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count.5-1 風の指環

 刻一刻とその時(・・・)が近づく中。学校生活を優先している場合ではないと言われてしまえばそれまでだが、それでも身体を休める時間は必須だと、妖精界へ訪れるのは週末ということで話は落ち着いていた。

「次はオレが行く。必ず"風の指環"を手に入れてみせる」

 この週末の行動を見据え、アリアと共にリオの元へと訪れていたシオンは、開口一番、そう宣言していた。

「……まぁ、君のことだからそう言うだろうとは思っていたけどね」

 その意思を譲ることは絶対にないであろうことがわかる真剣な眼差しに、リオは予想していたとばかりに小さく苦笑する。

「師団長も、君であれば大丈夫だろうとは言っていたけれど……」

 ルーカスが生命力を削りかけたことは、その場にいたアリアたちを除けば、後で更なる詳しい見解をルーカスから説明されたリオとルイスしか知らないことだった。

 だが、ルーカスがそこまで魔力(ちから)を使い果たしてしまったのは、妖精界と人間界との時間の流れの違いに身体が翻弄されてしまったからで、"指環"を身につけてさえいれば解消される問題だと思われた。

 シオンは国内随一の風の遣い手だ。総合的な魔法力で言えばルーカスの方が上だろうが、風属性だけに限った時には、シオンが一番の適任者だろう。

「ただ、くれぐれも無理だけはしないように」

 次なる目的を認めつつ、リオはそれだけはと言い聞かせるように真っ直ぐシオンの顔を見る。

 普段は冷静沈着なシオンだが、愛しい少女を救う為であれば、どんな無謀な行為に走るかわからない。

「君の身になにかあったら、一番悲しむのはアリアなんだからね?」

 アリアを泣かせたくないだろう?と、さらりと微笑むリオの言動に、アリアは一瞬頬を赤らませる。

 シオンが敵の手に堕ちてしまったと思った時のアリアの取り乱し様は、まだ記憶に新しい。

 言外に、もう二度とあんな思いはさせないように、という意味の込められたリオの瞳に、シオンはあっさりと頷いていた。

「それは大丈夫だ」

「……シオン……」

 それが、シオン以外の誰かであればいいなどということはもちろんない。それでも、シオンが特別な存在になってしまった今、万が一のことでもあれば、自分がどうなってしまうかわからない。

 そして、それは、シオンも同じ。

 改めて、絶対に魔王を封印しなければと心に誓うアリアの一方で、シオンはくすりとアリアを見下ろしていた。

「少しでも隙を見せたら、お前を虎視眈々と狙うヤツらに横からかっ浚われかねないからな」

「――っ!」

 一瞬でも目を離している場合ではないと揶揄るシオンに、アリアは再度顔へと熱が籠っていくのを自覚する。

(っリオ様の前でなに言ってるのよ……!)

 さすがに言葉にすることは(はばか)れて羞恥に潤みかけた瞳で睨み上げれば、シオンは余裕綽々な態度で堂々とリオへと視線を戻していた。

「もしダメだったとしても、次は人数を増やして再チャレンジすればいい。本当は、ボクも一緒に行きたいところだけれど……」

 とにかく、無茶無謀はしないこと。そんなに気負わずに行ってきて欲しいと言って、リオは少しだけトーンを落とす。

 最後のその言葉通り、強く清廉なこの国の皇太子であるリオは、世界の危機を前にして自ら動きたいと思っているに違いない。それでも、愛しい少女を守ってみせると誓うシオンの強い意志を前にすれば、まずは譲るという選択肢を取るしかなかった。

