守護の力
誰もなにも言わないが、恐らくは、監視のようなものがつけられているのではないかと思う。それは仕方のないことだと思えるし、国としては当然の処置なのだろうとも理解する。――それでも、常に見張られているかと思うと多少の気持ち悪さは拭えないけれど。
シオンであればその気配を察することもできるかもしれないが、相手もプロだ。アリア程度にその存在を窺わせるようなことはない。
行動を制限されているわけではないが、見守られていることがわかっていてはできないこともある。
(……リヒトには、当分会えないわね……)
疲れているはずなのに、なかなか寝つけないベッドの中。天井を見上げながら、アリアは大きな溜め息を吐き出した。
あれからまたなにか新しい情報を思い出したりはしていないだろうか、とか、こちらの話を聞いて貰って意見を求めたい、だとか、いろいろと思うところはあるけれど、この状況でひっそり会うのは無理だろう。
いっそ、リオやシオンに全て話してしまおうかとも思ったが、未だにどうしてもそれを躊躇ってしまう自分がいる。背に腹は代えられないと思っても、どうしてもその勇気を持てずにいた。
(……さすがに手紙の中身まで見られたりはしないだろうけど……)
いくら監視対象だとしても、当然プライベートは守られている。こうしている今も、アクア家の邸の外から中の様子を窺っているようなことはあっても、アリアの部屋にまでその目が届くことはない。
(……よほどのことがない限り、手紙での遣り取りもちょっと、ね……)
送り主が誰で送り先がどこかまで調べられることはないだろうが、アリアは小さく肩を落とす。
リヒトとの接触をできる限り隠しておきたいと思ってしまうのは、シオンに対する罪悪感か、それとも秘密事を知られたくないからか。
どちらにせよ、リヒト自身も言っていたように、この"ゲーム"の続編の中で「3」の"メインヒーロー"である彼が直接活躍することはないから、しばらく距離を置いてしまっても問題はないだろう。
本音としては、"記憶持ち同士"、いろいろと話したいことはあるけれど。
(この調子で、残る5つの指環も手に入れられればいいけど……)
今回も、決してスムーズに目的が果たせたわけではない。あのままルーカスが目を開けることがなかったらと思うと、今さらながら震えが走る。
「……!」
キラ……ッ、と瞬いた一瞬の煌めき。
「……助けて……、くれるの?」
その輝きは、まるでアリアの気持ちを読んだように「任せて!」と無邪気に胸を張る少年のようで、アリアはパチパチと瞳を瞬かせた後に仄かな笑みを浮かばせる。
「ありがとう……」
それに応えるかのようにチカチカと小さな光を放った指環を眺めながら、いつしか睡魔に誘われるまま、アリアは深い眠りについていた。
*****
王族の住まう宮などではとても落ち着かないと、「2」のメンバーたちはいつも通りジャレッドの仕事場に集まっていた。
「まずは一つ目の指環が無事に手に入って良かったな」
妖精界での話を聞き終えたジャレッドが、安心したように椅子から腰を上げ、通り過ぎ様にアリアの頭へぽんと手を乗せるとカウンターの方へと歩いていく。
それに一瞬不快そうにぴくりと眉根を反応させたシオンに苦笑して、ジャレッドは降参の意を示すかのように広げた手を上げていた。
「……シオン」
お前なぁ……、と、その隣で呆れた吐息を吐き出したのはもちろんユーリだ。
「ねぇ、オレにもちょっと見せてよ」
そこへ、無邪気な様子でノアが近寄ってきて、アリアの手元を覗き込んでくる。
そんなノアにアリアは小さな笑みを溢し、見えやすいように顔の高さまで手を上げていた。
「……どう?」
「……なんか、不思議な色」
まるでその時その時色を変える海の如く、空色のようだったり深海色のようだったりと輝く"水の指環"に、ノアがその言葉通り不思議そうな吐息を洩らす。
