色一つ変えることなくその場に佇んでいる。元々感情を余り表に出さないシオンだが、強い風の流れに逆らうことなく、身を委ねていることだけは見て取れた。

 それはきっと、シオンがこの場に流れる風の魔力(ちから)を心地よく受け入れているからだ。

「……そうだな」

 問いかけに、くすりと笑ったシオンのその声色は、アリアの言葉を確かに肯定したものだった。

 アリアが水を愛しているように、シオンにとっても"風"という存在は、幼い頃から傍に在って当たり前のものだから。

「風と水は相性がいい。一緒に、祈ってくれ」

 誇らしげにみつめられるシオンの瞳に、アリアはふわりと甘く微笑(わら)う。

「もちろん」

 強大な風の力の代表と言えば台風だろう。そしてその台風は、海水が水蒸気となって空に昇っていくことから生まれていく。

 風と水は、切っても切り離せない存在。

 だから。

「……やるか」

「うん」

 宙に浮く鈍い色の指環へと挑むような視線を向けたシオンへと、アリアは力強く頷いていた。

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