信用(・・)して任せるよ」

 柔らかく微笑むリオからの信頼に、アリアはペコリと頭を下げる。

「ありがとうございます」

 そうしてふんわりと浮かべた微笑みを返せば、リオはコクリと頷いていた。

「それじゃあ、また明後日に」

「はい」


 次は、"風の指環"を手に入れる為、風を司る精霊王の元へ――……。

 決意も新たに、アリアはきゅっと唇を引き結んでいた。





 *****





 まさに断崖絶壁の岩の上のような場所に、その居城は建てられていた。

 周りからは緩い上昇気流が空に向かって吹き上がっており、何処にいても風の気配を感じられるような作りとなっていた。

「僕は風の魔力(ちから)を司る精霊王、ゼフィロス。一応、初めまして、と言うべきかな?」

 来客の気配を察してか、上空から城の下まで飛び降りてきた風の精霊王――、ゼフィロスは、不遜な態度でアリアたちを出迎えた。

 少し長めの銀の髪。見た目だけで言えば同じか少し年上くらいの美青年は、細いながらもどことなく服の下の筋肉を窺わせるような身体つきをしていた。

 片耳にピアス。華奢な作りをしているものの、胸元ではネックレスが光り、両の手にも決してセンスは悪くない指輪が全部で3つ。

 自分の"魅せ方"を充分にわかっている装飾品を身を纏い、ゼフィロスはじろじろと不躾な視線をシオンに送っていた。

「君が、次代の風の担い手?」

 五大公爵家の存在を知っているのかはわからないが、シオンが風を使役する人間だということには気づいているのか、挑発的な双眸が向けられる。

「随分と頼りなさげだけど?」

 完全に上から目線のその物言いに、シオンの蟀谷(こめかみ)がぴくりと反応する。

「……妖精界を助けてくれたことは感謝してるけど、それとこれとは話が別だ」

 ゼフィロスの感情に呼応しているのか、その周りをぶわりと風が舞った。

「君が風の魔力(ちから)を手にするに値する人間かどうかまではわからないしね」

 シオンと同じくらいの高さにある瞳が、スゥ……ッ、と煽るように細められる。

「まずはお手並み拝見といこうじゃないか」

 その言葉に、ぴた、と風が止む。

 風を使役する人間(・・)を見定めようかとするようなその鋭い視線に、シオンは不快そうに口を開く。

「……なにをさせる気だ」

 そこまで乗り気ではないながらも、渋々と眉を顰めるシオンへと、ゼフィロスはニヤリと愉しげに口元を歪ませる。

「そうだなぁ……」

 再び足元から風が立ち上ぼり、ゼフィロスは後方へと大きく飛び退いた。

「君も風を操る者であれば簡単さ……っ」

 断崖絶壁の遥か上空にある城を腕で示したゼフィロスの髪や服の裾が、吹き上がる風に乗ってたなびいた。

「階段なんて使わずに、僕の城まで登っておいでよ……!」

 まるで最初からそうすることを決めていたかのような高笑いを残し、一瞬にして空へと舞い上がったゼフィロスは、そのまま小さな姿となって消えていく。

 つまりは、たった今ゼフィロスが上空まで飛び上がったように、シオンにも風の魔力(ちから)で追ってくることを挑発しているのだろう。

「……まぁ、お前を抱えて()ぶくらいはわけないが」

 それにシオンはアリアをみつめながらやれやれと嘆息し、次に同行していたレイモンドの方を黙って窺った。

「……私はアレ(・・)のお遊びに付き合う義理はないからな。後で追い付くから先に行っていてくれ」

 シオンが2往復すればいいだけの話だが、恐らくどちらも抱えたり抱えられたりをすることに抵抗があるのだろう。疲れたような吐息を洩らすレイモンドは、付き合いの長さからか、ゼフィロスの暴挙をわかっていて諦めている感があった。

 これだけの遣り取りで判断を下すことはできないが、性格的にはレイモンドとゼフィロスはあまり相性は良くないように思われた。まさか、同じ精霊王同士、"仲が悪い"とまではいかないとは思うけれど。

「アリア。しっかり掴まってろよ?」

「っ! きゃぁ……!?」

 そこで唐突に身体を抱き上げられ、アリアは思わず動揺する。

「一気に()ぶからな」

 刹那、シオンの足元から風が生まれ、金色の長い髪が流れていく中、アリアは反射的にぎゅっとその首の後ろへと()を回す。

「行くぞ」

 そう、宣言するや否や。

 ぶわ……っ!と強風が巻き上がり、アリアを抱えたシオンの身体が上空へと押し上げられていく。

(きゃぁぁ……!?)

 シオンに抱えられて空を()んだ経験は何度かあるが、こんな風に真っ直線で上に飛び上がったことはなく、心の中で思わず悲鳴を上げてしまう。

 勢いよく風を切る音だけに聴覚は支配され、重力に逆らう感覚に身体にかかる圧が強くなる。

 "フリーホール"の経験はないが、恐らくはそれとは全く正反対の衝撃に、ぎゅ……、っと固く目を閉じる。

 が。

「……ふ~ん? なかなかやるね」

 そんな衝撃は一瞬の出来事で、シオンの両脚がトン……ッ、と軽く地面に着地した気配があって、アリアがそっと目を開けた時には、すぐ傍で皮肉気にそう笑うゼフィロスの姿があった。

 アリアを抱えたままのシオンへ向けられるゼフィロスの視線(かお)は、鬱陶(うっとお)しそうにしかめられる。

「……一応は、ようこそ、と言っておこうか?」

 風の聖域(さと)へ。

 アリアたちがいる場所は肌を撫でるような柔らかな風が流れているが、城の周りには上昇気流が立ち上っている。その仕組みはアリアにはわからないが、"風の聖域"と呼ぶに相応しい光景だ。

 一部を除いて落下防止の柵などが見当たらないのは、そんなものなど必要ないからだろう。シオンもそうだが、風を操る彼らは、例え足を踏み外すようなことがあっても飛べばいいだけなのだから。

「話は聞いていると思うが、時間が惜しい。さっさと指輪のところまで案内してくれ」

 もう1つ付け足すならば、魔力の無駄遣いも控えるべきだが、この高さまで時間をかけて階段を使って上ってくるのと、魔力を消費しつつも一瞬で空を()んで来るのであれば、どちらがいいかと言われれば……、後者の方なのかもしれない。

 互いに相手を敬う気配など欠片も見せずに淡々と先を促すシオンへと、ゼフィロスは「はっ」と嘲笑する。

「僕に認められない人間が、指輪に認められるわけがないだろう?」

 完全に相手を下に見ているその態度に、シオンはぴくりと眉を寄せ、アリアは全く違う方向性から目を見張る。

(今度は"嫌味キャラ"……!)