「"水の指環"だしな。似合ってるぜ?」
まさに幸せの象徴である"サムシングブルー"。アリアの細く綺麗な小指には、華奢なその装飾品がよく似合っていると、ギルバートがからかうようにニヤリと笑う。
「水は生命の源だからな。まさに女神様、ってトコか?」
くすっ、と笑って気障な台詞を口にしたのは、もちろんアラスターだ。
「万が一失くしでもしたら国際問題だな」
「……サイラス……、お前はまた……」
皮肉るように口の端を上げたサイラスに、アラスターはやれやれと肩を落とす。
「あ。光った」
会話に参加するようにキラ……ッ、と光る蒼色にノアが驚いたように目を丸くすれば、ユーリがコトリと首を傾けていた。
「……指環に意思があるなら、シャノンはその気持ちを読み取れたりするわけ?」
「え?」
純真なユーリらしいその発想に、アリアはパチパチと瞳を瞬かせる。
そんなことは考えてもいなかったが、確かに物言わぬ無機物から残留思念を視み取ることのできるシャノンのことだ。自らの意思を持つという指環の想いを視み取ることも可能かもしれない。
「……さぁ? どうだろうな」
そう言って肩を竦めたシャノンにあまりやる気は感じられないが、ふとアリアの指で存在を主張する輝きに意識を取られ、次に嫌そうな表情をする。
「……なんか……」
「どうした?」
じ……っ、と指環を眺めるシャノンの横顔を、その隣からアラスターが覗き込む。
「……『オレはアリアの守護獣だ』って、言ってる気がする……」
「へ?」
その回答に、呆気に取られような声を洩らしたのはノアだ。
まるで指環を中心に羽根と角の生えた仔犬のようなものが飛び回っているような幻を視るような感覚だと解説するシャノンに、ノアはまたジトリとした双眸をアリアに向けてくる。
「……アンタ、とうとう人間だけじゃなくて無機物までたらし込んでんの?」
いい加減にしてくんない?と責められても、アリアは困惑した瞳を返すより他はない。
「なに言ってるのよ……」
目の前にある不貞腐れたような顔に、困ったように苦笑して、
「さっきから近い」
「ッシオン……」
ぐいっ、と後方へと引き寄せられ、アリアは反射的にそちらの方へと振り返っていた。
「お前はマジでいちいちうるさいな。口煩い男は嫌われるぞ?」
アリアを手に入れてからというものの、その独占欲に全く遠慮を見せなくなったシオンへと冷ややかな眼差しを送ったギルバートは、すぐに間に割って入るとくすりと誘うような瞳を向けてくる。
「早くこんなヤツは捨ててオレにしとけって」
「ちょ……っ、そうやってすぐに抜け駆けすんのやめろよな……!?」
「出遅れたお前が悪いんだろ?」
飄々とした態度を崩さないギルバートと、眉を吊り上げたノアが火花を散らし始めるのに、シオンの蟀谷がぴくりと反応する。
それになんとも居たたまれない心地になったアリアは、視界の端で動く人影を見つけると、これ幸いとばかりに席を立っていた。
「あ……っ! ジャレッド。飲み物なら私が用意するから……っ」
すでに最初に置かれたテーブルの上の飲み物は空が近づきつつあった。
「アイスティーでいい?」
振り返り、一応は全員に軽く意思を聞いてから、ジャレッドの元へと逃走する。
「……嬢ちゃんはモテモテで大変だなぁ……」
そんなアリアに小さなキッチン台を譲りながらしみじみと呟くジャレッドへ、アリアは恨めしげな瞳を上げていた。
「……ジャレッド……」
モテモテって……。と、その言葉のセンスに心の中で突っ込みを入れながら、まるで他人事のジャレッドに思わず八つ当たりをしたくなってしまう。
どうしてこんなことに……、と、もう何度吐き出したかわからない困惑の溜め息を溢してしまう。
大好きな"ゲーム"の大好きな彼らに好かれること自体はアリアの望むところでもある。ただ、それはあくまで大親友レベルの"友情"で。