 先ほどからなんとなく感じていたものが確信に変わる。

(続編、全体的に"キャラ"が随分立ってない……!?)

 元々「禁プリ」の登場人物たちは"王道キャラ"ばかりではあったものの、今回はまたいろいろと癖が強いとアリアは感動してしまう。

 水の精霊王は"合法ロリ"。風の精霊王は"嫌味キャラ"。堅物で厳格そうな光の精霊王、レイモンドも"王道"ではあるけれど、そうしてみるとある意味"普通"にも思えてしまう。

 "ゲーム"の記憶がないからこそ、まるで初めて"プレイ"している時のような新鮮さがあって、アリアはまじまじとゼフィロスを眺めてしまう。

 最初は確実に"嫌われ役"から始まるであろう"嫌味キャラ設定"の彼が、これからどう心を許していくのだろう。

(シャノン……! やっぱりここはシャノンよね……!?)

 続編の"主人公"はシャノンのはずだ。だが、もしかしたらその"お相手"はユーリだろうかと、アリアは記憶がないことを口惜しく思いながらもこれからのゼフィロスの変化に期待してしまう。

「……なんだ」

 と。じ……っ、と自分をみつめてくるアリアの視線に気づいたゼフィロスが、不審そうに眉を寄せる。

「え?」

 きょとん、と無防備に瞬く大きな瞳。

 先ほどから決して好意的とは思えない言動ばかり受けているというにも関わらず、全く気にしていないどころか、むしろどこか期待するかのような輝きを秘めたその瞳に、さすがのゼフィロスも呆れが強く出てしまう。

「君、もしかしてM(マゾ)だったりするわけ?」

 自分の嫌味も全く(こた)えていそうにない少女に、この女はなんなのだと不審が募る。

 別段わざと嫌われるような態度を取っているわけではないが、少女のこの反応はあまり面白いものではない。

「……ま、ぞ……?」

 またなんてことを言うのかと、アリアは目を丸くする。

 確かに元々のこの"ゲーム"は"鬼畜系18禁モノ"が始まりではあるものの、続編に関しては色事とは無縁のはずだった。

 それが聞き捨てならない単語を耳にしてしまえば、さすが基礎は「禁プリ」の世界だと納得するしかないだろうか。

「虐められるのが好きなタイプなのかな?」

「……な……っ、ん……?」

 く……っ、と小馬鹿にしたような嘲笑を向けられて、アリアは一瞬赤面する。

 視界の端でシオンの眉根が吊り上がる様子が見えた気もするが、アリアは気配だけでその怒りを制すると、まだ目元をうっすらと赤く染めたままの瞳を上げていた。

「……ゼフィロス様こそ、人を虐めるのが好きなんですか……?」

 それは、至極単純な疑問だった。

 好きな子を虐めたくなるような幼い子供のように、そういう何処か大人(・・)になりきれない"キャラ設定"なのかという。

「ぶ……!」

 だが、真面目で真剣に向けられたその上目遣いに、ゼフィロスは盛大に吹き出した。

「……なんで……」

「君、面白いこと言うね」

 どうしてそこで笑うのかと困惑したように瞳を揺らめかせるアリアへと、腹を抱えて一頻(ひとしき)り笑い終えたゼフィロスは可笑しそうに顔を上げる。

 そうしてそのままアリアの顔を至近距離から覗き込もうとしたゼフィロスの動きは、なにかを察したらしいシオンの低い声によって制止されていた。

「それ以上コイツに構うのは止めてくれ」

 アリアをゼフィロスから引き離し、シオンは不快そうに鋭い目を向ける。

 そんなシオンにゼフィロスはまた相手を小馬鹿にするような表情を浮かばせて、軽蔑にも近い眼差しを返してくる。

「女に(うつつ)を抜かすようなヤツが、とてもこの聖域(さと)の風を支配できるとは思えないね」

 2人の間で目に見えない冷たい火花が散り、シオンが低く口を開く。

「その考えは訂正して貰おう」

 ゼフィロスの顔を真っ直ぐ見据え、ただ真実を言葉にする。


「唯一と愛した女を守る為なら、いくらでも強くなれる」



「……だったら、証明してみせればいい」


 くすっ、と笑ったゼフィロスの挑発を受けて立つように、シオンはその鋭い瞳の奥の眼光を強くしていた。

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