アリア自身はユーリやシャノンが各々の"ゲーム"の"攻略対象者"たちから奪り合いをされる姿を傍で眺めてる立ち位置を望んでいたというのに。
"攻略対象者"たちに囲まれている"主人公"の図は喜んで見ていられるが、その中心が自分になってしまうとそうはいかない。アリアの胸に浮かぶのは、ひたすらどこで選択肢を間違えてしまったのだろうという戸惑いだけだった。
「まぁ、いいじゃねーか。嬢ちゃんがそれだけ魅力的ってことだ」
「……魅力……」
端役でしかないはずの自分のどこにそんな魅力があるのだろうと、小さくその単語の意味を咀嚼するアリアに、ジャレッドは「あ」と付け足すように声を上げる。
「色気と魅力は別物だぜ? 勿論」
「ッジャレッド……ッ」
つまり、アリアには色気があるわけではないと言いたいらしい。
そんなことは言われなくてもわかっているが、改めて色気のなさを指摘され、ついつい悔しさに拗ねたような声が上がってしまう。ジャレッドの本来の好みは、色気溢れる豊満な体つきをした女性、というのが公式設定だ。シャノンだけが例外で、大人なジャレッドからすればアリアはお子様の域を出ないのだろうとほんのり目元を染めた瞳で軽く睨み上げれば、その口からは「あはは」と楽しそうな声が響いていた。
「まぁ、将来に期待だな?」
せいぜい色気を磨いとけ?とからかうように言ってその場を離れかけたジャレッドは、ふとなにかを思い出したように足を止めるとくるりとアリアの方へと振り返る。
「あ。そうだ嬢ちゃん。ミルク用意するなら……」
「えっ?」
ジャレッドが移動しかけたことにより、その空いた場所へと横に動こうとしていたアリアは、呼びかけにパッと顔を上げる。
「――――っ!」
「――――!?」
――――超、至近距離に、互いの顔があった。
「っわ、悪ぃ……っ」
「こ、こちらこそ……っ」
新しいミルクがそっちに……。と、顔を背けて天井を見上げながら指を指してくるジャレッドの言葉など、アリアの耳には入ってこない。
(! どうしてジャレッドとはいつもこんな……っ)
例え恋愛対象として見ていなかったとしても、"攻略対象者"として精悍な造形をしたその顔を間近で見るのは心臓に悪すぎる。
(見られてない……、わよね?)
思わずドキドキしてしまいながらチラリとシオンたちの方へと視線を投げ、運良くなにかを話しているらしいその姿を目に入れると、ほっと胸を撫で下ろす。
「……アリア? どうした」
が、そんなアリアの視線に目敏く気づいたシオンが不審そうな表情を向けてくるのに、アリアは慌てて首を横に振っていた。
「う、ううん。なんでもない」
「……」
じ……、と観察するかのような切れ長の瞳に居たたまれなくなり、アリアは飲み物の準備をする動きにかこつけて、そっとシオンから目を逸らす。
(よくある"あるあるハプニング"じゃないんだから……! って……)
グラスを並べ、氷の準備をしながらも、アリアは「ん?」と動きを止める。
(……"ジャレッドルート"って……?)
そう。ここは、"王道""あるある""お約束パターン"の溢れた"ゲーム"の世界。
(っ! そうよ……っ、"ハプニングキス"……!)
思い出し、アリアは顔へと熱がこもっていくのを自覚する。
"プレイヤー"の期待を裏切ることなく"王道"が大好きな"ゲーム"の中では、シャノンとジャレッドのファーストキスは、ちょっとした事故からのことだった。
それまで恋愛的には余り互いを意識していなかった2人が、どことなく気持ちを変化させていくキッカケにもなる、"最重要イベント"の一つ。
(えぇぇ……!? そういう"裏設定キャラ"なの……!?)
ジャレッドの標準装備が"あるある事故"だとしたならば、これからもこういうことは起こり得るかもしれない。
(……気をつけないと……!)
油断するとその厄介な性質に巻き込まれることになってしまうかもしれないと、アリアは心の中で気を引き締めてした。